離職対策の前に、日常の管理を見た方がいい
離職や休職が増えると、多くの会社は次のような施策を始める。
- エンゲージメント調査
- 管理職研修
- 交流イベント
- 運動会や懇親会
- 1on1
- メンタルヘルス研修
- ストレス対処の啓発
- 社員同士のコミュニケーション促進
これらが無意味とは限らない。
しかし、日常の管理行動が壊れたままでは、補助施策はほとんど効かない。
たとえば、社員が必要な確認をしただけで、上司が次のように反応する職場を考える。
「それ、なんで聞くの?」
「お前、本当に分かっていないな」
「いいか。普通はこうだぞ」
「条件を絞ると人が入らないだろ」
ところが、部下が具体的に問い返す。
「では、その方法で進めますか」
「変更指示という理解でよいですか」
「誰が、いつまでに対応しますか」
すると、上司は引く。
「いや、そうしてほしいわけではなくて……」
結局、何も変更されず、具体的な対応事項も発生しない。
この会話の目的は、仕事を前へ進めることではなかった可能性が高い。
上司が「分かっている側」、部下が「分かっていない側」という序列を、その場で再確認することが主目的になっている。
研究上は何と呼ばれるのか
この種の行動は、研究上、複数の概念にまたがる。
1. Abusive supervision:威圧的・侮辱的な監督
Abusive supervisionは、身体的暴力を除く、継続的な敵対的言動として研究されている。
典型例には、次のようなものが含まれる。
- 部下を小馬鹿にする
- 人前で批判する
- 不適切に責任を負わせる
- 無能扱いする
- 怒りや威圧で従わせる
- 必要以上に過去の失敗を持ち出す
Tepperらのレビューは、こうした監督行動が、ウェルビーイング、仕事態度、業績、反生産的行動、離職など幅広い結果に関連する研究を整理している。
2. Workplace incivility:低強度の無礼
露骨な暴言でなくても、次のような反復は職場インシビリティに近い。
- 相手の話を最後まで聞かない
- 判断力を疑う
- 見下すような言い方をする
- 挨拶や反応を意図的に弱くする
- 意見をまともに扱わない
- 「どうせ分かっていない」という前提で接する
職場の無礼と離職意向の関係は、メタ分析でも確認されている。
重要なのは、一回の大事件だけではない。
小さな無礼が毎日繰り返されることで、社員は仕事の内容とは別に、対人防御へ注意力を使うようになる。
3. Role ambiguity:役割曖昧性
「俺はこう思うけどな」と言うだけで、何を変更するかは決めない。
退職日、担当、優先順位、権限、引継ぎ先、期限など、本来管理者が決める事項を決めない。
しかし、遅れや混乱が出ると実務担当へ圧をかける。
これは、役割曖昧性と責任の不一致を生む。
NIOSHは、職場ストレス要因として、次を挙げている。
- 過大な業務量
- 人員不足
- 管理方法の問題
- 上司支援の不足
- 不明確・矛盾した役割
- 意思決定への参加不足
- 不明確な方針
- 必要な設備や資源の不足
つまり、ストレス対策を個人の「気の持ちよう」に寄せる前に、仕事の設計と管理を直す必要がある。
4. Organizational hypocrisy:組織的偽善
会社が表向きに掲げる価値と、実際の行動が食い違う状態である。
- 「人を大切にする」と言いながら、人員不足を放置する
- 「心理的安全性」と言いながら、質問に圧を返す
- 「離職防止」と言いながら、退職理由を求人へ反映しない
- 「公平な評価」と言いながら、人によって処分の重さを変える
- 「エンゲージメント向上」と言いながら、発言する人を黙らせる
企業の言行不一致や二重基準は、会社への態度と離職意向を悪化させると報告されている。
日本の公的指針でも、原因は「本人の弱さ」だけではない
厚生労働省の「こころの耳」は、職場環境改善の対象として、次を明示している。
- 労働時間
- 仕事の量と質
- ハラスメント
- 職場の人間関係
- 組織
- 人事労務管理体制
- 職場文化・風土
- 作業方法
- 設備
- コミュニケーション
つまり、休職者が出たときに「本人のプライベート要因」「本人のストレス耐性」で終わらせるのは不十分である。
個人事情が存在しても、組織は並行して次を確認する必要がある。
- 同じ職場・同じ仕事で欠勤や休職が重なっていないか
- 業務量は適正か
- 役割や判断権限が明確か
- 上司へ相談できるか
- 不要な圧がないか
- 求人時の説明と実態が一致しているか
- 人が抜けた後に業務量を調整したか
「原因側」が対策側にいると、問題はすり替わる
管理上の問題を起こしている人が、離職対策やエンゲージメント対策を主導すると、次のすり替えが起こりやすい。
| 本来見るべき問題 | すり替えられた問題 |
|---|---|
| 上司の圧・無礼 | 部下の受け止め方 |
| 人員不足 | 社員の効率不足 |
| 曖昧な指示 | 部下の理解力不足 |
| 判断の遅れ | 実務担当の進行管理不足 |
| 不公平な指導 | 本人の成長課題 |
| 求人と実態の差 | 応募者の覚悟不足 |
| 発言しにくい環境 | 社員の主体性不足 |
| 物理的な退避 | エンゲージメント不足 |
こうして、会社は研修やイベントを増やす。
しかし、火元には触れない。
結果として、社員は「会社は本気で原因を直す気がない」と学習する。
本当の離職対策
順番は次である。
- 圧・侮辱・不公平な扱いを止める
- 管理者の意思決定責任を明確にする
- 人員と業務量を合わせる
- 権限・役割・期限・優先順位を定義する
- 求人で仕事の実態を開示する
- 相談や発言への報復を防ぐ
- その後に、1on1や交流施策を行う
交流イベントは、壊れた管理の代替にはならない。
離職対策の最小単位は、イベントではなく、毎日の上司の振る舞いである。
