「言った・言ってない論争」は、記憶力バトルではない
職場でよくあるトラブルに、こういうものがあります。
「それ、前に言ったよね?」
「聞いてません」
「いや、そういう意味で言ったんじゃない」
「普通わかると思ってた」
「自分で考えて動いてほしかった」
いわゆる、言った・言ってない論争です。
これがたまに起きる程度なら、単なる伝達ミスかもしれません。
しかし、何度も起きる職場はかなり危ないです。
なぜなら、「言った・言ってない論争」は、個人の記憶力だけの問題ではないからです。
本当の問題は、多くの場合、次のような業務設計の弱さです。
- 何を決めたのか残っていない
- 誰が判断者なのか曖昧
- どこまでが対応範囲なのか不明
- 期限が決まっていない
- 優先順位が共有されていない
- 口頭の雰囲気だけで進んでいる
- 後から都合よく解釈が変わる
つまり、「言った・言ってない」が多い職場は、人間の記憶力で業務を運用している職場です。
そして、人間の記憶力は普通に壊れます。
だから、記憶力で戦うのではなく、ログで戦う必要があります。
「言ったよね?」の正体
「言ったよね?」には、いくつかのパターンがあります。
1. 本当に言ったつもりになっている
本人の中では伝えたことになっているパターンです。
頭の中で考えた。
別の人には言った。
会議で少しだけ触れた。
雑談の中でふわっと言った。
それが、いつの間にか「正式に伝えた」に変換されています。
これは悪意がない場合もあります。
でも、受け手からすると困ります。
なぜなら、正式な指示として受け取れる形では残っていないからです。
2. 指示漏れを認めたくない
本当は伝えていない。
でも、伝えていなかったと認めると、自分の管理不足になる。
そこで、
「言ったよね?」
「普通わかるよね?」
「自分で考えてほしかった」
という言葉で、責任を相手側に移すパターンです。
これはかなり厄介です。
言い換えると、責任ロンダリングです。
指示漏れ、未定義、確認不足を、相手の認識不足として洗浄するわけです。
アリエール猿です。
漂白力が強すぎる。
3. 後出しで採点している
結果を見てから、
「本当はこうしてほしかった」
「そういう意図じゃなかった」
「そこまで考えてほしかった」
と言ってくるパターンです。
これも、最初から基準があったわけではありません。
結果を見た後に、評価基準を作っているだけです。
これをされると、受け手はどれだけ頑張っても不利です。
なぜなら、試験が終わった後に問題文が変わるからです。
「普通わかるよね」は、普通ではない
「普通わかるよね」という言葉も危険です。
もちろん、本当に業務上の常識として共有されていることもあります。
しかし、多くの場合、「普通」はその人の頭の中にあるだけです。
- その人の経験上は普通
- その部署では普通
- その上司の中では普通
- でも、文書化はされていない
- 判断基準も共有されていない
この状態で「普通わかるよね」と言われても、受け手は困ります。
仕事で必要なのは、空気読み大会ではありません。
必要なのは、次のような情報です。
- 目的
- 期限
- 対応範囲
- 優先順位
- 判断者
- 完了条件
- 今回やらないこと
- 途中確認のタイミング
ここが曖昧なまま進めると、あとから「言った・言ってない論争」が起きやすくなります。
「言った・言ってない論争」が多い職場の特徴
この問題が多い職場には、だいたい共通点があります。
1. 口頭指示が多い
口頭指示そのものが悪いわけではありません。
ただし、口頭だけで終わると危険です。
口頭の指示は、言い方、文脈、その場の空気、聞き手の解釈によってズレます。
特に、複数人が関わる仕事や、後から確認が必要な仕事は、口頭だけでは足りません。
2. 議事録や確認メモがない
会議はした。
打ち合わせもした。
でも、結局何が決まったのか残っていない。
この状態はかなり危険です。
会議をしたことと、合意ができたことは別です。
会議後に残すべきなのは、「話した内容」だけではありません。
- 決まったこと
- 決まっていないこと
- 誰がやること
- いつまでにやること
- 誰に確認すること
- 保留になったこと
これが必要です。
3. 責任と権限がズレている
「自分で考えて動いてほしい」と言われる。
でも、実際には判断権限がない。
勝手に決めると怒られる。
確認すると「主体性がない」と言われる。
これはかなり悪い構造です。
責任だけ渡して、権限を渡さない状態です。
この状態で「言ったよね」「普通わかるよね」が始まると、受け手は詰みます。
4. 後出し修正が多い
最初に基準が示されていないのに、後から細かく修正される。
これも、言った・言ってない論争を生みます。
最初から条件を示していれば防げたものを、後から「本当はこういう意図だった」と言われても困ります。
これは、作業者の理解力の問題ではなく、依頼者側の要件定義不足です。
対策は「記憶力を上げること」ではない
言った・言ってない論争に巻き込まれると、
「自分の記憶力が悪いのかな」
「もっとちゃんと聞いておけばよかったのかな」
「メモを取れなかった自分が悪いのかな」
と思うことがあります。
もちろん、メモを取ることは大事です。
ただ、本質はそこだけではありません。
重要なのは、人間の記憶に頼らない運用にすることです。
つまり、ログを残すことです。
最強の防御は「認識合わせメモ」
後から「言ったよね?」と言われないために、一番効くのは認識合わせメモです。
会議や口頭指示の後に、短くテキストで残します。
たとえば、こうです。
本日の認識合わせとして、以下の内容で進めます。
目的:
〇〇を実施するため
対応範囲:
・〇〇
・〇〇
今回は対応しない範囲:
・〇〇
・〇〇
期限:
〇月〇日まで
確認先:
〇〇さん
判断が必要な点:
・〇〇
相違があれば、〇月〇日までにご連絡ください。
これを送っておくだけで、かなり変わります。
ポイントは、「私はこう理解しました」と残すことです。
相手が違うなら、その時点で修正できます。
相手が何も言わなければ、少なくともその時点ではその認識で進めた証拠になります。
これがあると、後から「言ったよね?」と言われても、
「当時の認識合わせメモでは、この内容で進める形でした」
と言えます。
記憶力で殴り合わなくて済みます。
会議後に残すべき項目
議事録をきれいに書く必要はありません。
最低限、これだけ残せば十分です。
決まったこと:
決まっていないこと:
担当者:
期限:
確認先:
判断者:
今回やること:
今回やらないこと:
次回確認すること:
特に大事なのは、今回やらないことです。
多くのトラブルは、ここから起きます。
やることだけ決めて、やらないことを決めていないと、あとから
「そこも含まれていると思っていた」
「普通そこまでやると思っていた」
「そこも見てほしかった」
と言われます。
だから、対応範囲と対象外をセットで残すのが大事です。
「言ったよね?」への返し方
感情的に返すと、さらに揉めます。
おすすめは、ログに戻す返し方です。
返し方1:認識確認に戻す
すみません、私の手元の認識メモでは〇〇までの対応となっていました。
今回のご意図としては、△△も含める認識だったということでしょうか。
返し方2:今後の確認フローにする
認識違いを防ぐため、今後は口頭で確認した内容も、対応範囲・期限・確認先を簡単にテキストで残す形にしたいです。
返し方3:対象範囲を明確にする
今回の対応範囲に△△を追加する場合、期限または優先順位を調整したいです。
どちらを優先すればよいでしょうか。
この返し方のポイントは、相手を責めないことです。
「言ってませんよね?」と正面から殴るより、
「認識合わせしましょう」に戻した方が安全です。
「ログを残す人」は、面倒な人ではない
ログを残すと、面倒な人だと思われるのではないかと不安になる人もいます。
でも、業務上のログは本来、面倒なものではありません。
むしろ、仕事を守るための基本です。
- 依頼者を守る
- 作業者を守る
- チームを守る
- 後任者を守る
- トラブル時の確認材料になる
- 後から同じ仕事を再現できる
つまり、ログは防御であり、業務改善でもあります。
言った・言ってない論争が多い職場ほど、ログを残す価値は高いです。
ただし、全部を抱え込まない
注意点もあります。
ログを残せる人は、仕事が整理できるので、便利屋化しやすいです。
「あの人に聞けばわかる」
「あの人がまとめてくれる」
「あの人が整理してくれる」
となりすぎると、また負荷が増えます。
だから、ログを残す時は、全部を自分で背負わないことも大事です。
本件の判断者は〇〇さん
運用担当は〇〇さん
資料更新は〇〇さん
私は今回、論点整理と初回案作成まで
このように、自分の担当範囲も残しておきます。
ログは、相手の責任を全部自分が引き取るためのものではありません。
むしろ、責任範囲を明確にするためのものです。
まとめ:「言った・言ってない」は、ログで終わらせる
職場の「言った・言ってない論争」は、個人の記憶力だけの問題ではありません。
多くの場合、原因は業務設計にあります。
- 指示が口頭だけ
- 役割が曖昧
- 期限が曖昧
- 対応範囲が曖昧
- 判断者が曖昧
- 後出し修正が多い
- 議事録や確認メモがない
この状態では、誰でも揉めます。
だから、記憶力で戦わなくていいです。
必要なのは、認識合わせメモです。
目的
対応範囲
対象外
期限
確認先
判断者
相違がある場合の連絡期限
これを残すだけで、かなり守れます。
「言ったよね?」が多い職場では、記憶ではなくログで仕事を進める。
責任ロンダリング猿の洗濯機に入れられる前に、
自分の仕事にはタグを付けておく。
それが、言った・言ってない論争から自分を守る一番現実的な方法です。
