「インフラ企業は安定している」。就職先としてはかなり魅力的な言葉だ。景気が悪くても電気は使う。巨大設備が一夜で消えるわけでもない。地域を支える仕事で、大企業としての待遇やブランドもある。
ところが中部電力グループの近年の公表資料を年ごとに並べると、2023年は独占禁止法違反と顧客情報の不適切な取り扱い、2024年は水力発電所の認定関係書類の偽造、2025年は設備保守の行政手続き不備と浜岡原発工事の長期未精算・報告不備、2026年は浜岡原発の地震動評価を巡る不適切事案と電気料金の原価算定誤りが出てくる。
「また何か出たのか」と感じる頻度である。
ただし、ここで「社員の意識が低い」「最近の若者は」「もっと注意しろ」で終わると、企業分析として急に浅くなる。面白いのは、なぜ種類の違う問題が、別々の部門から繰り返し出るのかだ。
公表資料を追うと、かなり強い仮説が立つ。
仕事が複雑になった速度に、管理の仕組みが追いついていない。
電気は安定供給したい。しかし、その電気を安定させる人間側の仕事は、ぜんぜん一定負荷ではない。
1. 「毎年不正」は半分当たり、半分雑――重さの違う事案を混ぜない
2023年3月、公正取引委員会は中部電力、中部電力ミライズなどに対し、電力小売を巡る独占禁止法違反について排除措置命令・課徴金納付命令を出した。 同年には、本来閲覧・利用してはならない他の小売電気事業者などの顧客情報を、中部電力ミライズ側で閲覧・利用していた問題も公表された。
2024年には、和田水力発電所で、固定価格買取制度の認定に必要な土地貸付契約書を従業員が偽造していたことが判明した。
2025年には、中部電力パワーグリッドが、カラスの巣撤去に伴う雛・卵の捕獲で、無許可実施、許可数量超過、実績と異なる報告があったと公表した。 さらに浜岡原発の安全性向上対策工事では、一部取引先との未精算が長期化し、原子力部門の役員が取締役会などへ長期間報告していなかった事案が公表された。
2026年1月には、浜岡原発の新規制基準審査で、地震動評価の代表波選定が説明と異なる方法や意図的な方法で行われていた疑いがあるとして、不適切事案が公表された。 9月11日には外部専門家による調査報告書を会社が受領したが、9月14日時点では個人情報などを非開示処理した公開版は後日公表予定とされている。
さらに9月10日、中部電力と中部電力ミライズは、2024年4月から適用した料金の原価算定で27億円を過大計上していたと公表した。対象契約では家庭の平均モデルで月10円高く、返還規模は総額約12億円と見込まれている。
ここまで並ぶと「毎年なんかある」はかなり現実に近い。ただし、カルテル、文書偽造、行政手続き、調達管理、原子力規制審査、計算誤りを同じ悪質度で扱ってはいけない。
連続性はある。中身は違う。
2. 一番強い証拠は、会社自身が「管理体制不足」を書いていること
この分析で最も重要なのは匿名口コミではない。中部電力自身の2026年3月31日の浜岡原発・調達手続き問題に関する報告である。
会社は原因として、調達部門の牽制機能不足、原子力部門の予算管理不足、大型・重要プロジェクトの管理体制不備、取引先とのコミュニケーション不足などを挙げた。
大型案件では、新規制基準への審査、設計、工事が同時進行し、仕様変更が起きやすい環境だった。それなのに、工程・予算・調達手続きを組織的にまとめて管理する体制が十分ではなかった。現場には工程を守る強い圧力がある一方、問題を組織で共有して解く仕組みも弱かった、と整理している。
再発防止策として会社が出した答えは、工程・予算・調達の進捗を横断管理する専門機能の設置だった。
かなり雑に訳すと、
「巨大案件なのに、巨大案件を巨大案件として管理する仕組みが足りなかったので、今から強化します」
である。
ルールが無かったわけではない。むしろルールはあった。問題は、形式的な審査だけでは仕様変更や例外処理を拾えず、予算・工程・契約変更が別々に流れてしまうことだ。
承認印が増えるほど安全になるとは限らない。
承認者が全員忙しくて、誰も全体を見ていなければ、ハンコは増えても視野は増えない。
3. 料金計算ミスでも「人員の質と量」が再発防止策になった
2026年9月の料金原価算定誤りでも、会社は算定者・審査者の制度理解や知識・経験が十分でなかったこと、審査機能が十分に発揮されなかったことを原因として挙げている。
そして再発防止策には、業務に詳しい要員の応援などで、人員の質だけでなく量も担保することが明記された。
ここが重要だ。「注意します」ではなく、会社自身が要員配置と審査体制に手を入れると言っている。
大規模な料金計算を扱うなら、何人で確認するか、制度を理解する人がどこにいるか、例外を誰へ上げるか、独立した審査が機能するかまでが仕事である。
人の脳を最後の防波堤にする設計は、脳が疲れた瞬間に海になる。
4. 経理・人事も「昔のままでは回らない」と会社が認めている
「大変なのは山の現場だけで、本社は冷房の効いた部屋で表計算」という話でもない。
中部電力は2025年に、グループ会社の経理・人事・デジタル化・会社設立などを支える事業基盤支援部を新設した。
採用向けの公式記事では、一部グループ会社で経理・人事業務の属人化が進み、知識の蓄積・共有が十分でないこと、人員の高齢化と世代交代の遅れなどを課題として挙げている。 さらに会社自身が、経理・人事業務を集約するシェアードサービスでは後発だと説明している。
事業を増やすと、売上だけが増えるわけではない。経理、人事、法務、契約、システム、監査、説明資料も増える。
新規事業「成長を持ってきました!」
管理部門「ありがとう。で、増えた十二本の業務フローはどこへ置く?」
新しい事業は、見えない事務仕事も連れてくる。
5. 「平均残業30時間前後」でも、分布の山は消えない
匿名口コミサイト「転職会議」の投稿集計では、中部電力の残業は月約29.5時間、中部電力パワーグリッドは約29.1時間と表示されている。 これは会社の公式勤怠統計ではなく、投稿者の偏りもあるので、正確な全社平均としては使えない。
ただ、部署差を考える補助材料にはなる。2025年頃の設計職投稿には「一部部署では管理職の月100時間超が標準的」という記述がある一方、別のパワーグリッド事務職投稿では「管理職は早く帰り、若手が遅い」という逆の観察もある。
つまり「管理職は全員100時間」ではない。
むしろ、会社平均が同じでも、部署・案件・役割によって負荷の振れ幅が相当大きい可能性があるということだ。
平均30時間は、山が低いことを意味しない。山と谷を平均して海抜30メートルにしただけかもしれない。
6. 山道の鉄塔は本当にある。でも「やばい仕事」は一種類ではない
中部電力パワーグリッドは、山間部の送電設備を巡視する仕事として、急な斜面を草木をかき分けて進む現場を公式に紹介している。
送電工事には、調査・測量、基礎、鉄塔組立、架線、保守点検、伐採など専門の仕事がある。ドローンを使い、鉄塔に登らず点検する省力化も進んでいる。
配電では災害が起きれば昼夜を問わず復旧へ向かうことがある。系統運用では24時間365日、電力の流れを監視・制御する。
しんどさの種類が違う。
- 山岳・高所作業は身体がきつい。
- 災害復旧は突発性がきつい。
- 交替勤務は生活リズムがきつい。
- 系統運用は判断責任がきつい。
- 工事管理は工程・安全・予算・業者調整がきつい。
- 本社管理は例外案件と説明責任が集中しやすい。
「どこが一番ブラック?」だけでは足りない。
ダメージ属性が違う。
7. 「資格が要るなら人手不足やばそう」は方向として正しい。ただし資格だけではない
送電・配電の全作業が法律上「電気工事士資格が無いと一切できない」わけではない。一方、実務では高圧・特別高圧設備、感電、高所、重機、災害復旧などを扱う。必要なのは資格証一枚だけではなく、安全教育、技能、現場経験、設備知識、チーム連携である。
だから採用した翌日に熟練者へ変身することはできない。
中部電力パワーグリッドは2026年1月、人口減少・高齢化、インフラ老朽化、再生可能エネルギー拡大を背景に、電気工事人材の確保が急務だとして、インドで電気工事士を育成する試行を始めた。
さらに2026年の託送料金関連資料でも、安定供給には必要投資だけでなく、施工力とサプライチェーンを維持することが不可欠だと説明している。
人は今月採用できる。十年分の現場経験は金曜までにインストールできない。
台風も採用計画を読んでから来てくれない。
8. 外注はすでにしている。それでもボトルネックは消えない
中部電力パワーグリッドの公式サイトには、送電工事の所属・協力会社として、調査・測量、基礎、鉄塔組立、架線、保守点検、施工管理など多数の会社が掲載されている。
つまり現場はすでに、大きな専門会社ネットワークの上で動いている。
しかし外注すると仕事が消えるわけではない。仕事の形が変わる。
現場作業 → 仕様書 → 見積 → 発注 → 工程調整 → 停電調整 → 安全管理 → 変更契約 → 検査 → 精算
となる。
外注先も人手不足なら日程調整は難しくなる。外注案件が増えれば、発注側の調達・施工管理・管理職の仕事も増える。
外注とは「仕事を異次元へワープさせる魔法」ではない。
自社の肉体負荷を、契約と調整の負荷へ変換する仕組みに近い。
うまく設計すれば強い。雑に増やせば、新しいボトルネックが育つ。
9. 「インフラ企業は人気」なのに「インフラ現場は人手不足」は矛盾しない
マイナビ・日経の2027年卒の業種別人気ランキングでは、電力・ガス・エネルギー部門で中部電力が1位、2026年卒では2位だった。
一方、厚生労働省の2025年版「労働経済の分析」では、2024年平均の有効求人倍率は全職業1.14倍に対し、輸送・機械運転2.18倍、建設・採掘5.12倍。社会インフラ関連職で人手不足が顕在化している。
会社人気と職業人気は別物なので、これは普通に両立する。
「中部電力に入りたい」と、「真夏の山、高所、夜間復旧、交替勤務を長くやりたい」は、同じ質問ではない。
中部電力3社の2026年度定期採用計画495人のうち、事務105人に対して技術390人だった。キャリア採用を含めた計画は715人である。
企業ブランドとして人気でも、必要な技能を持つ人、現場を担う協力会社、特定の技術職が十分とは限らない。
会社が人気でも、泥は人気にならない。
泥にはブランドロゴが付いていても泥である。
10. 「最近の若者は」で終わる分析が弱い理由
人が足りない。ミスが出る。手続きが遅れる。
ここで「最近の若者は根性がない」「担当者の意識が低い」と言えば、会議は早く終わる。原因も一人分で済む。そして、また起きる。
英国の安全衛生当局は、人の行動やミスを見るとき、個人だけでなく、仕事量、時間圧、人員、手順、設備、組織、コミュニケーションなどの条件を見るべきだとしている。過大な仕事量は処理速度低下や失敗を増やし得る。
また、現場の人へ「もっと注意しろ」と求めるだけでは、事故の背後にある管理・組織上の条件を見逃すと警告している。
これは「誰も責任を取らなくていい」という話ではない。故意の違反、怠慢、能力不足は当然存在する。
しかし、人を交換しても同じ場所で同じ問題が起きるなら、人より先に場所の設計を見る。
- 一人が何件を抱えるのか。
- 例外案件と通常案件は分かれているか。
- 異常を上げると損をする文化になっていないか。
- 工程優先と安全・正確性の優先順位は明確か。
- 繁忙時に何を止めるか決まっているか。
- 管理職は何人・何案件をレビューしているか。
- 外注した後の発注管理に人員を付けているか。
ここまで見て初めて、「本人の問題」がどれだけ残るかを判断できる。
11. 企業分析は「仕事の流れ」を追うと急に面白くなる
この分析方法は電力会社に限らない。
不祥事ニュースを見たら、まず犯人探しをするのではなく、仕事の流れを描く。
需要 → 現場 → 協力会社 → 発注 → 管理 → 承認 → 経営報告
次に、どこで量と複雑性が増えているかを見る。その次に、そこへ人・権限・情報・時間が同じ速度で増えているかを見る。そして最後に、会社の再発防止策を見る。
もし再発防止策が「研修します」「意識を高めます」「ダブルチェックします」だけなら、まだ人間の集中力へ安全を借りている可能性がある。
一方で、工程を減らす、例外処理を分離する、権限を整理する、専門人員を増やす、情報を一元化する、自動化する、管理範囲を縮める、異常を上げやすくする――ここまで入れば、業務設計へ踏み込んでいる。
会社を見るとき、「社員は優秀ですか?」より、
「その優秀な人を何件同時に走らせていますか?」
の方が、ずっと情報量が多い。
12. 結論――安定企業と穏やかな仕事は同義ではない
中部電力グループの公開情報から見えるのは、単純な「ブラック企業」像でも、「一部の悪い社員」像でもない。
巨大で重要なインフラを止めないために、現場は特殊技能と突発対応を抱える。現場を外注すれば、発注・工程・安全・契約・精算という管理仕事が増える。事業を拡大すれば、経理・人事・法務・システムまで増える。
その途中で管理体制が追いつかないと、形式的なチェックが増えても、実質的なチェックが弱くなる。
そして会社自身の調査や再発防止策からも、管理体制、予算管理、調達の牽制、人員の質と量、横断管理が課題として何度も顔を出している。
だから、一行で圧縮するならこうなる。
インフラ企業の強さは「人がミスしないこと」ではなく、「人が忙しくても壊れにくい仕事の流れを作れること」にある。
安定供給は根性論では作れない。
電線だけでなく、業務フローにも耐荷重が必要である。

