引越し後に残ったのは、大仕事ではなく小さい用事の群れだった。物干し竿の購入、買い物、大きな資源ごみ二箱の処分、モニターの向き調整、取っ手交換、アクリル板設置。どれも特殊技能はいらない。だからこそ厄介だ。「できる」は「自分でやるべき」を意味しない。
店まで往復するだけで20分。売り場を探し、選び、会計し、持ち帰れば40〜60分になりうる。資源ごみも積み込み、移動、処分、帰宅まで含めれば30〜60分級。さらに工具を出す、作業する、片付ける、次へ頭を切り替える。引越し後のラスボスは家具ではない。細切れタスクのDDoS攻撃だった。
そこで、買い物、物干し竿、資源ごみ、モニター調整、取っ手交換、アクリル板設置などを個人にまとめて依頼した。移動費込み2,000円。仮に2〜3時間浮けば、自由時間を一時間あたり約670〜1,000円で買い戻した計算になる。しかし消えるのは時間だけではない。「店へ行く」「探す」「運ぶ」「工具を出す」「切り替える」「あとでやらなきゃと覚えておく」という摩擦も消える。買った商品は物干し竿ではなく、「自分が処理しなくていい状態」そのものだ。
さらに面白いのは、依頼を受ける側がWebサービス、GitHub、Cloudflareのようなデジタル領域も扱えることだった。アプリケーション層はWeb、インフラ層はCloudflare、バージョン管理はGitHub、物理層は取っ手交換、最下層は資源ごみ。ついにOSI参照モデルへ**「資源ごみ層」**が追加された。
能力の高い人が高単価案件だけを受けなければならない法律はない。条件と価格を見て本人が受諾しているなら取引は成立する。依頼者が勝手に「高度人材にはゴミ捨てを頼んではいけない」と職業ヒエラルキーを作る必要もない。
重要なのは、外注しているのが判断ではなく実行だという点だ。何を完成状態とするか、いくら払うか、何を頼むかは自分で決める。入力は依頼、制約は予算・時間・完成条件、実行は他者、出力は世界の状態変化。これはほぼ現実世界のAPIである。
しかも妙に楽しい。依頼を定義し、価格を置き、誰かが受け、自分は別のことをする。戻るとゴミが消え、物が設置され、モニターが直っている。自分が動いていないのに世界の状態が変わる。 自動化を作ったときの快感に近い。
この2,000円は「何を買ったか」より、「何をしなくて済んだか」で評価した方がいい。往復移動、大箱の運搬、売り場探索、細かい設置、脳内の「あれやらなきゃ」が消えた。これは贅沢品ではなく、摩擦を買い取って消す消費だ。
もちろん何でも外注すればいいわけではない。説明する方が長い仕事、失敗時の損害が大きい仕事、本人しか判断できない仕事は自分でやる方がいい。しかし「明確・低リスク・物理的・移動が必要・まとめられる」仕事は外注と相性がいい。
引越しで得た最大の発見は、新居ではなかった。自分でできることの中にも、自分でやらない方がいいことが大量にある。 数千円で数時間と脳内タブを消せるなら、それは作業代ではなく自由時間の購入費になる。人間に依頼すると、現実世界にもAPIが生える。
