導入:「自己主張しない」でも「相手を支配する」でもない
人間関係でよくある混乱がある。
それは、
相手に嫌なところを伝えるのは、相手をコントロールしようとしていることなのか?
という問題。
たしかに、他人を自分の思いどおりに変えようとするのは、境界線を越えている。
相手にも自由がある。
相手にも価値観がある。
相手にも断る権利がある。
でも、だからといって、
どうせ言っても無理
自分が我慢すればいい
相手に何か言う権利はない
嫌なことがあっても黙るしかない
となるのも違う。
大事なのは、相手を支配することではなく、自分の境界線を伝えることである。
つまり、
主張はする。
でも、相手をコントロールしようとはしない。
そして、主張してもなお境界線を踏んでくる相手からは距離を取る。
これが本質だと思う。
この記事では、これを アサーティブ二段階モデル として整理する。
アサーティブとは何か?
アサーティブとは、自分の気持ち・必要・意見を、相手への尊重を保ちながら、明確に伝えるコミュニケーションである。
心理学系の説明でも、アサーティブネスは「自分の感情や必要を直接表現しつつ、他者への尊重を保つ適応的なコミュニケーションスタイル」とされる。
また、一般向けの保健情報でも、アサーティブコミュニケーションは、攻撃的でも受け身でもなく、自分の意見を明確かつ直接的に伝える方法として説明されている。
ここで重要なのは、アサーティブは「強く言うこと」ではないという点。
アサーティブは、
- 黙って我慢することではない
- 相手を責め立てることでもない
- 相手を変えようと支配することでもない
- 自分の必要を消すことでもない
自分の立場を明確にすること。
たとえば、
私はこう感じました。
私にはこれは負担です。
次からはこうしてもらえると助かります。
それが難しいなら、この距離感にしたいです。
このように伝える。
これは相手への命令ではない。
自分が関係を続けるための条件提示である。
コントロールと境界線の違い
ここはかなり混同されやすい。
コントロールとは
コントロールは、相手を自分の望む形に変えようとすること。
たとえば、
お前は絶対にこうしろ。
私が嫌だから全部やめろ。
私の言う通りにしないならおかしい。
あなたの価値観は間違っている。
私の不快感を消すために、あなたが全部変われ。
これは、相手の自由を奪う方向に向かっている。
境界線とは
境界線は、自分がどこまで受け入れられるかを伝えること。
たとえば、
その言い方をされると私はしんどいです。
怒鳴られるなら会話は続けられません。
予定を勝手に決められるのは困ります。
それが続くなら、私は距離を取ります。
私はこの扱いのまま関係を続けることはできません。
これは、相手を支配しているのではない。
自分の生活・心身・時間・尊厳を守るラインを示している。
相手には、こちらの要求を受け入れない自由がある。
同時に、こちらにも、その条件では関係を続けない自由がある。
ここが大事。
アサーティブ二段階モデル
話し合いには、二段階ある。
第1段階:アサーティブに伝える
まずは、自分の感じたこと、困っていること、必要なことを伝える。
ここでいきなり距離を取る必要はない。
相手が悪意なく気づいていないだけのこともある。
たとえば、
私は、作業中に急に話しかけられると集中が切れてしんどいです。
話したくないわけではありません。
ただ、皿洗いや作業中は聞こえないこともあるので、後で話すか、近くに来て話してほしいです。
あるいは、
私は、予定を勝手に入れられるのが苦手です。
参加できるかどうかは、自分で判断したいです。
次からは事前に確認してほしいです。
あるいは、
私は、怒鳴られながら話し合うことはできません。
話すなら、落ち着いて話したいです。
怒鳴る状態が続くなら、いったん会話を止めます。
これが第1段階。
ここでは、まだ相手を「話が通じない人」と決めつけない。
まずは境界線を見せる。
第2段階:相手の反応を見る
大事なのはここ。
話し合いの本質は、こちらが上手に説明することだけではない。
相手が境界線をどう扱うかを見ることでもある。
境界線を出した時、相手がこう返すなら、話し合いは成立する可能性がある。
そうなんだね。
気づいてなかった。
次から気をつける。
それは全部は無理だけど、ここなら変えられる。
お互いこうしよう。
自分はこう感じていた。
これは交渉である。
一方で、相手がこう返すなら危ない。
それはお前の受け取り方。
そんなことで怒るな。
普通はそんなこと気にしない。
俺/私は悪くない。
お前が変われ。
それくらい我慢しろ。
そんなこと言うお前が悪い。
話をねじ曲げて責め返す。
境界線を出したこと自体を攻撃する。
これは話し合いではない。
境界線突破テストである。
ここでさらに説明を増やすと、消耗する。
話し合いが成立する条件
話し合いが成立するには、最低限の条件がある。
1. お互いに要求する自由がある
相手に「こうしてほしい」と言うこと自体は悪ではない。
人間関係は、完全に独立した個人が隣り合っているだけではない。
恋人、夫婦、家族、友人、職場では、互いの行動が影響し合う。
だから、要求は出していい。
たとえば、
もう少し早めに連絡してほしい。
怒鳴らずに話してほしい。
勝手に予定を入れないでほしい。
作業中は後にしてほしい。
スキンシップを雑に拒絶しないでほしい。
これはコントロールではない。
関係を続けるための提案である。
2. 受け入れない自由もある
ただし、相手にも断る自由がある。
たとえば、こちらが「毎日連絡してほしい」と言っても、相手が「それは難しい」と言うことはある。
こちらが「もっとスキンシップしたい」と言っても、相手が「頻度はそこまで増やせない」と言うことはある。
その時、相手を責めて従わせるなら、それはコントロールに近づく。
しかし、こちらにも選ぶ自由がある。
その条件なら、自分には合わない。
その距離感なら、恋人関係は難しい。
その働き方なら、同じチームでは厳しい。
その扱いが続くなら、距離を取る。
これは支配ではない。
選択である。
3. 境界線を出しても攻撃されない
話し合いが成立する相手は、こちらが境界線を出した時に、いきなり攻撃してこない。
もちろん、相手も驚いたり、反論したり、困ったりはする。
でも、最低限、
何を言っているのか聞こうとする
自分の意見も出す
相手のNOを完全には否定しない
事実と感情を分けようとする
解決案や落としどころを探す
という姿勢がある。
これがない相手とは、話し合いは成立しにくい。
「どうせ無理」で黙る問題
一方で、最初から何も言わないのも危ない。
言っても無理
相手を変える権利はない
嫌なら自分が離れればいい
自分のキャパが狭いだけ
自分が我慢すれば丸く収まる
こう考え続けると、境界線が消える。
特に、回避傾向がある人や、過去に話し合いで傷ついた人は、「相手に要求すること」自体を悪いことのように感じやすい。
しかし、要求することと、相手を支配することは違う。
主張しないまま我慢し続けると、次のようなことが起きる。
- 相手は問題に気づかない
- 自分だけが不満をためる
- ある日突然限界が来る
- 相手からすると急に離れられたように見える
- 関係の修正チャンスが消える
だから、関係を続けたいなら、最初から諦めるのではなく、一度は伝える方がいい。
ただし、伝えた後に相手がどう反応するかを見る。
ここが二段階モデル。
「話し合い万能論」も危ない
逆に、話し合えば何でも解決できるという考えも危ない。
話し合いは、相手に話を聞く意思がある時にだけ成立する。
相手が、
- こちらの言葉をねじ曲げる
- 自分の都合のいい部分だけ拾う
- 境界線を出したことを責める
- 罪悪感でコントロールする
- 怒鳴る
- 無視する
- 論点をずらす
- 被害者ポジションを取る
- こちらのNOをなかったことにする
なら、話し合いではない。
それは、相手の支配構造にこちらが参加させられているだけである。
この状態で説明を増やしても、解決しないことが多い。
なぜなら、相手が理解できていないのではなく、理解する気がない場合があるから。
通じない猿に説明書を増刷しても、紙を食うだけ。
使えるテンプレート
軽めの境界線
私はそれをされると少ししんどいです。
次からは、先に一言確認してもらえると助かります。
予定を勝手に入れられた時
私の予定は私が決めたいです。
参加するかどうかは、事前に確認してからにしてください。
勝手に入れられた予定には参加できないことがあります。
作業中に話しかけられる時
話したくないわけではありません。
ただ、作業中は集中が切れるので、後で話すか、近くに来て話してほしいです。
怒鳴られる時
怒鳴られている状態では話せません。
落ち着いて話せるなら続けます。
怒鳴る状態が続くなら、いったん離れます。
ねじ曲げられる時
私が言っているのは、あなたを責めたいという話ではありません。
私はこの扱いが続くと関係を続けるのが難しい、と伝えています。
最終ライン
私はこの扱いを続けられません。
変える気がないなら、こちらは距離を取ります。
距離を取るべきサイン
アサーティブに伝えた後、次の反応が続くなら距離を取るサイン。
- 何度伝えても同じことを繰り返す
- こちらの言葉を毎回ねじ曲げる
- 境界線を出すと不機嫌になる
- こちらのNOを尊重しない
- 「お前が悪い」に戻す
- こちらをコントロールしようとする
- 罪悪感で動かそうとする
- 怒鳴る、威圧する、無視する
- 謝るが行動は変わらない
- 話し合いのたびにこちらだけ疲れる
この場合は、説明不足ではない。
相手が境界線を尊重する気がない可能性を見る。
ここでさらに頑張りすぎると、自分の認知負債を相手のために払い続けることになる。
無限下境界線:見えているが、勝手には入れない
境界線は、壁ではない。
全拒絶でもない。
完全遮断でもない。
相手を敵認定することでもない。
理想は、無限下境界線である。
相手の存在は見えている。
感情も認識する。
事情も理解はする。
でも、自分の内側、時間、財布、生活、神経、尊厳には勝手に入れない。
入るには審査がある。
相手がこちらの境界線を尊重できるなら、距離を縮める。
相手が境界線を踏むなら、距離を取る。
これでいい。
結論:主張はする。でも、通じない相手に話し合いを続けない
自己主張がないことは、美徳ではない。
嫌なことがあるなら、言っていい。
困っているなら、伝えていい。
こうしてほしいと要求していい。
それはコントロールではない。
ただし、相手にも断る自由がある。
そして、こちらにも距離を取る自由がある。
大事なのは、二段階で見ること。
- まずアサーティブに伝える
- 相手が境界線を尊重するかを見る
尊重するなら、話し合い。
ねじ曲げるなら、支配。
責め返すなら、境界線突破テスト。
何度も踏むなら、距離。
話し合いが無理な相手に、話し合いを続ける必要はない。
主張はする。
でも、説明を無限に増やさない。
通じる相手には言葉を使う。
通じない相手には距離を使う。
これが、アサーティブ二段階モデルである。
