上流の手戻りを減らし、浮いた原資を選手へ戻す
大会や興行の現場で、急造チームが組まれ、いったん終わった仕事が差し戻され、直前変更のたびに人が呼び戻される。
その結果、夜まで残業する人が増える。
ここでよく起きるのが、「現場が忙しいから人を増やそう」という対応だ。
もちろん本当に人手が必要な場面はある。だが、仕事が増えている原因が上流の未確定、伝達漏れ、重複確認、直前変更、決裁待ちなら、人を足しても根本は変わらない。
むしろ、同じ混乱をより高い人件費で回すことになる。
そして一番つらいのは、競技の中心にいる選手本人には、その追加コストからほとんど何も戻らない構造だ。
選手が競技する。周囲が残業する。外注費も増える。請求額も膨らむ。
最後に増えたものが残業代と調整会議だけなら、かなり悲しい設計である。
1. 問題は「残業」より、その前にある手戻り
残業は結果である。
見るべきなのは、その数時間前、数日前、数週間前に何が起きていたかだ。
たとえば、
- 仕様が固まる前に制作が始まった
- 誰が最終決定者か曖昧だった
- 複数部署が同じ確認を別々に行った
- 変更が現場へ一斉に伝わらなかった
- 一度完成したものが「やっぱり戻して」で再作業になった
- 直前の追加要求にコストが付かなかった
こうしたものは、現場の根性ではなく工程設計の問題である。
建設分野の研究では、手戻りの原因として、関係者間の調整不足、コミュニケーション不足、設計上の誤りや抜け、関係者による変更などが繰り返し挙げられている。
もちろん、建設現場とスポーツ興行は同じではない。
ただし、「上流の変更や調整不良が、下流で再作業と追加コストになる」という因果構造は、運営設計を見るうえでかなり参考になる。
2. 寄せ集めチームは、人数より接続面が増える
人を増やすと、作業能力は増える。
しかし同時に、確認先、引き継ぎ先、承認先、情報共有の相手も増える。
5人から10人になったから、単純に能力が2倍になるとは限らない。
特に、短期間だけ集められたメンバー、過去の経緯を知らない応援要員、いったん抜けてまた戻ってきた担当者が混ざると、「その人に何を説明し直すか」という仕事が発生する。
つまり、人数追加には見えにくい調整税がある。
この税を無視すると、
「忙しい」 ↓ 「人を足す」 ↓ 「説明と確認が増える」 ↓ 「さらに忙しい」
という、かなり嫌な自己増殖が起きる。
3. 長時間労働を「無料の追加容量」と考えない
残業にはもう一つ罠がある。
8時間で終わらなければ10時間、10時間で終わらなければ12時間働けばいい、という発想だ。
だが労働時間と生産量は、いつでも比例するわけではない。
Pencavelの歴史的な工場データ分析では、一定範囲を超えると、労働時間を増やしても生産量の増え方が鈍くなる非線形な関係が観察された。
この研究は第一次世界大戦期の軍需工場のデータであり、現代のイベント運営へそのまま数値を移せるわけではない。
重要なのは閾値の数字ではない。
「残業1時間=有効な処理能力1時間」とは限らないという点だ。
疲れた状態で確認し、翌朝また修正するなら、その夜の2時間は「前進」ではなく「未来の手戻り予約」になり得る。
4. まず上流工程を整える
現場を締め上げる前に、上流を整える。
実務では、次のような仕組みが効く。
① 変更の締切を作る
「いつでも変更可能」をやめる。
締切後の変更は、緊急、安全、法令、重大な品質問題などに限定する。
② 最終決定者を一人にする
意見を出す人は複数いていい。
しかし、どの案で進むかを最後に確定する場所は一つにする。
③ 変更に値札を付ける
直前変更を無料にしない。
追加工数、外注費、納期影響を記録する。
要求した側を責めるためではなく、「この変更は本当に必要か」を判断できるようにするためだ。
④ 手戻り台帳を持つ
残業時間だけでなく、「なぜ再作業が発生したか」を記録する。
原因別に見ると、現場の人数不足なのか、上流の設計不良なのかが分かる。
⑤ 引き継ぎの入口を固定する
急造メンバーへ毎回口頭でゼロから説明しない。
決定事項、未決事項、担当、期限、変更履歴を一か所に集約する。
⑥ 予備時間を「変更待ち」で食い潰さない
予備時間は事故や本番トラブルのために残す。
上流が決め切れなかった分を最後の夜に押し込むための時間ではない。
5. 浮いた原資を選手へ戻す仕組みまで作る
効率化は、コスト削減だけで終わると味気ない。
100万円の手戻りコストを減らした結果、会社の利益だけが100万円増えた。
それでは、選手から見れば世界はほぼ何も変わっていない。
そこで、削減できた原資の一部を選手側へ戻すルールを先に作る。
戻し方は現金だけではない。
- 賞金や出場報酬
- 成果連動の追加報酬
- 移動や宿泊環境
- 休養日
- 医療、リハビリ、トレーナー
- 練習環境
- コーチ、分析、用具
- 選手が選べる支援予算
などでもいい。
スポーツ労働市場の研究では、制度や交渉ルールによって、スポーツから生まれる経済的な取り分が選手側と運営・所有側の間で変わることが論じられている。
だから、「市場が成長した」「売上が伸びた」だけでは不十分だ。
その増えた価値が誰に届いたかまで見ないといけない。
6. 周辺スタッフを悪者にする話ではない
ここは重要だ。
運営、制作、審判、医療、警備、配信、営業、広報、会場、物流。
競技は選手だけでは成立しない。
周辺スタッフが価値を生んでいるのは当然である。
問題は、「周辺が儲かること」ではない。
問題は、不要な手戻りや調整不良まで売上や人件費として膨らみ、その非効率が常態化することだ。
必要な仕事へ払う。
必要な人へ払う。
そして、上流の設計不良で発生した無駄は減らす。
この三つは両立する。
7. 測るなら「残業時間」だけでは足りない
おすすめなのは、少なくとも次を分けて測ることだ。
- 総労働時間
- 残業時間
- 手戻り時間
- 直前変更件数
- 差し戻し件数
- 外注の追加費用
- 本番直前の未決事項数
- 選手へ直接使われた支援額
- 手戻り削減による確認済み削減額
- その削減額のうち選手側へ戻った割合
簡易式にすると、
手戻りコスト = 再作業時間 × 実質人件費 + 追加外注費 + 変更に伴う追加費用
まずこの数字を見えるようにする。
そのうえで、
選手還元額 = 確認できた削減額 × あらかじめ決めた還元率
とすれば、「効率化したら選手にもメリットがある」という構造を作れる。
8. 結論
残業が大量に出ているとき、現場だけを見ると「もっと人が必要」に見える。
だが、本当に見るべきなのは上流だ。
決まっていない。 伝わっていない。 戻ってくる。 また作る。 そして残業する。
このループを止める。
現場を2時間早く帰らせるために精神論を唱えるより、上流で「決めてから流す」を一回徹底した方が大きいことは多い。
そして、そこで浮いた金を選手へ戻す。
競技の中心にいる人が競技し、周囲は必要な仕事で支え、無駄な手戻りは減り、その果実の一部がまた競技へ戻る。
その方が、スポーツ運営としてずっと健康である。

