「直属の部下が3年で3人辞めたら管理職はスリーアウト」みたいな話を見かける。
気持ちは分かる。でも、そのルールはそのままだと雑すぎる。
20人の部署から3年間で3人辞めるのと、3人しかいない部署から3人全員辞めるのは、同じ「3人退職」でも別の生物である。
そして、さらに面白いケースがある。
3人いた。3人辞めた。2人補充した。半年後、そのうち1人も辞めた。
ここまで来ると見るべきものは、退職届に書かれた美しい文章ではない。
人が残らないという時系列そのものである。
1. 「4人辞めた」では情報を捨てすぎている
このケースを単に「退職者4人」と集計すると、重要な構造が消える。
最初の3人は3人ともいなくなった。つまり初期コホートの残存率は0%。
その後に2人入れたが、半年で1人離脱した。新しく入った人まで早期に定着していない。
これは、
3 → 0 → 2 → 1
という時系列で見るべきデータだ。
工場で同じ工程から製品が連続して落ちているのに、「落ちた製品は合計4個でした」で会議を終えるようなものだ。
必要なのは合計ではなく、どこで、いつ、誰の下で、どのくらいの速度で落ちているかである。
2. 「3年で3人」は、母数なしではほぼ意味がない
平均在籍人数を使って雑に人年で考えると分かりやすい。
3年間で3人辞めたとして、
- 平均5人の部署なら 3 ÷ 15人年 = 年20%
- 平均10人なら 3 ÷ 30人年 = 年10%
- 平均20人なら 3 ÷ 60人年 = 年5%
になる。
同じ「3人」なのに、景色がまるで違う。
だから「3人辞めたら管理職交代」という絶対数ルールは、人事分析というより野球のスリーアウトを会社へ輸入しただけになりやすい。
見るなら人数ではなく、率・期間・集中・再発だ。
3. 小人数チームでは、率より「連続性」が効いてくる
ただし、小さい部署は率も暴れやすい。
3人部署で1人辞めれば33%。2人辞めれば67%。だから「33%だから異常」とだけ言っても弱い。
そこで強くなるのが時系列だ。
最初のメンバーが全滅した。
補充した。
補充した人も短期間で辞めた。
この「補充しても再発」が重要である。
最初の3人については「たまたま転職期が重なった」と説明できるかもしれない。
しかし、その後に入った人まで半年程度で離脱すると、少なくとも採用だけでは直っていない何かが残っている可能性が上がる。
原因は上司とは限らない。
仕事内容、過重労働、賃金、配置、教育不足、採用ミスマッチ、部署の将来性、チーム文化でも起きる。
だから結論は「管理職有罪」ではない。
「原因調査を始めるには十分」である。
4. 退職理由の欄は、ログではなく自己申告である
ここで会社がやりがちなことがある。
Aさん「キャリアアップです」 Bさん「家庭事情です」 Cさん「別の仕事に挑戦します」 Dさん「一身上の都合です」
人事「なるほど。全員理由が違う。偶然ですね」
いや、その推論は速すぎる。
2025年のJournal of Vocational Behaviorの研究では、退職理由は一人一個ではなく、平均3〜4個程度が選ばれていた。さらに、退職時に上司や会社へ説明した「本当の理由」の割合は平均73%だったと自己申告されている。
上司との問題があった人では、その開示率は64%。上司問題がなかった人では78%だった。
つまり、「キャリアアップ」は本当かもしれない。
でも同時に「この上司の下から離れたい」も本当かもしれない。
理由は排他的ではない。
退職届の一行を見て「上司要因なし」と判定するのは、防犯カメラを止めて犯人のアンケートだけ読むようなものだ。
5. とはいえ「人は上司を辞める」も万能フレーズではない
逆方向の雑さにも注意が必要だ。
「人は会社ではなく上司を辞める」は気持ちいいコピーだが、研究ではもっと複雑である。
2025年の同研究では、仕事量によるストレス、より良い昇進・成長機会、上司問題などが重要だった。しかも理由は組み合わせで起きる。
だから、
「4人辞めた。上司が犯人だ」
も早すぎる。
正しくは、
「同じ管理単位で離職が連続し、新しく入れた人も定着していない。上司要因を含む共通原因がないか確認しよう」
である。
犯人探しではなく、工程異常の解析だ。
6. 全国平均と比べるとどう見えるか
厚生労働省の2025年雇用動向調査では、一般労働者の年間離職率は11.4%。
製造業の一般労働者では9.2%。
また、「個人的理由」による離職率は10.2%だった。
ただし、これを3人部署にそのまま貼って「11.4%を超えたから異常」とするのも間違いだ。
全国統計は会社規模、職種、年齢、地域、景気、採用構成などが混ざった大きな平均だからである。
小規模チームでは、全国平均より先に社内の似た部署との比較を見る方が強い。
同じ工場、同じ職種、同じ採用層で、A課だけ人が消え続けるなら、その差はかなり情報量を持つ。
7. 人事が見るべきは「退職理由」よりダッシュボード
まともに調べるなら、最低でも次を見る。
- 管理職別の自己都合離職率を12か月・24か月で見る
- 採用後6か月・12か月の定着率を見る
- 異動希望、休職、欠勤、有休消化、残業の集中を見る
- 退職理由を一択ではなく複数要因で記録する
- 上司本人ではなく、HRや匿名調査など別経路でも聞く
- 同職種・同拠点・同年代の部署と比較する
- 管理職が変わった前後でパターンが変わるか見る
- 辞めた人だけでなく、残っている人にも「何が残る理由か」を聞く
ここまでやれば、退職届の「一身上の都合」が万能消しゴムになることはない。
8. 「うん?」から「調査しよう」に変わるライン
万能な人数基準はない。
ただ、次が重なるほどシグナルは強くなる。
- 初期メンバーがほぼ全員いなくなる
- 補充した人も6〜12か月程度で離脱する
- 同じ管理職の下に離職が集中する
- 同じ会社の似た部署では同じ現象が起きていない
- 異動希望、欠勤、休職、残業悪化なども一緒に出る
- 匿名ルートで似たテーマが複数人から出る
- 管理職交代や配置変更の後に定着が改善する
特に3人中3人が離脱し、補充2人のうち1人も半年で離脱という並びなら、処分を自動決定する材料ではないが、何も調べない方が不思議なレベルには入る。
9. やってはいけない五つ
第一に、退職人数だけで管理職を即処分しない。
第二に、退職届の表向き理由だけで無罪判定もしない。
第三に、全国平均だけで小チームを裁かない。
第四に、退職者だけを調べて残存者を見ない。
第五に、「統計的有意差が出るまで待とう」と言って部署が更地になるまで待たない。
小さいチームでは、厳密な有意差より再発する運用パターンの方が先に役立つことがある。
10. 結論:退職理由はメモ、離職パターンはログ
退職理由は重要だ。
でも、それは一人の人が一つの場面で出した説明である。
一方、
3人いた → 3人辞めた → 2人入れた → 半年後1人辞めた
は、組織そのものが吐いたログだ。
ログを無視してメモだけ読むと、会社は毎回こう言える。
「今回は家庭事情でした」 「今回はキャリアアップでした」 「今回は本人都合でした」
そして気づいたら、人だけが永遠に入れ替わっている。
必要なのは「三人辞めたらスリーアウト」という雑な処刑ルールではない。
同じ場所で人が連続して消えたら、理由のラベルではなく構造を調べる。
それだけである。
