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好きな曲を隠すと仲間まで消える――東方DNA認証、ゲームBGM、希少な共通点と自己開示
車で知人と移動するとき、以前はなるべく無難な曲を選んでいた。ゲーム音楽や少しマイナーな曲を流すと、「こういうのを聴く人なんだ」と趣味から人物像まで勝手に拡張される気がしたからだ。
ところが、ある日その編集をやめた。好きな曲をそのまま流していたら、東方Projectの『偶像に世界を委ねて ~ Idoratrize World』が流れた。
同行者はその曲自体を知らなかった。それでも少し聴いて、「これ、東方の曲かもしれない」と反応した。東方を聴き始めてまだ長くないのに、曲調の共通点を耳が覚えていたらしい。
そこで初めて、互いに東方を聴くことが分かった。
もし二人とも「変に思われるかもしれない」と隠していたら、共通点は存在しているのに、外から見れば永遠にゼロのままだった。
1. マイナーな好みは万人受けには弱いが、仲間を探す検索キーには強い
人は共通点を持つ相手に親近感を持ちやすい。さらに面白いのは、共通点なら何でも同じ強さではないことだ。
2018年の5研究では、ありふれた興味よりも、珍しい興味が一致したときの方が対人魅力が強くなりやすかった。 2019年の『Cognition』の研究でも、参加者は一般的な好みを共有する相手より、珍しい好みを共有する相手との交流を選びやすく、その傾向は好みが珍しいほど強くなった。
「有名な曲が好き」が一致しても嬉しい。しかし「その曲まで聴くの?」が一致すると、単なる一項目の一致ではなく、似た探索経路や文化圏まで想像できる。
マイナー趣味は母数が小さい。その代わり、一致したときの情報量が大きい。
2. 好きなものの自己開示は、知り合いを一段近づける低コストな手段になる
自己開示と好意の関係をまとめた古典的なメタ分析では、よく自己開示する人が好かれやすいこと、好きな相手ほど自己開示しやすいこと、そして自分が相手に自己開示した結果として相手への好意も高まりやすいことが示されている。
もちろん、重い秘密をいきなり話せという意味ではない。
「この曲好き」「このゲームのBGMをよく聴く」「この店が好き」くらいなら、個人情報や深い悩みよりずっと軽い。それでも相手が同じものを好きなら、会話の入口が一気に増える。
2022年の4研究では、共通する「嫌い」より、共通する「好き」の方が相手への好感につながりやすかった。
悪口で結束するより、「それ俺も好き」でつながる方が強い場面がある。
3. 音楽はただのBGMではなく、圧縮された自己紹介になる
音楽は自己開示の素材として妙に強い。
2006年の研究では、初対面同士に互いを知るよう求めると、音楽は最もよく話題になった。さらに、他人の音楽嗜好だけを見ても、人はその相手について一定の人物印象を形成できた。
つまり選曲は、本人が何も説明していなくても情報を出している。
その便利さは、怖さにもなる。2007年の研究では、特定ジャンルのファンについて、性格や価値観まで含む明確なステレオタイプが存在することが確認されている。
過去に「この曲が好きなんだ」から「じゃあこういう人なんだね」と雑に広げられた経験があれば、好きな曲を人前で流さなくなるのは不思議ではない。
問題は、その防御設定をすべての相手へ永久適用すると、今度は相性の良い相手まで検出できなくなることだ。
4. 東方DNA認証は、知らない曲でも作曲文法を耳が拾うから起きる
『偶像に世界を委ねて』を知らないのに「東方っぽい」と分かる現象は、音楽認知の研究と相性がいい。
人は繰り返し音楽を聴くうちに、音程の動き、リズム、和声、音色、展開などの規則性を、明示的な勉強なしで学んでいく。音楽認知では、経験から内部に「このスタイルなら次はこう来やすい」という確率的なモデルができると考えられている。
そのため、曲名を知らなくても「この感じ、あの作曲家・あの作品群では?」という判定が起きる。
東方専用の「ZUN DNA認証」を実験した研究があるわけではない。しかし、未知の曲から既知スタイルの文法を感じ取る一般機構としては説明できる。
『偶像に世界を委ねて』は『東方鬼形獣』の6面ボス、埴安神袿姫のテーマ。関連資料ではピアノ、エレキギター、トランペットが主旋律を入れ替わりながら進む複合的な曲として紹介され、ZUNのコメントでは少し切なさもある爽やかな曲として説明されている。
初見なのに「東方」と当てる。曲名検索ではなく、作曲文法の照合である。
5. ゲームBGMは「趣味の奥の棚」を見せるので、開示感が強い
一般的なヒット曲なら、「流行っていた」「店で流れていた」「おすすめに入っていた」で接触経路をぼかせる。
一方、歌のないボス戦BGMや街の曲を日常的に聴いている場合、「ゲームを遊んだ」「場面を覚えた」「曲単体でも探した」という履歴が見えやすい。
株式会社ポケモン自身も、ゲーム楽曲はファンが多い一方、従来はゲーム以外で触れられる機会が意外に多くなかったと説明している。その問題意識から音楽プロジェクトが始まり、現在はPokémon Game Sound Libraryでゲーム音楽を単体でも楽しめる。
だから「ポケモンが好き」と言える人でも、「ポケモンのゲームBGMを普段から聴いている」と知られる方には、一段強い自己開示感が出ることがある。
ゲーム音楽は作品名だけでなく、「そこまで好きなんだ」という深さまで伝わりやすい。
6. ダークソウルやモンハンの曲は、普通のドライブには神々が降臨しすぎる
ゲームBGMを流しづらい理由が、恥ずかしさだけとは限らない。
Dark SoulsやMonster Hunterのボス曲には、合唱、重厚なオーケストラ、巨大な打楽器などを使った、神話や決戦を思わせる曲が多い。
普通に車で移動しているだけなのに、車内では神々の合唱が始まる。
壮大すぎる。
コンビニへ向かっているだけなのに、音だけ聞けば「世界の命運を賭けて古龍と決着をつける途中です」みたいになる。
「日常のドライブに最適か」と聞かれれば、たぶん違う。しかし好きなら流す。
選曲の目的を「場面に最も無難に溶け込むBGM」だけに限定しなければいい。自分が楽しむ、相手の反応を見る、知らない曲を交換するという目的もある。
7. アーティストではなく曲の内部特徴で選ぶ人ほど、プレイリストはロングテールになる
好きな音楽を「この歌手が好き」で集める人もいれば、「速い」「展開が強い」「メロディが刺さる」「刺激が強い」のような曲そのものの特徴で拾う人もいる。
後者は、アニメ、ゲーム、J-POP、インスト、別々の作曲家が同じプレイリストに入りやすい。結果として、一人のアーティストに集中せず、少数曲ずつ大量の作品から集めるロングテール型になりやすい。
2016年の研究では、26ジャンル・102曲の38属性を整理すると、音楽の知覚特徴は大きく「刺激の強さ」「感情の明暗」「深さ・複雑さ」の3次元にまとめられた。続く9,454人の調査では、こうした曲の属性への好みと性格自己評価の間に関連が見つかった。
つまり「ジャンルが違うから好みも別」とは限らない。表面のラベルが違っても、耳が拾っている内部特徴が共通していることがある。
このタイプのプレイリストは対人探索でも強い。東方、ダクソ、モンハン、ペルソナ、アニメ、J-POPと、異なるコミュニティへの小さな釣り針が大量に垂れているからだ。
8. 知らない曲はノイズではなく、新規発見の候補にもなる
共有空間で知らない曲が流れること自体を、デメリットと決める必要はない。
ある人は友人の車で良い曲が流れると、その場でShazamなどの楽曲認識アプリを使って調べ、自分のプレイリストへ追加する。知らなかった曲が一曲増えること自体が娯楽になっている。
このタイプの聴き手にとって、他人の車内プレイリストは小さな推薦アルゴリズムだ。
しかも人間の推薦には、その人が何年もかけて拾ったロングテールが混ざる。自分の配信サービスが普段出してこないゲームBGMや一曲だけの推しが突然飛んでくる。
「知らない曲が流れる」は、退屈の原因ではなく探索の入口になり得る。
9. 無難な曲だけを流すと、拒絶は減るが検索キーも新曲発見も消える
誰からも嫌われないことだけを目的にするなら、最大公約数の選曲は合理的だ。
しかし知人関係では目的関数が違う。
全員から70点を取ることより、自分と相性の良い少数を発見すること、そして自分も知らない曲を発見することに価値を置くなら、個人的な好みを少し出した方が探索性能は上がる。
珍しい曲を流して、誰も反応しなければ数分で終わる。知っている人がいたら、「これ知ってるの?」で一気に会話が開く。知らなくても気に入った人は、その場で曲名を拾って持ち帰れる。
特にダクソの曲名やボスまで即答する人が釣れたら、かなり高レアリティである。
10. 「知らない曲は聞きたくない」という人とは、単に探索スタイルが違う
全員が未知の曲を歓迎するわけではない。いつもの曲を安心して聴きたい人もいるし、車内では会話の邪魔をしない音楽を好む人もいる。
そこに善悪はない。
ただ、自分は未知曲を拾うのが楽しく、相手は既知曲以外を避けたいなら、音楽の使い方に相性差があることが分かる。
それも情報である。
「この趣味を出したら嫌われるかもしれない」ではなく、「この人とはこの遊び方が合わないかもしれない」と考える方が、自己価値と相手の好みを分離しやすい。
11. 過去のステレオタイプ経験は消さなくていいが、全員への事前検閲にしなくていい
「好きなものを出したら雑に分類された」という経験があるなら、隠すという学習は一度は合理的だった。
ただし、昔の相手の反応は、今目の前にいる全員の反応ではない。
会話研究では、人は会話後に、実際よりも相手から好かれていないと見積もる傾向も報告されている。 もちろん、これは「何を出しても絶対に好かれる」という保証ではない。
使いやすい更新方法はもっと小さい。
まず低リスクな「好き」を一つ出す。相手が無反応ならそこで終わる。反応が良ければ一段深く話す。雑に扱う相手には、それ以上重要なものを渡さない。
自己開示を全面公開か完全非公開かの二択にしなくていい。
12. 結論――好きな曲は、自己紹介ではなく探索ビーコンとして流せばいい
核心は、「趣味を堂々と主張しろ」ではない。
もっと軽い。
好きなものを、必要以上に人前用へ加工しない。
東方を流す。知らない人はそのまま聴く。東方を知る人だけが反応する。ダクソを流す。ほとんどの人は通過する。ボス曲まで分かる人がいたらSSR検知器が鳴る。知らない曲が良ければShazamで回収する。
マイナーな好みは、万人受けでは弱い。しかし相性の良い相手を探す検索キーとしては強い。
二人とも隠していれば、共通点は存在していても観測されない。
好きな曲を流すことは、自分の価値を他人に審査してもらう行為ではない。
「この周波数を受信できる人、いますか」と静かに電波を出すくらいでいい。
そしてDark SoulsやMonster Hunterの神々の合唱が、日常のドライブには壮大すぎても――まあ、流す。
