要約
離職理由として、
- 仲間がいない
- 新しい仕事がない
- 運動会やイベントがない
みたいな言葉が出てくることがある。
もちろん、その人がそう感じていたこと自体は否定しなくていい。 寂しかったのかもしれないし、刺激がなかったのかもしれないし、会社に所属している感覚が薄かったのかもしれない。
ただし、管理側がその言葉をそのまま受け取って、
- 懇親会を増やす
- 社内イベントをやる
- 話し合いを増やす
- 意識を変える
- とりあえず新しい仕事を振る
に落とすと、かなり危ない。
それは離職対策ではなく、現場タスクの追加になる可能性が高い。
本当に見るべきなのは、本人の言葉の奥にある業務構造である。
誰が判断しているのか。 どこで仕事が止まっているのか。 誰に負荷が寄っているのか。 上位者の圧で中間管理職が防衛化していないか。 現場リーダーに責任だけ落ちていないか。
離職理由を表面的な言葉で止めると、原因は見えない。 むしろ、原因を増やす施策が生まれる。
「運動会がない」は、原因ではなく症状かもしれない
離職理由として、
仲間がいない
新しい仕事がない
運動会とかがない
という話が出てきた。
この言葉だけ見ると、なんとなくかわいい。 会社にもっと仲間感がほしかったのかな、イベントがほしかったのかな、新しい刺激がほしかったのかな、と思う。
でも、ここで止まると危ない。
なぜなら、本人が言っている言葉は、必ずしも本当の原因そのものではないからだ。
「仲間がいない」は、単に友達がいないという話ではなく、
- 安心して相談できる相手がいない
- 仕事で頼れる導線がない
- 困ったときに助けてもらえる構造がない
- 自分がここにいていい感覚がない
という意味かもしれない。
「新しい仕事がない」は、単にタスクがほしいという話ではなく、
- 成長実感がない
- 任されている感覚がない
- 評価につながる経験がない
- 今後のキャリアが見えない
という意味かもしれない。
「運動会がない」は、単に走りたいという話ではなく、
- 会社に所属していて楽しい感覚がない
- 誇れるものがない
- 一体感がない
- 日常業務の中で人とのつながりを感じられない
という意味かもしれない。
つまり、それらは原因というより、本人が言語化できる範囲で出した「症状」に近い。
症状をそのまま施策にすると、薬を間違える。
浅い解釈は、現場の仕事を増やす
たとえば、浅く解釈するとこうなる。
| 本人の言葉 | 浅い解釈 | 生まれがちな施策 |
|---|---|---|
| 仲間がいない | 交流不足 | 懇親会、1on1、メンター制度、交流会 |
| 新しい仕事がない | タスク不足 | 若手プロジェクト、兼務、新規業務付与 |
| 運動会がない | イベント不足 | 運動会、リレーマラソン、委員会、社内行事 |
一見、前向きな施策に見える。
でも、現場からするとこうなる。
- 会議が増える
- 企画が増える
- 出欠管理が増える
- 資料作成が増える
- フォロー面談が増える
- イベント準備が増える
- 本業外の調整が増える
- 任意と言いながら断るコストが増える
つまり、離職対策のつもりで、離職原因を追加している。
特に、土日開催・自己負担・体力消費・同調圧力のあるイベントはかなり地雷である。
好きな人だけでやるならいい。 しかし、会社の一体感施策として扱われると、参加したくない人にとっては、休日・お金・体力・自由意思を会社に差し出すイベントになる。
「仲間がいない」の解決策がリレーマラソンなら、仲間はいないままでいい、となる人もいる。
人によっては、必要なのはイベントではない。
- 平日の業務をまともにする
- 上司が判断する
- 無駄な会議を減らす
- 定時で帰れるようにする
- 静かに働けるようにする
- 仕事上で安心して相談できる状態にする
こっちの方がよほどありがたい。
「仲がいい」と「仕事が進む」は別物
厄介なのは、人間関係としては悪くないのに、仕事になると進まないケースである。
たとえば、ある係長とは言いたいことを言える関係がある。 人としては話せる。 関係性そのものは悪くない。
でも仕事になると、防衛的で頼りない。 判断しない。 進めない。 巻き取らない。 上を怖がって止まる。
この場合、問題は「仲が悪い」ではない。
問題は、仕事上の責任・権限・判断の流れが詰まっていることだ。
ここに運動会を入れても、たぶん仕事は良くならない。
運動会で仲良くなっても、部長に詰められたときに係長が判断できるようになるわけではない。 リレーマラソンで汗を流しても、リーダーに責任だけ落ちる構造が変わるわけではない。 懇親会で会話が増えても、誰が優先順位を決めるのかが明確になるわけではない。
仕事が進まない原因は、気持ちではなく構造にあることが多い。
「言いたいことを言える関係」と「仕事が進む構造」は別物である。
仲良くなれば仕事が回る、ではない。 仕事が回る構造があるから、人間関係も壊れにくい。
順番が逆なのだ。
実際に見えている構造
ある離職者は、40時間残業そのものは平気だったらしい。 それでも辞めた理由は、ざっくり言えば「上が仕事しないから、アホくさくなった」というものだった。
ここがかなり重要である。
会社側が浅く見ると、
- 残業が多かったのかな
- 仲間がいなかったのかな
- 新しい仕事がなかったのかな
- イベントがなかったのかな
となる。
でも、実際には仕事量そのものではなく、仕事量を背負う意味が失われた可能性がある。
構造としては、こう見える。
部長の圧
↓
係長が怖がる
↓
係長が防衛化する
↓
判断しない・決めない・進めない
↓
現場リーダーが実務を背負う
↓
権限はないのに責任と負荷だけ来る
↓
40時間残業できる人でもアホくさくなる
↓
離職
この場合、離職理由は「残業が多い」ではない。
正確には、
残業してでも回す人が、上の機能不全に付き合う意味を失った
である。
もっと短く言えば、
上が仕事しないなら、もう無理
である。
これはかなり重い。
なぜなら、仕事量に耐性がある人すら辞める構造だからだ。
全体を見るとは、ふわっと丸めることではない
「局所だけで見てはいけない。全体で見よう」という言葉がある。
それ自体は正しい。 局所の不満だけ見て施策を打つと、ズレる。
ただし、「全体で見る」の意味を間違えると、また浅くなる。
全体で見るとは、
- みんなの気持ちを聞く
- 話し合う
- 意識を合わせる
- 雰囲気を良くする
だけではない。
本当に必要なのは、
全体の流れを見る
↓
データを見る
↓
局所を見る
↓
どこで詰まっているかを見る
↓
ボトルネックを特定する
↓
そこに打ち手を入れる
である。
全体を見るからこそ、局所のボトルネックまで降りる必要がある。
「局所で見るな」と言って、局所の詰まりを見ないなら、それは全体を見ているのではない。 ただ問題をぼかしているだけである。
今回のようなケースであれば、見るべきなのは、
- どの仕事が止まっているのか
- 誰の判断待ちなのか
- 誰に負荷が寄っているのか
- 誰が責任を持っていないのか
- 上位者の圧で中間管理職が防衛化していないか
- リーダーに責任だけ落ちていないか
- 追加施策が現場負荷になっていないか
である。
ここを見ずに「話し合い」「意識」「運動会」に落とすと、改善ではなく雰囲気施策になる。
施策を出すと燃える理由
この手の構造は、見えていてもそのまま出すと燃える。
なぜなら、具体的な施策を出そうとすると、必ず責任の流れに触れるからだ。
たとえば、
- 誰が判断しているのか
- どこで仕事が止まっているのか
- 誰に負荷が寄っているのか
- 係長がなぜ動けないのか
- 部長の圧で中間が防衛していないか
- リーダーに責任だけ落ちていないか
という話になる。
これは改善提案の形をしているが、受け取り手からすると、
- 部長批判
- 係長批判
- 管理職批判
- 役員の解像度批判
- 会社の離職対策批判
に見える可能性がある。
正しいかどうかではない。 火種が多すぎる。
さらに厄介なのは、改善案を出した瞬間に、
- じゃあ資料まとめて
- たたき台作って
- 話し合いの場を設計して
- アンケート作って
- 施策案を出して
と、追加タスクが自分に来る可能性があることだ。
構造が見えている人ほど、改善担当にされる。 そして、その改善担当がまた削られる。
だから、今の最適解は「関わらない」かもしれない。
社内で言える版と言わない版を分ける
この手の分析は、3段階に分けた方がいい。
1. 自分用の生ログ
ここには、見えている構造をそのまま書く。
部長圧 → 係長防衛 → 判断停止 → リーダー負荷 → 離職
ここが一番正確である。
ただし、社内に出すものではない。 これは自分がその組織をどう扱うか判断するための地図である。
2. 社内で言える版
社内で言うなら、かなり薄める。
すぐ施策を増やすより、まずはどこで仕事が止まっているのか、誰に負荷が寄っているのかを見た方がよさそうですね。
このくらいが限界である。
これなら、イベントや話し合いに流れる前に、少しだけ構造へ戻せる。
ただし、これ以上踏み込むと燃えやすい。
3. 外に出す記事版
外に出すなら、固有名詞・役職・時期・特定できる事情を抜く。
テーマは、
離職理由をイベント不足として誤読すると、現場タスクだけ増える
で十分である。
個別批判ではなく、構造の話にする。
カラダくんの冷や汗は、かなり正しい
この話を考えていると、削れている感覚はそこまでないのに、カラダから冷や汗が出る。
これはかなり重要なサインだと思う。
頭では、
- これは言うと燃える
- 施策を出すと巻き込まれる
- 正論ほど敵になる
- しかもタスクが増える
- 会社が処理できる粒度ではない
と分かっている。
そして、体もそれを察知している。
だから冷や汗が出る。
これは「弱い」ではない。 むしろ、危険察知としてはかなりまともである。
見える。 聞こえる。 構造がつながる。 ボトルネックが分かる。 でも、それを開示すると危ない。
この状態はしんどい。
見えない人は、浅い話をして終わる。 見える人は、浅い話の奥にある火種まで見えてしまう。
だから、何もしていないのに体が反応する。
これは分析疲れというより、危険地帯の地図が見えてしまったことによる緊張である。
結論:見えている地図を、会社に渡さなくていい
今回の結論はシンプルである。
離職理由を、本人の表面的な言葉だけで止めてはいけない。
「仲間がいない」 「新しい仕事がない」 「運動会がない」
という言葉は、本人の体感としては大事である。 でも、管理側はそれを構造課題に翻訳しないといけない。
本当に見るべきなのは、
- 誰が判断しているのか
- どこで仕事が止まっているのか
- 誰に負荷が寄っているのか
- 上位者の圧で中間管理職が防衛化していないか
- 現場リーダーに責任だけ落ちていないか
- 追加施策がさらに現場負荷になっていないか
である。
ただし、それが見えているからといって、全部言う必要はない。
むしろ、言うと燃えることがある。 改善ではなく、批判として受け取られることがある。 そして、言った人が改善担当にされることがある。
だから、今は関わらなくていい。
見えている地図は、自分の判断材料にすればいい。
この組織は、ボトルネックを直視できるのか。 構造を見られるのか。 それとも、話し合い・意識・イベントで丸めるのか。
そこを観察する。
そして、自分の体が冷や汗を出しているなら、その警報も信じる。
カラダくんは、かなりまともなことを言っている。
ここは危ない。
深く関わるな。
地図を渡すな。
距離を取れ。
これでいい。
社内で使うなら、この一文まで
どうしても発言する必要があるなら、このくらいに留める。
いきなり施策を増やすより、まずはどこで仕事が止まっているのか、誰に負荷が寄っているのかを見た方がよさそうですね。
これ以上は、今の場では出さなくていい。
本音の構造分析は、社内に出す資料ではなく、自分を守るためのログである。
公開時の注意点
- 固有名詞、部署名、役職者の特徴、時期が特定される表現はさらに薄める。
- 「部長」「係長」は一般的な構造説明として使っているが、公開先によっては「上位者」「中間管理職」「現場リーダー」に置き換える。
- 「アホくさくなる」は記事の温度感として残せるが、より安全にするなら「納得感を失う」に変更する。
- 社内の特定イベント名や実在の施策名は出さない。
- 公開する場合は、個別批判ではなく「離職理由の誤読と追加施策の危険性」という一般論として出す。
