「女性にも性欲があって、自慰もする」
文章で読むと当たり前っぽい。ところが、身近な女性の日常として想像すると急に、
「……本当に?」
「なんか都市伝説みたいなんだが」
となる人がいる。
でも、ここで面白いのは「女性の自慰が珍しい」という話より、完全に私的な行動は、実際の頻度よりずっと“存在しないもの”に見えやすいということです。
統計を持ってくると、脳内の会議はこうなる。
脳「女の人もするの? 嘘だろ」
統計「普通にいます」
脳「でも見たことない」
統計「そりゃ非公開イベントだからな」
この記事では成人の性行動調査を使って、「どれくらいするのか」「男性が100%ではないのはなぜか」「何を見ているのか」「服は全部脱ぐのか」「ただ気持ちいいから触ることもあるのか」を、分かっていることと分からないことに分けて整理します。
0. 5秒結論――都市伝説ではない。でも「みんな」でもない
先に数字だけ。
2022年の日本の20〜49歳8,000人を対象にした準全国調査NInJaSでは、自慰をすると報告した割合は**女性48.1%、男性88.3%**でした。[1]
同じ調査で「週3回以上」は20代で女性7.7%、男性41.5%。[1]
2025年の日本の性行動研究をまとめたスコーピングレビューでも、2020年代のオンライン調査では、20〜39歳女性の「週1回以上」はおおむね約20%、男性は40代まで「週1回以上」が多数という傾向でした。[2]
つまり、
女性も普通にする。だが男性と同じ分布ではない。
これが一番短い答えです。
「女性の半分近くが報告している」からといって、特定の女性について「じゃあこの人もやってる」とは言えません。人口統計は個人の私生活を透視する魔法ではありません。
1. なぜ「都市伝説」みたいに感じるのか――観測できないから
自慰は基本的に一人で行う私的行動です。
食事なら店で見る。通勤なら電車で見る。ゲームならフレンド欄で見る。
でも自慰は、
本人が言わなければ、外からほぼ観測不能。
ここがでかい。
さらに、性的な話を友人同士でどこまでネタにするか、どこまで隠すかには性別・文化・世代・個人差があります。調査自体も自己申告なので、羞恥や社会的望ましさの影響を完全には消せません。
すると脳内では、
男性の自慰
→ 下ネタ、ネット、友人の会話などで観測機会が多い
→ 「まあ、あるよね」
女性の自慰
→ 観測機会が少ない
→ 「存在は知ってる。でも現実感がない」
となりやすい。
これは「存在しない」のではなく、ログが見えていないだけです。
人間「観測ログがないので機能未実装だと思いました」
現実「本番環境では普通に動いてます」
2. 男性88.3%も意外――「男なら100%」ではない
逆方向にも思い込みがあります。
「男性なら100%するだろ」
これも統計上は違います。[1]
ただし、88.3%を「男性の11.7%は生涯一度も自慰したことがない」と読むのも雑です。調査ごとに期間・選択肢・対象年齢が違い、「現在していない」「過去1年していない」「経験がない」は別物です。
たとえばJEX Japan Sex Survey 2020では、20〜69歳男性の「したことはない」は5.8%。一方で女性は43.4%でした。[3] 週1回以上を合計すると男性58.8%、女性12.2%です。[3]
2024年版のJEX調査でも、18〜69歳5,029人の調査で、男性の「したことがない」は1割弱、女性は4割強という大枠が示されています。また10〜20代男性では7割以上が週1回以上とされています。[4]
数字が少し違うのは不思議ではありません。調査年だけでなく、年齢範囲、質問文、回答カテゴリー、標本の作り方が違うからです。
だから、
88%? 少なくない?
100%じゃないの?
と感じたら、まず分母と期間を確認する。
統計界の「パンツ履いた?」に相当する基本確認です。
3. 女性はどのくらいの頻度?――「する/しない」より分布が広い
2022年NInJaSでは女性48.1%が自慰をすると回答しましたが、高頻度層は男性より小さく、20代で週3回以上は7.7%でした。[1]
2020年JEXの女性全体では、
- 毎日 1.2%
- 週4〜6日 1.3%
- 週2〜3日 4.7%
- 週1日 5.0%
- 月2〜3日 6.5%
- 月1日 4.9%
- 年数回程度 12.2%
- 1年以上していない 20.7%
- したことはない 43.4%
でした。[3]
女性側は「毎日のようにする」が標準というより、高頻度から年数回、長期間しない、経験なしまでかなり散っている。
20代女性に絞ると2020年JEXでは、週2〜3日が10.0%、週1日が7.3%など、若い層ほど頻度が高い傾向も見えます。[3]
なので「女性はするの?しないの?」という二択がそもそも荒い。
正解は、
する人もかなりいる。頻度の個人差もかなり大きい。
です。
4. 何を見てするの?――若い女性では実写動画も普通に上位
ここも「女性は全部妄想だけ」というイメージとは違います。
JEX 2020で、自慰時に主として使う「オカズ」を複数回答で尋ねた設問では、女性回答者全体で、
- 特にない 47.8%
- アダルト動画(実写) 28.5%
- 妄想 18.8%
- 漫画 9.0%
でした。[3]
さらに20代女性では、
- アダルト動画(実写) 51.7%
- 特にない 22.3%
- 漫画 19.0%
- 妄想 18.1%
でした。[3]
つまり若年女性のこの回答者群では、実写の成人向け動画が普通に大きな選択肢です。
ここで重要なのが、「特にない」と「妄想」は別の選択肢だったこと。
だから、
「特にない47.8%」 ↓ 「つまり全員、頭の中で好きな人を妄想している!」
とは読めません。
それは統計への二次創作です。
2024年版JEXの要約でも、自慰時に見るものとして実写動画が主要で、10〜20代ではアニメ、女性では漫画の割合が目立つと報告されています。[4]
昔の固定観念「女性は映像を見ない」
20代女性データ「実写51.7%です」
固定観念「聞いてない」
5. で、服は全部脱いでるの?――ここは意外と統計がない
ここまで頻度も動画も聞いているなら、
「ズボンと下着、どこまで脱いでるんですか?」
も誰か全国調査してそうです。
ところが、ここは急にデータが薄い。
女性の自慰研究では、刺激部位、体位、理由、直接刺激・間接刺激などはかなり調べられています。ポルトガル女性3,687人の研究でも、さまざまな直接・間接的な方法が報告されています。[5] ドイツ女性425人の研究でも詳細な自慰行動が調べられています。
しかし、「全裸/下半身だけ脱ぐ/下着をずらす/服の上から」の人口割合を、一般女性に代表性のある形で示す良質な全国統計は、今回確認した範囲では見当たりませんでした。
なのでここは、
- 全部脱ぐ人もいるだろう
- 必要な範囲だけ衣服を動かす人もいるだろう
- 間接的な刺激を使う人もいる
までは自然ですが、「女性の○%はパンツを脱がない」みたいな数字を作った瞬間に捏造です。
研究者、
頻度:聞く
体位:聞く
何を見る:聞く
使う道具:聞く
パンツ:なぜか聞かない
読者「そこが知りたかったんだが?」
研究「研究費の使い道には優先順位があります」
6. 「性欲MAXだから」だけじゃなく、気持ちいいから触ることもある?
あります。少なくとも自慰の動機は「強烈にムラムラした」一種類ではありません。
米国の全国代表調査では、過去1年に自慰した女性が挙げた理由として、
- 快感がある 63.6%
- 性的に興奮している 49.0%
- ストレス解消 36.2%
- リラックスしたい 25.8%
- 寝付きたい 25.7%
などが報告されています。[6]
また女性20人への質的研究では、自慰を「routine tension release(日常的な緊張の解放)」として語るテーマも見つかっています。[7]
だから、
「性欲が発生 → 成人向け動画を検索 → 明確に自慰開始」
という一本の台本だけではありません。
「なんとなく触ると気持ちいい」 「リラックスしたい」 「寝る前の習慣」 「ストレスを抜きたい」
から始まる人もいる。
もちろん、これも全女性共通ではありません。
性欲というアプリ、起動経路が一個じゃない。
7. 結論――「女性の性欲」が都市伝説に見える正体は、非公開ログだった
ここまでをまとめると、
- 日本の2022年調査では自慰をすると報告した割合は女性48.1%、男性88.3%。[1]
- ただし頻度は同じではなく、20代の週3回以上は女性7.7%、男性41.5%。[1]
- 2020年代の日本の調査をまとめると、20〜39歳女性で週1回以上は約20%前後という研究もあり、男性はより高頻度。[2]
- 2020年JEXでは若い女性の「オカズ」として実写成人向け動画もかなり一般的で、20代女性回答者では51.7%。[3]
- 一方、「特にない」も多い。妄想とは別項目なので、映像必須ではない。[3]
- 服をどこまで脱ぐかの信頼できる人口統計はほぼ見つからない。ここは分からないと答えるのが正しい。
- 動機は性欲だけでなく、快感、ストレス解消、リラックス、睡眠など多様。[7][6]
- 集団統計から特定個人の私生活を推定してはいけない。
要するに、
女性の性欲が都市伝説なのではない。
公開ログが少なすぎて、脳が都市伝説扱いしていただけ。
脳「見たことない!」
統計「そりゃ見るものじゃない」
脳「なるほど」
統計「なるほどじゃないが」
そして最後に最大の未解決問題が残る。
研究者、次の全国調査では服装項目も入れてくれ。
そこだけ人類、データベースがスカスカです。
参考資料(7件)
- Ghaznavi C, et al. “Sexual Behaviors among Individuals Aged 20-49 in Japan: Initial Findings from a Quasi-Representative National Survey, 2022.” The Journal of Sex Research doi.org
- Sexual Inactivity in Japan: A Scoping Review.” The Journal of Sex Research, 2025 doi.org
- JEX / Japan Family Planning Association, “JEX SEX SURVEY 2020 調査結果報告書. jfpa.or.jp
- JEX / Japan Family Planning Association, “JEX JAPAN SEX SURVEY 2024. jex-sh.jp
- Carvalheira A, Leal I. “Masturbation Among Women: Associated Factors and Sexual Response in a Portuguese Community Sample.” Journal of Sex & Marital Therapy doi.org
- Masturbation Prevalence, Frequency, Reasons, and Associations with Partnered Sex in the Midst of the COVID-19 Pandemic: Findings from a U.S. Nationally Representative Survey. pmc.ncbi.nlm.nih.gov
- Fahs B, Frank E. “Notes from the Back Room: Gender, Power, and (In)Visibility in Women's Experiences of Masturbation.” The Journal of Sex Research doi.org
