土俵に上がれば、185センチ・198キロの関脇。
ところが笑った瞬間、こちらの脳内分類器が突然こう言い出す。
「赤ちゃんです。」
いや、サイズがおかしい。
日本相撲協会の2026年9月時点の公式プロフィールでは、熱海富士朔太郎は24歳、185センチ、198キロ、東関脇。好きな食べ物は寿司・お茶漬け・プリン、好きな音楽はバックナンバー、サウシードッグ、クリープハイプとされている。
そして「かわいい」は単なるネット上の幻覚でもない。巡業を取材した静岡朝日テレビでは、ファンが実際に「かわいかった」とコメントし、本人にも「かわいいと言う女性が多い」と質問が飛んだ。本人は、それをきっかけに相撲を見てもらえればうれしいという趣旨で答えつつ、男なのでかっこよくいたいとも話している。 別の取材では、妹も「笑うとかわいい」という話題に対して、かわいいと思うと答えている。
つまり世間の判定はだいたいこうだ。
本人:かっこいい男でいたい。
周囲:かわいい。
なかなか厳しいマッチングである。
5秒で結論
- 「赤ちゃんっぽい顔」をかわいいと感じやすいベビースキーマという研究領域がある。
- その反応は乳児だけでなく、乳児的な顔立ちを持つ成人へもベビーフェイスの過剰一般化として広がる。
- 笑顔の強さを操作した研究では、最大笑顔が赤ちゃん顔らしさの知覚を高め、それを介して年齢を若く見積もらせた結果がある。
- ただし別系統の研究では、笑顔でできる目周辺のしわのため、その場の年齢推定では笑顔の方が年上に見えることも再現されている。
- したがって「笑顔が赤ちゃんっぽい」と「笑顔なら必ず若く見える」は同じ命題ではない。
- 熱海富士本人の顔を科学的に計測した研究はない。以下は一般的な顔知覚研究と、公に観察されている反応を組み合わせた説明である。
1. そもそも「ベビーフェイス」は何なのか
赤ちゃんの顔には、大きな頭部、丸い顔、高い額、大きな目、小さな鼻や口、ふっくらした頬など、成人とは違う比率がある。動物行動学者コンラート・ローレンツは、こうした乳児的特徴のまとまりをベビースキーマと呼んだ。
グロッカーらは乳児の写真を加工し、ベビースキーマを強くした顔と弱くした顔を比較した。122人の参加者は、ベビースキーマを強くした乳児をより「かわいい」と評価し、世話をしたいという動機も強く報告した。
要するに、人間の脳には「丸い・幼い・小さなパーツ配置」などの情報を見て、かわいさや保護動機へつなげる傾向がある。
ここで大事なのは、かわいいは単なる美形ランキングではないことだ。
「かっこいい」と「かわいい」は、かなり別の評価軸になりうる。
だから本人が「かっこよくいたい」と思っていても、見る側の脳が勝手に「かわいい」に着地することは普通に起こる。
2. 赤ちゃん専用機能ではない――成人にも誤爆する
さらに面白いのが、ベビーフェイスの過剰一般化だ。
乳児に反応するための知覚システムが、乳児的特徴を持つ成人にも一般化するという考え方である。
ゼブロウィッツらの機能的磁気共鳴画像法を使った研究では、乳児、ベビーフェイスの若い男性、成熟顔の若い男性を見たときの脳反応を比較した。扁桃体と紡錘状顔領域では、乳児とベビーフェイス男性に対する反応が、成熟顔男性より似た方向を示した。
これは「成人男性を本当に赤ちゃんだと誤認している」という意味ではない。
もっと地味で、もっと面白い。
顔の中に乳児的な構造があると、乳児に対して使われる知覚・社会評価の一部が成人にも流用される、という話だ。
つまり「大人なのに赤ちゃんっぽい」は、比喩だけではなく、顔知覚研究にちゃんと置き場所がある。
3. では、なぜ「笑顔」が特に赤ちゃんなのか
ここが今回の本丸である。
ワン、ホー、リウらは、笑顔の強さと年齢知覚を4研究、合計1,235人で調べた。研究1では646人に複数段階の笑顔を見せ、最大笑顔は中立顔より年齢を若く見積もられた。そして、その効果は知覚された赤ちゃん顔らしさによって媒介されていた。
ざっくり書けば、
笑顔が強くなる → 赤ちゃん顔っぽく感じる → 若そうに感じる
という経路が統計的に出た。
なので、「真顔のときは普通に成人男性なのに、笑った瞬間だけ赤ちゃん化する」という感想は、少なくとも一般論として研究と噛み合う。
熱海富士の笑顔そのものを実験刺激にしたわけではないので、「この研究で熱海富士のかわいさが証明された」とまでは言えない。
しかし、笑顔で赤ちゃん顔らしさが増幅されることがあるという仕組みは、「笑顔が赤ちゃん」という観察を説明する有力候補になる。
4. ただし反証がある――笑顔は年齢推定では「老けて」見えることもある
ここで科学は急に話をややこしくしてくる。
ガネルの研究では、同一人物の笑顔と中立顔を直接比較すると、笑顔の方が年上に推定された。主な説明は、笑顔によって目の周囲に現れるしわが年齢手掛かりとして使われるためだった。
ガネルとグッデールの後続研究でも、直接年齢を推定すると笑顔が年上に見える一方、人々は「笑顔は若く見せる」と信じていた。
さらに日本人とスウェーデン人を使った異文化再現でも、直接評価では笑顔がより年上に判断される一方、回想的には笑顔を若く記憶するというパターンが確認された。
一見すると、ワンらの「笑顔で若く見える」と矛盾する。
しかし測っているものが完全には同じではない。
「赤ちゃん顔っぽい」「無邪気に見える」「親しみやすい」ことと、写真から数字で何歳に見えるかは別の判断だからだ。
ここを混ぜない方がいい。
熱海富士を見て「赤ちゃんみたい」と感じても、「24歳が18歳に見える」と言っているわけではない。
赤ちゃん属性が立つのであって、戸籍年齢推定コンテストをしているわけではない。
5. 185センチ・198キロに赤ちゃん顔が乗ると、なぜ破壊力が上がるのか
ここは熱海富士専用の研究があるわけではないので、断定ではなく知覚上の解釈になる。
普通、赤ちゃんというカテゴリーには「小さい」という期待がある。
ところが目の前にいるのは185センチ・198キロの関脇である。
小さくない。全然小さくない。むしろ土俵でもかなり大きい。
その巨大な身体と、笑顔から受ける幼い・無邪気・かわいい印象が同時に入ってくる。
すると単なる「かわいい」ではなく、
「でっっっかい赤ちゃん」
というギャップ表現が最も情報圧縮率の高い日本語になってしまう。
これは「体格が大きいから幼く見える」という話ではない。逆だ。
身体サイズの情報と顔・表情の社会的印象が離れているため、対比が強く記憶に残ると考える方が自然である。
「普通の成人男性が笑う」より、「198キロの関脇がニコッとした瞬間に赤ちゃん感が出る」方が、そりゃ脳も二度見する。
6. 歌まで歌える――「かわいい」の文脈が顔だけで終わらない
2024年の『さんまのまんま』公式紹介では、熱海富士の天然でピュアと受け取られる言動に明石家さんまが「かわいい」と反応したことや、本人が米津玄師や菅田将暉などもカラオケで歌えると話したことが紹介されている。
ここで重要なのは、テレビの一場面から本人の人格を診断することではない。
ただ、視聴者の「かわいい」評価は、顔の形だけで決まるわけでもない。
笑顔、声、話し方、照れ、受け答え、意外な趣味、身体とのギャップなど、複数の手掛かりが同じ方向へ束になると印象は強くなる。
185センチ・198キロ。
関脇。
土俵では本気で人を押し出す。
好きな食べ物にはプリン。
カラオケも歌う。
笑う。
脳内会議「……赤ちゃんでは?」
違います。24歳の関脇です。
しかし気持ちは分かる。
7. 研究から言えること/言えないこと
言えること
- 人間は乳児的な顔特徴を「かわいい」と感じやすい。
- その反応の一部は、ベビーフェイスの成人にも一般化する。
- 笑顔の強さが赤ちゃん顔らしさの知覚を高めるという実験結果がある。
- 熱海富士が「かわいい」と受け取られていることは、報道・番組上でも実際に確認できる。
言えないこと
- 熱海富士の顔が科学的測定で何点のベビーフェイスか。
- かわいい顔だから性格も幼い、素直、無害などと断定すること。
- 笑顔なら必ず実年齢より若く見えること。
- 顔だけから知能、成熟度、性格、発達特性などを推定すること。
顔は社会的印象を発生させるが、印象は人物そのものの測定値ではない。
ここは巨大赤ちゃん研究会としても守りたい一線である。
8. 結論――彼は「本物の巨大赤ちゃん」なのか
生物学的には、もちろん違う。
相撲協会公式データ上、24歳の成人男性であり、東関脇である。
しかし、知覚の比喩としては異様に完成度が高い。
巨大な身体 × ベビーフェイスとして処理されうる顔特徴 × 笑顔による赤ちゃん顔らしさの増幅 × 公の場で確認できる「かわいい」反応。
これらが同時に乗るため、「でかい赤ちゃん」という一般的な悪口・比喩とは別物になっている。
普通の「でかい赤ちゃん」は行動が幼い大人への比喩だ。
熱海富士の場合、少なくともこの話題では行動批判ではない。
見た目のスケールまで本当にでかい。
したがって最終判定はこうなる。
生物学的には赤ちゃんではない。だが「巨大な赤ちゃん」という比喩としては、異常に完成度が高い。
顔認識システムは壊れていない。
たぶん仕様である。

