異動は救急搬送であって、火元処理ではない
作成日:2026-07-09
テーマ:離職、上司問題、管理職燃焼、部署別離職、ハラスメント防止、組織改善
はじめに
会社の問題は、必ずしも「トップが悪い」から起きるわけではない。
社長や役員が人として感じが良い。
廊下ですれ違えば声をかける。
社員の様子に気づく。
軽い冗談で場をゆるめる。
部下や若手を萎縮させずに接する。
そういう会社でも、特定部署では人が辞め続けることがある。
この事実は重要である。
「トップが良い会社」だからといって、現場の運用が健全とは限らない。
「会社全体が悪いわけではない」からといって、特定部署の火元を見逃してよいわけでもない。
問題は、トップの人格ではなく、現場の異常が正しく検知され、原因側に手が入る仕組みがあるかである。
特定部署で離職が続く。
小規模チームで2年以内に部下3人が全員離職する。
管理職も燃えている。
社員が異動を希望する。
会社は個別に異動を提案する。
しかし、問題上司や部署運用そのものには手が入らない。
この状態を放置すると、会社は同じ損失を繰り返す。
異動は救急搬送である。
しかし、救急搬送だけでは火元は消えない。
1. 「トップが良い」と「現場が健全」は別問題
経営トップが柔らかく、社員に気さくに接する会社はある。
たとえば、廊下ですれ違った社員に「最近よく会うね」と声をかける。
採血や献血の跡に気づいて「大丈夫か」と体調を聞く。
自分の持病や不調も軽く冗談にして、相手が萎縮しない空気を作る。
社員の返しを拾って笑う。
これは、上位者としてかなり良い振る舞いである。
上の立場にいる人が、あえて圧を抜く。
自分を少し下げて場をゆるめる。
相手を緊張させず、普通の会話として接する。
こういうトップがいる会社は、「全部が悪い会社」とは違う。
人情もある。個別に見てくれる人もいる。異動などの救済ルートが動くこともある。
しかし、それでも現場の火元は残り得る。
なぜなら、社員の日々の労働体験を決めるのは、社長との数分の雑談だけではないからだ。
毎日接する直属上司。
レビューの言い方。
口頭指示の曖昧さ。
後出しの多さ。
評価基準の不透明さ。
責任境界の曖昧さ。
管理職の燃え方。
部署内の心理的安全性。
社員の離職を左右するのは、むしろこの日常である。
だから会社は、「トップは良い人だから大丈夫」と考えてはいけない。
トップの人柄が良くても、特定部署に離職が偏るなら、そこには別の火元がある。
2. 上司問題を「世代」で片付けてはいけない
上司問題が起きると、会社は時々それを世代論で処理しようとする。
「昔ながらの人だから」
「昭和的な厳しさがある」
「年齢的にそういう価値観なのかもしれない」
しかし、同じ世代でも、権力の使い方はまったく違う。
ある上位者は、立場が上でも相手を下げずに場をゆるめる。
別の上司は、限定的な権限を使って相手を下に置き、自分を安定させる。
この差は年齢では説明できない。
問題は、世代ではなく、権限をどう使うかである。
権限を、人を動かすために使う人がいる。
権限を、人を萎縮させて自分を大きく見せるために使う人もいる。
本当に強い上位者は、必要以上に部下を潰さない。
自分の立場が上だと分かっているから、むしろ圧を抜ける。
一方で、不安定な上司ほど、部下を下に置くことで自分の上位性を確認しようとする。
だから会社は、上司問題を「年齢」や「昔ながらの厳しさ」で免責してはいけない。
同じ年齢でも、相手を萎縮させずに関係を作れる人はいる。
問題は世代ではなく、管理OSである。
3. 特定部署で人が辞めるなら、個人都合で処理してはいけない
会社で人が辞めること自体は珍しくない。
転職。
家庭事情。
キャリアチェンジ。
体調。
給与。
勤務地。
ライフステージ。
退職理由はいくらでもある。
しかし、会社が本当に見るべきなのは、退職理由の文章だけではない。
見るべきは、退職がどこに偏っているかである。
特定部署だけ辞める。
特定上司の下だけ定着しない。
若手や中途だけ早期に抜ける。
異動希望や休職も同じ部署に偏る。
小規模チームで、2年以内に部下3人が全員離職する。
この状態を「本人都合」で処理するのは危険である。
退職理由は丸められる。
しかし、離職の偏りは丸められない。
退職面談では、本音が出ないことも多い。
「一身上の都合」
「家庭の事情」
「キャリアアップ」
「別の環境で挑戦したい」
こうした表現は、本人にも会社にも角が立ちにくい。
しかし、同じ部署で何人も辞めているなら、会社は退職理由の文面ではなく、分布を見る必要がある。
会社全体の離職率が普通でも、特定部署だけ高いなら意味がある。
平均値では見えない火元が、部署別に見ると浮かび上がる。
4. 小規模チームの「2年で3人離職」は、統計ではなく現場の悲鳴
大規模部署で100人中3人が辞めたなら、離職率は3%である。
しかし、小規模チームで3人中3人が辞めたなら、離職率は100%である。
同じ「3人」でも、組織にとっての意味はまったく違う。
小規模部署では母数が少ない。
そのため、数字だけで「絶対に上司が悪い」と断定するのは早い。
しかし、2年で部下3人が全員離職したなら、それは少なくとも調査すべき組織シグナルである。
会社が見るべきなのは、
3人とも本人都合だったのか?
ではない。
見るべきは、
なぜ、この部署では3人とも残らなかったのか?
である。
確認すべき仮説は多い。
- 上司の指示やレビューがきつい
- 口頭指示や後出しが多い
- 業務量が現実的でない
- 教育設計がない
- 役割範囲が曖昧
- 成果基準が主観的
- 他部署調整が重すぎる
- 管理職自身が燃えている
- 相談しても変わらない空気がある
- 部署文化として心理的安全性が低い
3人という人数だけを見れば小さい。
しかし、3人しかいないチームで3人全員が辞めたなら、会社は「小さい数字だから無視」ではなく、「小さい単位で全滅している」と見るべきである。
5. 異動は救急搬送であって、火元処理ではない
上司問題や部署不適応が起きた時、異動は有効な手段である。
社員が潰れる前に配置を変える。
問題上司との接触を減らす。
本人の強みが活きる部署へ移す。
これは会社にとっても本人にとっても合理的である。
だから、異動提案がある会社は、完全放置の会社とは違う。
少なくとも、個別救済の意思はある。
しかし、異動だけで終わると問題が残る。
Aさんが上司の下で燃える
↓
Aさんを異動させる
↓
Aさんは助かる
↓
でも問題上司・問題部署は残る
↓
次にBさんが燃える
↓
また異動・退職・沈黙で処理される
異動は救急搬送である。
しかし、救急搬送だけでは火元は消えない。
会社が本当にやるべきなのは、異動後に次の問いを立てることだ。
- なぜその社員は異動が必要になったのか
- 同じ上司の下で、他にも離職・異動希望・休職が出ていないか
- 指示やレビューの仕方に問題はないか
- 業務量は現実的か
- 責任範囲は明確か
- 管理職自身も燃えていないか
- 相談しても変わらない空気がないか
異動で一人を逃がせても、火元を見なければ、次の人が燃える。
6. 管理職が燃えている会社では、部下も燃える
管理職が複数燃えているなら、個々の管理職の能力不足だけを疑うのは危険である。
管理職は、上・横・下の間で圧力を受けるポジションである。
上:方針・権限・優先順位を渡す人
横:協力・調整・責任分界を守る人
下:実務・育成・安定稼働する人
この3つのどれかが壊れると、管理職は燃える。
特に上が決めない会社では、管理職が現場の不満を吸う。
上が決めない
↓
管理職が現場に翻訳する
↓
横が協力しない
↓
下から不満が来る
↓
管理職が全部吸う
↓
上から「管理できていない」と言われる
これはマネジメントではない。
会社の構造不良を、管理職が人力で燃やしているだけである。
管理職が燃えている部署では、部下も安心して働きにくい。
上司自身が追い詰められていれば、指示は荒くなり、レビューは後出しになり、部下の相談を受け止める余裕も消えていく。
だから会社は、部下の離職だけでなく、管理職の燃え方も同時に見る必要がある。
- 管理職に人員調整権があるか
- 業務を減らす権限があるか
- 優先順位を切る権限があるか
- 上位者が判断を引き取っているか
- 他部署に協力を求める仕組みがあるか
- 管理職が実務を持ちすぎていないか
- 管理職自身の相談先があるか
管理職が燃える会社では、部下も燃える。
部下が燃える会社では、見える人から抜ける。
7. 上司問題は「相性」ではなく、会社のリスク情報である
会社は、上司問題を「相性」で処理しがちである。
「厳しいけど悪い人ではない」
「本人の受け取り方ではないか」
「どこの部署にも合う合わないはある」
「もう少し様子を見よう」
もちろん、すべての不満がハラスメントではない。
業務上必要な指導が厳しく聞こえることもある。
部下側の期待値が高すぎる場合もある。
しかし、特定部署で離職が続き、同じ上司の下で人が残らず、部下3人が2年で全員離職しているなら、会社は「相性」で止めてはいけない。
それは、上司問題であると同時に、職場環境リスクである。
Gallupは、チームのエンゲージメント差の少なくとも70%はマネジメントに関係すると説明している。つまり、上司や管理職の運用は、部下の働きやすさ・納得感・定着に大きく関わる。
またGallupは、直近1年で自発退職した人の42%が「マネジャーまたは組織が何かしていれば退職を防げた」と答えたと報告している。
会社は「辞めた後」に理由を聞くだけでなく、辞める前の信号を拾う必要がある。
8. ハラスメント対策は、ポスターや研修だけでは終わらない
厚生労働省の「あかるい職場応援団」では、職場のパワーハラスメントの代表的な類型として、身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害の6類型を示している。
また、パワーハラスメントに該当するか微妙なものも含め、広く相談に対応するなど適切な対応を求めている。
事業主が講ずべき措置としては、相談窓口の設置、相談への適切な対応、事実関係の迅速かつ正確な確認、被害者への配慮、行為者への適正な措置、再発防止、不利益取扱いの禁止などが挙げられている。
つまり、会社がやるべきことは「研修しました」「相談窓口があります」で終わらない。
実際に相談や異動希望が出た時に、
- 記録する
- 事実確認する
- 相談者を守る
- 必要なら接触を減らす
- 評価者を切り替える
- 問題上司にフィードバックする
- 再発防止する
- その後もモニタリングする
ここまでやって初めて、制度が機能していると言える。
9. 会社が見るべきデータ
会社が本気で見るべきなのは、個人の退職理由だけではない。
部署別・上司別に、次のデータを見るべきである。
- 離職率
- 離職人数
- 休職者数
- 異動希望数
- 相談件数
- 残業時間
- 有給取得率
- 退職前の面談履歴
- 退職者の勤続年数
- 新卒・中途・若手・ベテラン別の偏り
- 管理職の残業時間
- 管理職の会議量
- 部下アンケート
- 1on1実施状況
特に重要なのは、平均ではなく偏りである。
会社全体の離職率が普通でも、特定部署だけ高いなら意味がある。
会社全体では問題が見えなくても、部署単位で見ると火元が見えることがある。
「退職理由」だけではなく、「退職の偏り」を見る。
これが会社側の基本である。
10. 会社がやってはいけない対応
会社がやってはいけないのは、次のような対応である。
- 「本人都合」で処理する
- 「相性」で処理する
- 「上司も忙しい」で流す
- 「本人の受け取り方」で終わらせる
- 「一回本人同士で話して」で戻す
- 異動だけで終わらせる
- 問題上司を成果で免責する
- 管理職の燃え方を根性論で処理する
- 退職者が出ても分布を見ない
- 同じ部署で続く離職を偶然扱いする
特に危険なのは、「上司と本人で話し合って」と戻すことだ。
力関係があるから問題になっているのに、その力関係の中に本人を戻すと、さらに黙る可能性がある。
会社に必要なのは、当事者任せではなく、第三者性のある事実整理と一時保護である。
11. 会社が本当にやるべき対策
会社視点で本気で対策するなら、やるべきことはシンプルである。
まず、相談や異動希望をリスク情報として扱う。
社員の愚痴ではなく、職場環境のセンサーとして見る。
次に、事実確認と一時保護を分ける。
事実認定は慎重に行うとしても、調査中に同じ上司の下で働かせ続けるなら、再被害や報復のリスクが残る。
必要なら、
- 接触制限
- 指示の文面化
- 評価者変更
- 1on1への第三者同席
- 業務量調整
- 異動
- メンタルケア
- 行為者へのフィードバック
を行うべきである。
そして、異動後に火元調査をする。
- なぜ異動が必要になったのか
- 同じ部署で再発していないか
- 同じ上司の下で離職が続いていないか
- 管理職の業務量は適正か
- 指示・レビュー・評価は文面化されているか
- 権限と責任は釣り合っているか
ここまで見なければ、会社は同じ損失を繰り返す。
12. 結論
トップが良い会社でも、特定部署で人は辞め続ける。
経営層が気さくで、人として感じが良く、個別救済として異動を出せる会社であっても、現場の火元が残れば、同じ問題は繰り返される。
特定部署で離職が続くなら、会社は個人の退職理由だけを見てはいけない。
特に、小規模チームで2年以内に部下3人が全員離職しているなら、それは「たまたま」で片付けるには重い。
数字だけで犯人探しをする必要はない。
しかし、調査しない理由にもならない。
退職理由は丸められる。
しかし、離職の偏りは丸められない。
異動は救急搬送である。
本人を守るためには必要である。
しかし、異動だけでは火元処理にならない。
会社が本当に見るべきなのは、
- なぜこの部署で人が辞めるのか
- なぜこの上司の下で人が残らないのか
- なぜ管理職が燃えているのか
- なぜ相談しても変わらないと感じられているのか
- なぜ異動でしか救えない状態になったのか
である。
管理職が燃える会社では、部下も燃える。
部下が燃える会社では、見える人から抜ける。
見える人が抜ける会社では、問題を問題として扱わない人が残る。
それは会社にとって、静かだがかなり深い損失である。
人が辞めてから対策するのでは遅い。
社員が「この部署では無理です」「この上司の下では続けられません」と言った時点で、会社は重要な情報を受け取っている。
その情報を「相性」で処理するか。
組織改善に変えるか。
そこで、会社の未来は分かれる。
参考・出典
- Gallup, “Who’s Responsible for Employee Engagement”
https://www.gallup.com/workplace/266822/engaged-employees-differently.aspx - Gallup, “42% of Employee Turnover Is Preventable but Often Ignored”
https://www.gallup.com/workplace/646538/employee-turnover-preventable-often-ignored.aspx - 厚生労働省「あかるい職場応援団:パワーハラスメントとは」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/harassment_list/power-hara/ - 厚生労働省「あかるい職場応援団:ハラスメントに関する法律と防止措置」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/law-measure/ - 政府広報オンライン「NOパワハラ なくそう、職場のパワーハラスメント」
https://www.gov-online.go.jp/article/201304/entry-8380.html
