高級中華バイキングで、なぜか大人が幼児料金になった日 — 寝坊30分、満腹30分、デザートは他人の会話から発見
1. 寝坊した。だが、バイキングは待っていた
休日の昼、高級中華のバイキングを予約していた。
そして、寝坊した。
しかも微妙に笑えない30分。完全に終わったと思ったが、店に着いてみると普通に入れた。90分制のうち30分を失っているので、本来なら「残り60分しかない!」と焦る場面である。
しかし、バイキングには重大な事実がある。
人間は90分も食べ続けられない。
少なくとも私は無理である。
入店できた時点で、もうかなり勝っていた。
2. 料理が普通にめちゃくちゃうまい
寝坊のダメージを忘れさせたのは料理だった。
中華バイキングというと、種類の多さで殴ってくる店もある。しかし今回は「数を並べました」ではなく、ちゃんとうまい。炒め物、点心、主食、甘味。取りに行くたびに「これも当たりか」となる。
結果、30分遅れたことへの反省は急速に薄れた。
人間、うまいものを食うと反省会を中止する。
「寝坊したなあ」より「これうまっ」のほうが脳内占有率で勝つ。
そして、この時点ではまだ知らなかった。
この日の主役は料理ではない。
伝票である。
3. 伝票を見たら、私は幼児になっていた
料金欄を見て、異変に気づいた。
大人料金はおよそ2,500円。
幼児料金はおよそ1,000円。
そして私の伝票には、なぜか幼児側の料金が表示されている。
成人である。
どう見ても成人である。
それなのに会計システム上では、突然の幼児化。
ここで脳内にひとつの結論が生まれた。
1,500円安くなるなら、喜んでおぎゃになる。
もちろん、入力ミスだと分かっていながら差額を黙って得ようという話ではない。最終的にはレジで店側が確定した金額に従えばいい。
ただし、伝票上で「幼児」と認定された瞬間の破壊力は別問題である。
大人として店に入り、中華を食べ、会計だけ乳幼児。
人生にはたまに、設定ファイルだけ壊れる日がある。
4. 周囲を見たら、おばあちゃんしかいない
さらに店内を見回す。
体感として、客の大半がおばあちゃんである。
平日の昼。時間に余裕がある。ゆっくり食べられる。中華もうまい。そりゃ強い。
そこで新しい理屈が完成した。
この空間では、私は相対的に幼児なのではないか。
年齢とは絶対値ではなかった。
周囲が全員ずっと年上なら、自分は若手。
若手を極限まで拡大解釈すると幼児。
幼児なら1,000円。
数学としては完全に崩壊しているが、バイキングの現場では妙な説得力がある。
「まあ若い子ねえ」の一歩先が「幼児ですね」だっただけなのかもしれない。
5. 1,000円なら喜んで「おぎゃ」になる経済合理性
ここであらためて考える。
高級中華バイキングが2,500円でも、料理が本当にうまければ十分に満足できる。
それが1,000円ならどうなるか。
通う。
もう「お得」ではない。生活インフラ候補である。
ランチ一食1,000円で、炒め物も点心も主食も甘味も選べる。しかも味がいい。そんな価格が常設なら、昼食の意思決定がかなり破壊される。
「今日は何食べようかな」
ではない。
「今日も中華でよくない?」
になる。
だから人は1,500円の差を前にすると、尊厳の一部を自主返納できる。
成人料金2,500円。
幼児料金1,000円。
差額1,500円。
おぎゃ。
資本主義に負けたのではない。
コストパフォーマンスに忠実なだけである。
6. 90分制なのに、30分で満腹になった
ところが、料金問題とは別に、胃袋は非常に現実的だった。
90分制。
30分遅刻。
残り60分。
しかし入店から30分ほどで、もう腹いっぱい。
つまり、仮に寝坊していなくても60分余っていた可能性が高い。
ここで判明する。
損した30分、たぶんほぼ使わない。
バイキングに行くと「90分ある」と聞いて安心するが、実際に90分食べ続けられるわけではない。むしろ最初の20〜30分で主戦力を一気に投入し、胃が突然「本日の営業は終了しました」とシャッターを下ろす。
時間制限より先に胃袋制限が来る。
バイキングにおける本当のタイマーは時計ではない。
胃である。
7. 子どもの一言から、コーヒーゼリーを検知する
満腹になり、「もう終わりかな」と思っていたところで、近くの子どもの声が聞こえた。
「コーヒーゼリーある!」
その瞬間、こちらの探索能力が復活した。
コーヒーゼリー。
その情報は聞いていない。
私はすでにメイン料理を十分に食べ、胃もほぼ閉店していた。しかし「未発見のデザート」という単語だけは別系統で処理される。
声の方向から場所を推定。
デザートエリア再探索。
コーヒーゼリー検知。
バイキングでは、他人の会話が攻略情報になる。
「あっちに肉あるよ」
「プリンあった」
「これ辛い」
「コーヒーゼリーある!」
全部、無料の現地情報である。
自分で全部の皿を確認するより、周囲の発見ログを拾ったほうが速い。
満腹でも、情報戦は終わらない。
8. 結論:バイキングは、食事よりイベントが多い
この日の出来事を整理すると、こうなる。
30分寝坊した。
でも入れた。
料理はめちゃくちゃうまかった。
伝票ではなぜか幼児だった。
周囲は体感ほぼおばあちゃんだった。
90分制なのに30分で満腹になった。
そして最後は、近くの子どもの一言からコーヒーゼリーを発見した。
食事をしに行っただけなのに、妙にイベント数が多い。
高級中華を食べた満足感より、
「成人なのに幼児料金表示だった」
という情報のほうが記憶に強く残る可能性すらある。
結局、バイキングの面白さは「何皿食べたか」だけではない。
寝坊からの復帰。
謎の料金区分。
客層との相対年齢。
胃袋の早期閉店。
他人の会話から始まるデザート探索。
全部込みで一食である。
そして次に同じ店へ行ったとき、私はたぶん最初に伝票を見る。
また幼児になっていたらどうするか。
そのときは、静かにこう思う。
おぎゃ。
