1. 「会社に残業させられている」とは限らない
長時間労働を見ると、まず会社側の強制を疑いたくなる。しかし、現実には少し違うケースもある。たとえば、小売の生鮮部門で複数の社員がほぼ同じ量の仕事を分担しており、ほかの人は時間内に帰るのに、一人だけ「自分は仕事が遅い」と感じて残り続ける。店長や同僚から「もう帰れ」と言われ、友人からも「転職した方がいい」と言われても、本人は残る。しかも実際の退勤時刻を勤怠に正しく残していない。
この場合、問題は一つではない。本人の心理、仕事の設計、勤怠管理、会社の黙認、転職への抵抗が重なっている。したがって「ブラック企業だから」で終わらせても、「本人が好きで残っているだけ」で終わらせても不十分である。
2. 中心にあるのは「自分の遅さを自分の時間で補填する」発想
本人が「他の人は終わっている。自分だけ遅い」と考えると、残業は会社の問題ではなく、自分の能力不足を補う行為に変わる。
典型的な内的ロジックはこうなる。
自分は遅い → 同じ時間で帰るのは申し訳ない → 残業代を申告するのも申し訳ない → 自分の時間で埋める → とにかく終わらせれば安心する。
これは単なる勤勉さとは違う。完璧主義、成果に依存した自己評価、反芻などは、過剰な仕事投入やwork addictionと関連することがメタ分析や大規模研究で報告されている[6]。ただし、個別の人を会話だけで「仕事依存症」と診断することはできない。重要なのは、仕事が遅いという自己評価と、無償で時間を追加する行動が結びついているかを見ることである。
3. 「既知の苦痛」が「未知の変化」より楽になる
外から見ると、毎日長時間働く方が、退職手続きや転職活動より圧倒的に大変に見える。しかし本人の心理では逆転することがある。
- 今の仕事はしんどいが、内容は知っている。
- 転職は面接、退職手続き、新しい人間関係、新しい仕事を覚える必要がある。
- 「自分は転職できない」という自己評価がある。
- 何もしなければ、とりあえず明日も同じ場所へ行ける。
これは現状維持バイアスで説明できる部分がある。SamuelsonとZeckhauserの研究では、人は選択肢の中に「現状」があると、それを不釣り合いに選びやすいことが示された[4]。
さらに組織行動論にはjob embeddedness(職務への埋め込まれ)という概念がある。人が残る理由は満足度だけではなく、人間関係とのつながり、現在の環境との適合、離れた時に失うものにも左右される[5]。つまり「好きだから残る」以外にも、「動く方が心理的に重いから残る」が存在する。
4. 「帰れ」と言われても、勤怠管理の問題は消えない
ここは本人の心理と労務管理を分ける必要がある。
日本の厚生労働省のガイドラインでは、労働時間は契約書上の表記だけでなく、使用者の指揮命令下に置かれていたかで客観的に判断され、明示または黙示の指示で業務に従事している時間は労働時間に当たり得る[2]。使用者には始業・終業時刻を確認・記録する責務があり、自己申告と入退場記録やPC使用記録などに大きな乖離があれば実態調査と補正が求められる[2]。
一方で、上司が明確に仕事を止めるよう指示し、本人がその指示に反して完全に自発的に残っているなら、「残っていた時間がすべて当然に会社の残業になる」とも断定できない。結局は、会社が業務継続を知っていたか、成果を受け取っていたか、実質的に仕事を続けざるを得なかったか、残業を止める措置が実効的だったかなど、具体的事情が重要になる。
5. 年収は「残業で作る」より「ベースを上げる」方が強い
長時間労働の話から、もう一つ重要な論点が出てくる。それが残業で年収を増やすか、基本給・所定内賃金の高い仕事を狙うかである。
下表は説明用の単純モデルである。年収400万円と650万円をすべて月例賃金相当とみなし、月160時間、時間外60時間までは25%増、60時間超は50%増として計算した。賞与、各種手当、休日労働、深夜割増などは考慮していないため、実際の給与計算とは一致しない。
| 月残業 | 年間残業 | 年収400万円モデル | 年収650万円モデル |
|---|---|---|---|
| 0h | 0h | 400万円 | 650万円 |
| 10h | 120h | 約431万円 | 約701万円 |
| 20h | 240h | 約463万円 | 約752万円 |
| 40h | 480h | 約525万円 | 約853万円 |
| 60h | 720h | 約588万円 | 約955万円 |
| 80h | 960h | 約663万円 | 約1,077万円 |
| 100h | 1,200h | 約738万円 | 約1,198万円 |
このモデルで最も重要なのは、400万円+月80時間残業が、650万円+ほぼ残業なしと近いことだ。年間960時間を追加で売って、ようやく固定給の差を埋める。したがって、長期的な年収設計では「残業可能な会社」を探すより、基本給、職能給、等級レンジ、賞与制度、昇給余地を上げる方が時間効率は高い。
6. 月100時間は「稼ぎ方」ではなく、制度上も健康上も異常値
日本では時間外労働は原則として月45時間・年360時間が上限で、特別条項があっても年720時間以内、休日労働を含む複数月平均80時間以内、単月100時間未満などの上限がある[1]。したがって、月100時間を毎月続けるという設計自体が一般的な労働者の制度として成立しない。
健康面でも、WHOとILOの共同推計では、週55時間以上の長時間労働は35〜40時間勤務と比べて虚血性心疾患と脳卒中のリスク上昇と関連し、2016年には世界で約74.5万人の死亡が長時間労働に起因すると推計された[3]。だから「命を削って年収を作る」という表現は、単なる比喩として片付けにくい。
7. 周囲ができるのは「選択肢を渡す」まで
本人に「定時で帰ればいい」「転職すればいい」と伝えても響かないことはある。その時、周囲が何度も説得し続けると、本人の人生の問題をこちらが背負い始める。
合理的な境界線は、情報と選択肢は渡すが、決定は本人に返すことである。
「帰っても大丈夫」「転職という選択肢もある」「実際の労働時間は正しく記録した方がいい」と伝えた。それでも残るなら、少なくとも当面は本人の選択である。将来本人が「変えたい」と言った時に再び手伝えばよい。
8. 記事1の結論
自主残業を続ける人を見る時は、会社か本人かの二択にしない方がいい。そこには、自己補償、完璧主義、現状維持バイアス、職場への埋め込まれ、勤怠管理、会社の黙認、転職への自己効力感が重なり得る。
そして収入面では、長時間残業で年収を作るより、高いベース賃金を取りに行く方が、時間・健康・将来の残業単価まで含めて強い。長時間残業は、収入を増やす手段というより、まず生活時間を消費する仕組みとして評価すべきである。
