「何をしたいか」から始めると、問題ではなく施策を守るようになる
職場の企画では、次の言葉から始まることがある。
- 飲み会をやりたい
- 研修を増やしたい
- 1on1を導入したい
- アンケートを取りたい
- 表彰制度を作りたい
- 朝礼で理念を唱和したい
- コミュニケーションイベントを開きたい
これらは手段である。
本来、先に考えるのは次である。
- 何が問題なのか
- 誰が困っているのか
- どんな状態へ変えたいのか
- 原因について何が分かっているのか
- その施策は原因へ作用するのか
- 受け手にはどう体験されるのか
- 効果がなければ止められるのか
「やりたい施策」から始めると、途中で問題との不一致が見つかっても、施策を実行することが目的になる。
会議では、施策の是非ではなく「どう実施するか」だけが議論される。
診断なしの治療は、善意でも怖い
この構造は医療の例にすると分かりやすい。
患者に発熱やだるさがある。
医師が診察や検査をせず、
私は別の感染症だと思うので、そのワクチンを打ちます。
と言ったら怖い。
問題は、医師に善意がないことではない。
症状、原因、治療の対応関係が確認されていないことである。
職場でも同じことが起きる。
離職が増えた
↓
交流不足だと思う
↓
飲み会を増やす
しかし、実際の原因が次なら、飲み会は効かない。
- 役割が曖昧
- 上司が否定から入る
- 残業が多い
- 評価基準が後出し
- キャリアが積めない
- 相談しても改善されない
- 業務量を断れない
- 配置が合っていない
むしろ本人には、勤務後の追加拘束、気遣い、上司の前で本音を言う負担として認識される可能性がある。
離職防止施策が、離職理由を追加する。
目的から考えるだけでも足りない
「目的から逆算しよう」は正しい。
ただし、目的が抽象的すぎると、好きな施策を正当化できる。
例:
目的はエンゲージメント向上です。
だから飲み会をします。
目的と手段の間に、因果仮説がない。
必要なのは次の鎖である。
目指す状態
↓
現在との差
↓
差を生んでいる原因仮説
↓
仮説を支える観察・データ
↓
原因へ作用する施策
↓
受け手の体験
↓
効果指標
↓
継続・修正・中止判断
「離職を減らしたい」から直接「飲み会」へ飛ばない。
まず「なぜ辞めるのか」を確認する。
現状把握は、調査票を作ることだけではない
三現主義は、現場、現物、現実を見る考え方として知られる。
企画で重要なのは、頭の中の整った説明より、実際の挙動を確かめることである。
現状把握には次が含まれる。
- 現場を観察する
- 当事者に聞く
- 実物やログを見る
- 作業を一度やってみる
- 小規模に施策を試す
- 想定と実態の差を記録する
- 例外条件を見つける
- 本当のボトルネックを特定する
「やってみたら思ったのと違った」は失敗ではない。
仮説が現実によって更新されたという成果である。
何も試さなければ、誤った仮説を長く守り続ける。
小さく試すのは、完成度が低いからではなく情報を買うためである
実践前には分からないことがある。
- 利用者がどこで迷うか
- 説明に何分かかるか
- 誰の承認が必要か
- システム制約は何か
- 想定外の抵抗があるか
- 本当に困っている人は誰か
- 施策の負担を誰が負うか
そのため、低リスクで戻せる形にする。
例:
- 全社導入の前に一チームで試す
- 2時間研修の前に15分のケース討議をする
- 恒久制度の前に期間限定で運用する
- 全員参加の前に希望者の反応を見る
- 新しい帳票の前にサンプルを一件処理する
実験の目的は、企画者の正しさを証明することではない。
次の判断に必要な情報を得ることである。
ただし、実践させればよいわけではない
学習では、実践が重要である。
しかし、実践環境が不安全なら、実践は能力開発ではなく公開処刑になる。
- 評価基準が事前に示されない
- 上位者が途中で方針を変える
- 失敗を人格へ結びつける
- 指導者が参加者を守らない
- 試行のはずが正式評価へ使われる
- 成果責任だけ参加者へ負わせる
この環境で若手にリーダーを経験させると、
試す
↓
上位者が後出しで否定する
↓
何を直すか分からない
↓
本人だけが能力不足と評価される
という事故が起きる。
実践には、保護された失敗範囲、明確な評価基準、指導者の支援、振り返り、再試行が必要である。
学習機会を与えることと、未整備な権力構造へ放り込むことは違う。
企画を事故らせない九つの質問
施策を決める前に、次を確認する。
- 変えたい状態は何か
- 現在はどうなっているか
- 誰がどの場面で困っているか
- 原因は何だと考えているか
- 原因仮説を支える証拠は何か
- この施策はどの原因へ作用するか
- 受け手にはどんな負担・意味として届くか
- 何を測れば効果が分かるか
- どの条件なら中止・修正するか
特に七番目が抜けやすい。
企画者には「交流機会」でも、受け手には「時間外業務」かもしれない。
企画者には「成長機会」でも、受け手には「後出し評価の場」かもしれない。
企画者には「本音を聞く面談」でも、受け手には「発言者を特定する調査」かもしれない。
エンゲージメント施策は、イベントより仕事の設計を見る
ワーク・エンゲージメント研究では、支援、裁量、役割明確性、学習機会、フィードバックなどの仕事資源が重要な要素として整理されている。[5][12][13]
イベントが役立つことはある。
ただし、土台の仕事が次の状態なら、イベントだけで補うのは難しい。
- 仕事量を制御できない
- 誰が決めるか分からない
- 正しい意見でも否定される
- 成果が評価されない
- 上司へ相談しても変わらない
- 役割が増えるだけで減らない
- キャリアへ接続しない
エンゲージメントを上げるには、社員を盛り上げる前に、社員が毎日接触する仕事の構造を直す必要がある。
この記事の要点
職場施策は「何をやりたいか」から始めない。
問題を観察する
原因を仮説化する
小さく試す
想定との差を学ぶ
受け手の体験を確認する
効果がなければ変える
この順番が必要である。
施策を実行したことではなく、問題が改善したかを成果にする。
