引っ越しで地域の個人間募集サービスから、3時間3,000円で手伝いをお願いした。実際には約4時間半。PC、3枚のモニター、配線、キッチン、電子レンジ周辺など、「自分でもできるが起動コストが高い」場所を次々に片付けてくれた。
3枚のモニターは配線を始めると突然「小規模管制室」になる。電源、映像ケーブル、配置、机の裏。一本ずつ処理していると人生がHDMIになる。まとめて処理してもらい、作業時間以上に、生活開始を止めていたボトルネックが消えた。
しかも作業中はずっと雑談していて楽しかった。年齢感も近く、最終的には今度遊ぶ話までつながった。会計上は3,000円の作業代なのに、納品物が「PC設置」「キッチン整備」「配線整理」「知り合い一名追加」。最後の項目は発注書にない。
その人は本職でエンジニア系の仕事をしつつ、将来は自分で仕事を取りたいという。自作PC、引っ越し系の仕事、人が集まる活動、アウトドア系の指導、学生時代の住居取得・改修まで経験しているらしい。一個ずつなら普通でも、全部同じ人に載せるとスキルツリーがおかしい。
重要なのは経歴より、目の前で実際に手が動いていたことだった。PCが分かる。配線が分かる。物を動かせる。設置できる。初対面でも会話が続く。「いつか自分で仕事をしたい」と言うだけでなく、小さく仕事を取り、現場へ来て、問題を解いている。言葉より実行が先に見えた。
自分の場合、GitHubやCloudflareのようなソフトウェア側はAIに聞きながら進められる。しかしAIは机の裏のケーブルを拾わない。モニターアームを締めない。電子レンジを持ち上げない。未来は高度になったのに、最後は配線で止まる。今後は物を増やすより、「物理レイヤーを人に頼む」ことへお金を使いたい。
この感覚を強めたのが大量処分だった。引っ越し後だけでも箱数個ぶんと、大型ゴミ袋が二桁近くなるほど捨てた。買った記憶すら薄い物もあった。購入→保管→忘却→運搬→廃棄。所有物が、購入費・収納・運搬・廃棄コストを払い続ける謎のサブスクになっていた。
まだ使えるカーテン、調理器具、自転車用品、空気入れなどは、手伝ってくれた人が欲しいなら渡した。フリマで売れば多少は回収できても、撮影、説明、質問、梱包、送料という「めんどくさ税」がある。目の前で「使います」「ありがとう」と言ってもらえるなら、直接次の利用者へ渡すのもかなり気持ちいい。
結果、引っ越しの主要作業は体感ほぼ2日でかなり終わった。速かった理由は気合いではない。不要品を捨て、売却額の最大化に執着せず、使える物は直接流し、自分でやると止まりそうな物理作業を人に任せた。「全部自分でやる」をやめたら速くなった。
3,000円で買ったのは4時間半ではない。生活開始までの短縮、未完了タスクの削減、物理作業を抱えない自由、そして偶然の人間関係だった。AIで終わる問題はAIへ。人の手が必要な問題は人へ。3枚のモニターの裏でケーブルが繁殖したら、思想ではなく人を呼ぶ。
