豊橋駅前でやたら大きい建物に入り、16階まで上がる。平日の昼。若い一人客。そこに待っていたのは、料理だけではなかった。
食べ物を載せない皿。料理ごとに増殖するフォークとスプーン。毎皿やって来る解説。そして設楽、豊橋、渥美半島、奥三河、新城まで、東三河の食材が次々に出てくる。
「高級フレンチって、食材が高いだけなのか?」と思っていたら、むしろ地域の食材・生産者・サービスをまとめて体験する場所だった。ホテルアークリッシュ豊橋16階のRESTAURANT KEIで、平日ランチのSORAを食べて分かったことをまとめる。
豊橋駅前で「これ高級ホテルか?」となる建物は何なのか?
ホテルアークリッシュ豊橋である。RESTAURANT KEIはその16階、ホテルのメインダイニングだ。公式も、東三河の景色を一望しながら地元食材を味わうフレンチとして案内している。[1]
周囲の建物より高く見えるので、駅前からでも存在感がある。しかもレストランが最上階。「ホテルの中にレストランがある」というより、建物のてっぺんで東三河を食べる装置に近い。
宿泊型の高級リゾートは数万円単位になりやすいが、ランチなら体験だけを切り出せる。公式のランチは平日3,730円から、SORAは8,100円で、表示価格は税・サービス料込み。[2] 「高級ホテル空間に入る入場券」と考えると、宿泊よりだいぶ軽い。
平日昼に一人で入ると浮くのか?
一人利用そのものは問題ない。ただし、若い一人客+平日昼+ホテル最上階フレンチまで重なると、ちょっと「何者?」感は出る。
訪問時は40〜50代くらいに見える客が多く、30代くらいのカップルもいた。店内は比較的ゆったりしていた。ただし、これは一度の平日ランチで見えた範囲にすぎず、店の一般的な客層を統計的に示すものではない。
むしろ空いている日は当たりだ。静かな空間、16階の景色、間隔のある席を少人数で使える。混雑していないこと自体が高級感を増幅する。
8,100円のSORAでは何が出てきたのか?
訪問時の紙メニューは「Le menu SORA」。内容はかなり東三河に寄っていた。
- 設楽町・絹姫サーモンのテリーヌ、豊橋ウズラ卵のラヴィゴットソース
- 渥美半島・彦坂さんのトウモロコシの冷たいヴルーテ、ホタテ貝とコンソメゼリー
- 甘鯛の鱗焼き、地野菜と渥美半島あおさのり香るリゾット、ビスクソース
- 奥三河・段戸高原たけうち牧場の段戸牛ロース肉のロティ、ソース・ジュ・ド・ブッフ
- 石巻・奏楽ブルーベリー園のブルーベリーソルベ、ヨーグルトのマーブルムース、井川農園のペリーラ
- コーヒー、紅茶またはハーブティーと小菓子
公式WebのSORAも8,100円で、絹姫サーモン、豊橋ウズラ、渥美半島のトウモロコシ、甘鯛、段戸牛、ブルーベリーなどを使う構成が確認できる。[2] ただし仕入れで内容は変わる。実際、訪問時の紙メニューとWeb掲載内容では牛肉の部位などに差があった。
つまり、Webメニューは設計図、その日の紙メニューが実機くらいに考えた方がいい。
これは高級フレンチというより「東三河オールスター」なのか?
かなりそうだった。
店でもらった食材マップには、三河湾の魚介、段戸牛、源氏和牛、豊橋うなぎ、保美豚、トウモロコシ、花、果樹、ブルーベリー、ハーブなど、生産者や産地が地図上に並んでいた。
一皿の中に「地元産」が一個入るだけではない。設楽町から渥美半島まで、山・畜産・農業・海をコース全体で横断する。公式も開業以来、豊橋・東三河の山海の幸を使う「地産地消」を継承していると説明している。[2]
旅行先で地域の食べ物を知ろうとすると、本来は魚の店、肉の店、農産物、甘味、お茶と何軒も回る。KEIはそれをフレンチのコースに圧縮して一気に出してくる。
「郷土料理を食べる」とは別方向だが、「その土地に何があるかを短時間で知る」にはかなり強い。
800円の三河紅茶は本当に「英国受賞茶」なのか?
訪問時に選んだ紅茶は、新城市の鈴木製茶のものだった。価格は800円。紅茶一杯として見ると「たっか!」となる。
ただし、鈴木製茶そのものには国際品評会での実績がある。愛知県と新城市の公開情報では、英国のUK Tea Academyが主催する「THE LEAFIES 2023」で、鈴木製茶の特選ほうじ茶と白茶が優秀賞を受賞している。[3][4]
ここは重要で、公開資料から確認できる受賞は「ほうじ茶と白茶」。今回飲んだ紅茶そのものがその受賞茶だった、とまでは断定しない。
それでも、料理だけでなく最後のお茶まで東三河の生産者につながるのは面白い。800円には液体だけでなく、選定、抽出、説明、器、16階の席まで乗ってくる。家でティーバッグを飲む800円とは、そもそも課金対象が違う。
なぜ食べ物を載せない「皿」が最初から置いてあるのか?
あれはバグではない。ショープレートという「見せるための飾り皿」だ。
食器メーカーNIKKOは、ショープレートをサービスプレート、位置皿、チャージャープレートなどとも呼ばれる約30cmの飾り皿と説明している。客を迎えるときに置き、料理開始時に下げたり、敷き皿として使ったりする。[5]
つまり高級フレンチでは、
皿=料理を載せる道具
とは限らない。
皿=「ここからコース料理が始まります」と空間を作る舞台装置
にもなる。初見では「飾り皿……? 皿の概念が拡張された……」となるが、仕様である。
なぜ料理ごとにフォークやスプーンが増殖するのか?
訪問時は料理に合わせて新しいカトラリーが次々に用意された。
フルコースでは、料理の形や食べ方に合わせてナイフ、フォーク、スプーンを使い分ける。ホテルのテーブルマナー講座でも、ナイフやフォーク、ナプキンの使い方が一つの体系として扱われている。[6]
家庭なら「さっきのフォーク、まだいけるやろ」で終わるところを、店では料理ごとにリセットする。
客側から見るとカトラリー増殖イベント。店側から見ると、洗う、磨く、揃える、正しい位置へ出す、回収するという人手の塊だ。
高級店の価格は食材原価だけで説明できない。こういう見えにくいサービス工程に、人件費と手間がかなり乗っている。
なぜ毎皿、店員が料理の解説に来るのか?
KEIでは「何を食べているのか」が体験の一部だからだ。
産地、生産者、調理法、ソースを説明されると、一皿が単なる魚や肉ではなくなる。「設楽のサーモン」「渥美半島のトウモロコシ」「奥三河の段戸牛」と、地図上の場所が料理に変わる。
公式もKEIを、地元食材の味だけでなく見た目も含めて五感で楽しむメインダイニングとして案内している。[1]
だから説明は料理に後付けされた講義ではない。食べ物に位置情報を付けるサービスでもある。
毎回「ほう……」と聞いてから食べることになるので、普段の昼飯より食事の情報量が異常に多い。
メニューに大きく書かれていないコロッケまで出てくるのは何なのか?
途中で小さなコロッケも追加で出てきた。これが普通にうまかった。
ただし、名称やコース上の正式な位置づけまでは確認していない。なので勝手に「アミューズです」と昇格させず、ここでは追加で出てきたうまいコロッケとして扱う。
高級店では、紙のメニューだけ眺めていても体験全部は読めない。小さな一品、パン、バター、小菓子、説明、食器交換まで含めてコースになる。
料理表を注文書だと思っていたら、実際は本編の目次くらいだった。
結局、地域の食べ物を一度に味わいたいならKEIはありなのか?
かなりありだ。
特に「豊橋で何を食べれば地域らしいのか分からない」「一軒で東三河の食材を広く知りたい」という人には相性がいい。
SORAは8,100円なので安い昼食ではない。それでも、最上階の景色、複数皿、地元食材、生産者の説明、食器、カトラリー、サービスまでひとまとめにすると、単純な「昼飯8,100円」とは中身が違う。[2]
そして一番おもしろかったのは、高級フレンチに行ったのに、帰るころにはフランスより東三河に詳しくなっていることだった。
「高級店=高い食材を食べる場所」と思っていたが、実際には、地域の素材を編集し、順番をつけ、皿にして、説明まで付けて見せる場所でもある。
豊橋で地域グルメをまとめて味わうなら、これはかなり強い一手だ。
参考資料
[1] Hotel Arc Riche Toyohashi, Restaurant: https://www.arcriche.jp/global/restaurant/
[2] ホテルアークリッシュ豊橋「レストラン KEI」: https://www.arcriche.jp/restaurant-kei/
[3] 愛知県「鈴木製茶がほうじ茶、白茶で国際コンクール優秀賞を受賞」: https://www.pref.aichi.jp/soshiki/shinshiroshitara-nourin/r5104.html
[4] 新城市「2023年新城市10大ニュース」: https://www.city.shinshiro.lg.jp/shisei/shicyonoheya/10/2023.html
[5] NIKKO「食器の選び方 洋食器の基本アイテム」: https://www.nikko-tabletop.jp/blogs/journal/how_to_choose_tableware-items
[6] 帝国ホテル 東京「レ セゾンで学ぶレストランマナー」: https://www.imperialhotel.co.jp/tokyo/restaurant/les-saisons/plan/tablemanners
