道具を使うことは手抜きではなく、家庭を燃えにくくする工夫。
title: 食洗機は手抜きなのか?
status: draft
cluster: household-os
article_type: draft
reader_stage: awareness
level: 2
one_message: 道具を使うことは手抜きではなく、家庭を燃えにくくする工夫。
食洗機を入れようと言うと、「手で洗えばいい」「贅沢」「手抜き」と言われることがある。でも少し考えると変だ。
洗濯機は使う。掃除機も使う。炊飯器も使う。電子レンジも使う。コピー機も使う。スマホも使う。それなのに、なぜ食洗機だけ手抜きなのか。
本当に手でやることが正しいなら、洗濯板で洗うべきだ。ほうきだけで掃除すべきだ。かまどでご飯を炊くべきだ。書類も全部手書きで写すべきだ。でも、そんなことはしない。
つまり、本当の基準は「手でやるかどうか」ではない。自分が慣れている道具は普通。自分が慣れていない道具は手抜き。自分の苦労を置き換える道具は、なんとなく嫌。ここに問題がある。
食洗機は、ただ皿を洗う機械ではない。食後に誰が洗うかで揉める時間を減らす。疲れている時の負担を減らす。「まだ洗ってない」の管理を減らす。家族の余白を増やす。
話すべきは、手抜きかどうかではない。置けるか。いくらか。どのくらい楽になるか。誰がメンテするか。生活が回るか。家庭は苦労を競う場所ではない。生活を回す場所だ。
