0. 交流サイトの退職情報、だいたい「全部ダメ、ゼッタイ」から始まりがち
交流サイトには、ときどきこういう退職で損をしないための工夫が流れてくる。
- 1〜4月に辞めるな
- 有給を使い切らずに辞めるな
- 国民健康保険に入るな
- ボーナス前に辞めるな
- 退職理由に「一身上の都合」と書くな
- 会社は本当のことを教えてくれない
勢いだけ見ると、会社員の退職は「物語の主人公になって冒険するゲームで、選択肢を一つ間違えると所持金が半分になるもの」のようである。
しかし、実際にはそんなに呪われていない。
重要なのは、「本当に金額差が出るもの」と「単に支払い時期が変わるだけのもの」を分けることだ。
普通の転職なら優先順位はかなりシンプルである。
- 賞与の支給条件を確認する
- 有給を捨てない
- 退職日と最終出社日を分けて設計する
- 会社の健康保険などに入っていない期間があるなら比較する\
- 離職理由は事実どおりに扱う
これでだいたいラスボスは倒せる。
1. 交流サイト退職術を5秒で判定するとこうなる
| 主張 | 実際 | 判定 |
|---|---|---|
| 1〜4月に辞めるな | 住民税の残額が原則まとめて天引きされやすい時期。ただし税額自体が増えるわけではない | △ |
| 有給を使い切らず辞めるな | 退職後は原則使えない。自動的に休みを取ったことにもならない | ◎ |
| 国民健康保険にするな | 会社の保険を自分で払って続ける方法・市区町村の健康保険・家族の保険に入る方法を比較する話 | × |
| ボーナス前に辞めるな | ボーナスを払う日に在籍していること、という条件がある会社では本当に大差が出る | ◎ |
| 「一身上の都合」と書くな | 本当に自己都合転職なら普通の表現 | △ |
| 会社は何も教えない | 会社次第。自分で就業規則を確認するのが早い | 煽り気味 |
要するに、「ボーナス」と「有給」はガチ、「1〜4月」と「国民健康保険」と「一身上の都合」は条件付きである。
2. 「1〜4月に辞めるな」の正体――税金が増殖するわけではない
住民税の給与天引きは、通常、6月から翌年5月までのサイクルで行われる。
給与から住民税を天引きされている人が1月1日から4月30日までに退職すると、まだ払っていない分は、一定の例外を除き、最後の給与や退職手当などからまとめて天引きされる。[1]
たとえば毎月1万5,000円の住民税が残り4か月分あるなら、最後の給与から6万円程度がまとめて引かれる、といったことが起こり得る。
ここで交流サイトは叫ぶ。
「だから1〜4月に辞めるな!」
いや、待ってほしい。
その6万円は、辞めなければ今後4か月かけて払う予定だった6万円である。税金が突然繁殖したわけではない。
問題は税額ではなく、いつお金が入って、いつ払う必要があるかだ。
つまり、
1〜4月退職 = 損
ではなく、
1〜4月退職 = 住民税がまとめて落ちる可能性があるので手元資金に注意
が正確である。
再就職先で給与からの天引きを続ける場合など、例外もある。[1]
3. 有給20日残っている――では、自動で20日休めるのか?
休めない。申請しなければ、勝手に休みを取ったことにはならない。
ここはかなり重要である。
年次有給休暇は、退職した瞬間に「残日数×日給」が自動で現金化されるポイントカードではない。
たとえば、
- 退職日:9月30日
- 残有給:20日
- もともと働く予定の日:平日
なら、典型的には、
最終出社日
↓
残りのもともと働く予定の日に有給20日を入れる
↓
9月30日付で退職
という設計になる。
つまり、「実際に会社へ行く最後の日」と「雇用が終わる日」は別物である。
退職予定者も、在籍している限り年休を取得できる。会社は一定の場合に休む日を変更できるが、退職日より後へ変更することはできないため、退職日までに消化する形の年休については休む権利が強く守られる。[2][3]
一方で、最後の日まで普通に出勤し、その日付で退職し、有給20日が残っているなら、原則その20日は消える。
「残っているから会社が勝手に使ってくれる」機能はない。
また、法律で認められた有給休暇を「使わせない代わりに買い取る」ことは原則として認められないため、未消化分が当然に現金化されるわけでもない。[4]
有給は、銀行残高というより使用期限付きチケットだと思ったほうが近い。
4. ボーナス――ここは交流サイトが珍しく本気で正しい
退職タイミングで最も金額差が大きくなりやすいのが賞与である。
厚生労働省のモデル就業規則は、就業規則に、一定の日、たとえば賞与支給日に在籍している者を支給対象とする規定を置くことが可能だと説明している。[5]
つまり会社の規程によっては、
- 賞与支給日前日に退職 → 0円
- 賞与支給日に在籍 → 賞与受領 → その後退職
のような差が発生し得る。
査定期間をほぼ全部働いていても、ボーナスを払う日に在籍していること、という条件に引っかかれば賞与が出ないケースはあり得る。
だから退職を考えたら、まず見るべきは、
- 賞与規程
- 支給日
- ボーナスを払う日に在籍していること、という条件
- 査定期間
- 退職予定者の扱い
- 退職意思表示後の減額規定があるか
である。
ここは数十万円単位の差になり得る。
「住民税の数万円が一括で落ちる!」より、こっちのほうがよほどボス戦である。
5. 「国民健康保険にするな」ではなく「比較しろ」
退職後に次の会社へすぐ入社し、新しい会社の健康保険に加入するなら、そもそも長い空白期間の健康保険を自分で選ぶ場面は少ない。
問題になるのは、退職から次の加入までに空白がある場合だ。
主な選択肢は、
- 会社で入っていた健康保険を、自分で保険料を払って続ける
- 国民健康保険
- 条件を満たす場合は生活を支えてくれる家族の健康保険に入る
である。[6]
会社で入っていた健康保険を退職後も続ける方法は、退職後は会社負担分も本人が負担するため、原則として退職時の本人負担額のおおむね2倍になる。ただし上限や保険料を計算する割合の違いがある。[7]
一方、国民健康保険は前年所得や自治体、世帯状況などによって保険料が変わる。
したがって、
会社で入っていた健康保険を退職後も続ける方法は絶対得
でも、
国民健康保険は絶対損
でもない。
Excelを開く案件である。信仰する案件ではない。
6. 「一身上の都合」は禁断呪文ではない
普通に転職するため自分から辞めるなら、
一身上の都合により退職いたします。
は一般的な表現である。
「これを書いたら人生終了」というものではない。
ただし重要なのは、退職届に書く定型文と、雇用保険上の離職理由は同じ問題ではないということだ。
実際には、会社から退職を勧められたこと、解雇に近い事情、病気や負傷、家庭事情の急変、通勤困難、そのほか、辞めた理由によって失業時の給付の扱いが変わり得る事情がある場合、雇用保険上の扱いが変わる可能性がある。[8]
会社が作成した離職理由と実態が違う場合には、ハローワークへ異議を伝えることができる。[9]
つまり、本当に転職目的の自己都合退職なら「一身上の都合」で普通。本当は別事情なのに、何も確認せず全部「自己都合」に潰すのは危ない。
7. 自分で辞めるなら、伝え方はこの程度で十分
普通に会話できる会社なら、退職代行を入れなくても、必要情報を整理して伝えればよい。
転職のため退職します。
現在の引継ぎ状況は○○です。
有給が○日残っています。
引継ぎを考えると○月○日頃を最終出社日とし、その後に残有給を取得して、○月○日付で退職する形が現実的と考えています。
引継ぎ日程については調整可能です。
ポイントは、「従います」とまで言わないことである。
「全部会社の言うとおりにします」と渡してしまうと、せっかくの有給まで調整材料にされかねない。
協力姿勢は、
引継ぎ日程は調整します。
で十分。
会社へ渡す情報は、退職意思、退職理由の大分類、希望退職日、希望最終出社日、残有給日数、引継ぎ状況、貸与品の返却方法くらいでよい。
退職会談を「魂のプレゼン大会」にする必要はない。
8. 「会社が困るから辞められない」は、人員計画と個人の契約終了を混ぜている
退職するとき、気持ちの面で陥りやすい勘違いがある。
今辞めたら部署が困る
引継ぎ先がいない
同時期に辞める人がいる
忙しい時期だから申し訳ない
もちろん、引継ぎに協力するのは合理的である。
しかし、会社の人員計画、特定の人しかできない仕事、後任確保まで、退職する個人が無限責任を負うわけではない。
退職は「裏切り」ではなく、労働契約を終了する手続きである。
本人がやるべきなのは、退職意思を適切に伝える、可能な範囲で引継ぎ資料を作る、まだ終わっていない仕事をはっきり伝える、貸与品を返す、必要書類を受け取る、まで。
「後任が完全に育つまで辞められません」になったら、永遠に卒業できない学校が完成する。
9. 退職代行は「全員が使うべき裏技」ではなく非常口
退職代行サービスは、会社への連絡そのものが大きな負担になっている人には価値がある。
たとえば、
- 上司が怒鳴る
- 退職意思をまともに取り合わない
- 強い引き止めが続く
- 電話・面談そのものが苦痛
- 会社との直接連絡を遮断したい
という場合だ。
モームリなど、本人に代わって退職意思を会社へ伝えるサービスも存在する。[10]
一方で、普通に上司と話せる、退職日を自分で調整できる、有給希望を自分で言える、引継ぎ状況を説明できるなら、自分でやったほうが早く、費用もかからず、細かい調整もしやすい。
自分で言える人は、実質セルフ退職代行である。料金0円。
ただし、未払い賃金、損害賠償、ハラスメント、退職条件の争いなど法的紛争が絡む場合は別である。退職代行サービスは運営主体によって対応可能範囲が異なるため、「退職意思の伝達」なのか、「交渉」や「法的代理」まで扱えるのかを確認すべきだ。
10. 無理なく辞めるための順番
手順 1 次の勤務先を固める
できれば、内定・給与・勤務地・入社日など重要条件を書面で確認する。
手順 2 賞与規程を見る
ボーナスを払う日に在籍している必要があるなら、金額と転職スケジュールを見て判断する。
手順 3 有給残日数を確認する
「20日ある」ではなく、もともと働く予定の日のうち、有給休暇を使える日で逆算する。
手順 4 最終出社日と退職日を分ける
最終出社 → 有給消化 → 退職日、という形を作る。
手順 5 引継ぎの状況を周囲に分かる形で書き出す
完了 / 進行中 / 未着手 / 後任判断が必要、に分ける。
手順 6 会社の健康保険などに入っていない期間を確認する
翌日入社なら新しい勤務先の加入を確認。空白があるなら会社で入っていた健康保険を退職後も続ける方法・国民健康保険・扶養を比較する。
手順 7 離職理由は事実に合わせる
普通の転職なら普通の自己都合。実態が違うなら、離職票も含めて確認する。
11. 退職前チェックリスト――これだけ見ればいい
- ☐ 就業規則の退職手続を確認した
- ☐ 賞与規程を確認した
- ☐ ボーナスを払う日に在籍している必要があるか確認した
- ☐ 有給残日数を確認した
- ☐ 最終出社日と退職日を分けて設計した
- ☐ 有給取得希望を明示した
- ☐ 引継ぎ状況を一覧化した
- ☐ 貸与品を確認した
- ☐ 源泉徴収票・離職票など必要書類を確認した
- ☐ 住民税が最後の給与からまとめて天引きされる可能性を確認した
- ☐ 健康保険の空白期間を確認した
- ☐ 離職理由が実態と一致しているか確認した
- ☐ 会社との直接連絡が難しい場合のみ、退職代行や専門家を検討した
12. 結論――退職は「損しない呪文」ではなく、辞めるまでの順番を決めること
退職で本当に大事なのは、謎の裏技を100個覚えることではない。
賞与を確認する。
有給を捨てない。
最終出社日と退職日を分ける。
保険は比較する。
離職理由は事実どおりにする。
これでいい。
「1〜4月に辞めたら終わり」ではない。「国民健康保険に入ったら負け」でもない。「一身上の都合」は禁断の呪文でもない。
そして普通に自分で話せる会社なら、
転職です。
有給は○日です。
引継ぎはここまでです。
この日を最終出社日にして、その後有給を使い、この日付で退職したいです。
この程度で十分である。
会社員を主人公にした冒険ゲームの「退職」という場面は、思ったより選ぶ行動が少ない。
参考資料(10件)
- 名古屋市「特別徴収のしくみ」 city.nagoya.jp
- 沖縄労働局「退職予定者には年休を与えなくてもよいか」 jsite.mhlw.go.jp
- 大阪労働局「年次有給休暇(年休・有休)について」 jsite.mhlw.go.jp
- 和歌山労働局「主な相談内容|年休の買上げ・退職間際の年休」 jsite.mhlw.go.jp
- 厚生労働省「モデル就業規則」第50条(賞与) mhlw.go.jp
- 全国健康保険協会「退職後の健康保険について」 kyoukaikenpo.or.jp
- 全国健康保険協会「任意継続|給付と手続き」 kyoukaikenpo.or.jp
- ハローワークインターネットサービス「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要」 hellowork.mhlw.go.jp
- ハローワークインターネットサービス「雇用保険の具体的な手続き」 hellowork.mhlw.go.jp
- 退職代行モームリ 公式サイト momuri.com
