情報独占、忙しい免罪符、下が育たない問題をどう見るか
先に結論
職歴が長い人が悪い、という話ではない。
長く働いてきた人には、過去の経緯、例外処理、暗黙ルール、人間関係、現場の勘所がある。
それ自体は大きな資産である。
ただし、その知識が本人の頭の中にだけ残り続けると、資産はやがてボトルネックになる。
その人を通らないと進まない。
その人に聞かないと判断できない。
でも、その人はいつも忙しい。
聞きにくい。
勝手に進めると止められる。
結果、周囲は動けなくなる。
そして最後には、こう言われる。
「下が育たない」
「若手に主体性がない」
「自分ばかり忙しい」
「自分がいないと回らない」
でも本当に見るべきなのは、人の能力ではなく構造である。
下が育たないのではなく、育つための情報と安全が渡されていない。
ベテランが忙しいのではなく、ベテランを通らないと進まない設計になっている。
主体性がないのではなく、主体性を出すと危ない環境になっている。
この構造を見ないまま教育だけ増やしても、根本は変わらない。
職歴が長いことと、構造が見えていることは別
職歴が長いことには価値がある。
長くいる人は、過去の失敗を知っている。
なぜ今のルールになったのかを知っている。
この部署では誰に確認すべきかを知っている。
どの例外は危ないかを知っている。
誰が何を嫌がるかも知っている。
だから、社内では強い。
ただし、職歴が長いことと、構造が見えていることは同じではない。
長くいる人は、社内ローカルの経験には強い。
でも、その経験を構造化できるとは限らない。
本当に必要なのは、経験を他人が使える形に変えることだ。
たとえば、
- 手順書にする
- 判断基準にする
- よくある質問にする
- 例外処理表にする
- 教育資料にする
- 若手が判断してよい範囲を決める
- 自分を通さなくても進む流れにする
ここまでできて初めて、長い経験は組織の資産になる。
逆に、長い経験が本人の中に閉じているだけなら、それは資産であると同時に、組織の詰まりにもなる。
情報を持っている人が、自然に強くなる
職場では、情報を持っている人が強い。
役職が高いから強い場合もある。
でも、それ以上に強いのは、誰も知らない情報を持っている人である。
過去の経緯を知っている。
例外処理を知っている。
昔の判断を知っている。
誰に話を通すべきか知っている。
何をすると怒られるか知っている。
これを持っている人は、自然に影響力を持つ。
周りはその人に聞く。
その人の確認を待つ。
その人が首を縦に振らないと進められない。
ここで情報が共有されればよい。
しかし、共有されないと、その人がボトルネックになる。
本人に悪意がなくてもそうなる。
聞かれたら答える。
でも資料にはしない。
その場その場で判断する。
でも判断基準は残さない。
若手に任せたいと言う。
でも任せる範囲は明文化しない。
こうして、職場はその人を通る設計になっていく。
「忙しい」が免罪符になる
この構造でよく出てくる言葉がある。
「忙しい」
忙しいから共有できない。
忙しいから手順化できない。
忙しいから教育できない。
忙しいから質問されても困る。
忙しいから若手が自分で考えてほしい。
気持ちは分かる。
本当に忙しいのだと思う。
ただし、構造としては危ない。
情報を共有しないから、毎回聞かれる。
判断基準を渡さないから、毎回確認が必要になる。
自分を通さないと進まないから、仕事が集まる。
仕事が集まるから忙しい。
忙しいから共有できない。
そしてまた、自分に仕事が集まる。
この循環が続くと、本人はますます忙しくなり、周囲はますます動けなくなる。
つまり、
忙しいから標準化できない
のではなく、
標準化しないから永遠に忙しい
という状態になる。
これは本人もつらい。
周囲もつらい。
組織としてもつらい。
自分を通らないと進まない状態は、本人の価値にも見える
ボトルネック化した人は、社内で重要人物に見える。
あの人に聞かないと分からない。
あの人がいないと進まない。
あの人しか判断できない。
あの人がいないと品質が落ちる。
これは一見、価値である。
しかし、組織としては危険である。
なぜなら、その人が休めないからだ。
その人が辞められないからだ。
その人が燃え尽きるからだ。
そして、その人以外が育たないからだ。
本人もだんだんこう思う。
自分がいないと回らない。
下ができないから自分が見るしかない。
若手に任せると危ない。
自分が抱えないと品質が落ちる。
この感覚は、半分は事実かもしれない。
でも、その事実を作っているのは、本人の能力だけではなく、情報を渡さない構造でもある。
「下が育たない」は表面現象である
よくある言葉に、「下が育たない」がある。
たしかに、表面だけ見るとそう見える。
若手が動かない。
自分から聞きに来ない。
判断しない。
主体性がない。
パソコンの前で固まっている。
他人とあまり話さない。
でも、その状態だけを見て「能力がない」と判断するのは早い。
その人は、別の環境では努力できるかもしれない。
目標が明確なら動けるかもしれない。
安全に練習できる場所なら伸びるかもしれない。
基準が見えていれば成果を出せるかもしれない。
職場で動かない理由は、能力不足ではなく防衛かもしれない。
動いたら怒られる。
聞いたら詰められる。
余計なことをすると飛び火する。
勝手に進めると後出しで否定される。
上の圧が飛んでいるのを見ている。
なら、静かにしている方が安全。
こうなると、人は主体性を閉じる。
つまり、
主体性がないから動かない
のではなく、
主体性を出すと危ないから動かない
という場合がある。
これを見ずに「下が育たない」で止めるのは、表面分析である。
上司圧、情報独占、防衛反応がつながる
職場の問題は、単体では起きない。
上が圧を飛ばす。
ベテランが情報を抱える。
中間層が確認待ちと板挟みで燃える。
若手は防衛で固まる。
それを見て「下が育たない」と言う。
すると、また上は教育や研修を増やす。
しかし、教育を増やしても、出力条件が壊れているなら人は動かない。
必要なのは、もっと根本の設計である。
- どこまで自分で判断してよいか
- どこから相談すべきか
- 何を基準に判断するか
- 失敗した時にどう修正するか
- 誰が最終判断するか
- その仕事は誰の責任か
- 情報はどこに残すか
- 例外はどう扱うか
これがないまま「主体性を出せ」と言っても、人は動けない。
本当に強いベテランは、自分がいなくても回るようにする
職歴が長い人の本当の強さは、自分が知っていることではない。
自分が知っていることを、他人が使える形に変換できることだ。
本当に強いベテランは、自分を通らなくても仕事が回る状態を作る。
- 判断基準を残す
- よくある質問を残す
- 例外処理を残す
- 若手に任せる範囲を決める
- 失敗しても戻れる設計にする
- 自分の確認が必要な案件を減らす
- 自分がいなくても進む流れを作る
これは、自分の価値を下げることではない。
むしろ、自分の知識が組織の資産になるということだ。
逆に、自分を通らないと進まない状態を維持する人は、短期的には重要人物に見える。
しかし、長期的には組織の成長を止める。
そして最終的には、自分自身も燃え尽きる。
情報を渡さない人ほど「下が育たない」と言いやすい
皮肉なことに、情報を渡さない人ほど「下が育たない」と言いやすい。
判断基準を渡していない。
手順を渡していない。
過去の経緯を渡していない。
失敗してもよい範囲を渡していない。
でも、若手には自分で考えろと言う。
これはかなり難しい。
若手からすると、何をどこまで考えればよいのか分からない。
考えて動いた結果、後から違うと言われるかもしれない。
だから、動かない方が安全になる。
すると上は言う。
「主体性がない」
「自分で考えない」
「下が育たない」
しかし、原因の一部は、情報を渡していない側にもある。
育たないのではなく、育つための足場がないのである。
会社がやるべきこと
この問題を解くには、個人の根性ではなく、仕組みが必要である。
まず、属人化している仕事を見える化する。
誰に聞かないと進まないのか。
どの判断が特定の人に集中しているのか。
どの仕事が資料化されていないのか。
どの例外処理が暗黙知になっているのか。
次に、判断基準を言語化する。
何を見て判断するのか。
どこまでなら担当者が決めてよいのか。
どこから上長確認なのか。
例外はどう扱うのか。
さらに、若手が失敗しても戻れる設計にする。
最初から完璧に任せるのではなく、小さく任せる。
正解基準を明確にする。
できたらすぐフィードバックする。
失敗しても人格否定しない。
相談しやすい状態を作る。
最後に、ベテランの価値を「抱えること」ではなく「渡すこと」で評価する。
自分だけができる状態を維持する人ではなく、
他の人もできる状態を作る人を評価する。
これがないと、属人化はなくならない。
個人としての立ち回り
この構造が見えていても、個人が全部背負う必要はない。
見える人ほど、直せる。
直せる人ほど、任される。
任される人ほど、燃える。
だから、立ち回りは慎重でいい。
- 悪口には乗らない
- できない人扱いに乗らない
- ただし救助隊にはならない
- 事実だけ渡す
- 判断責任は担当ラインに返す
- 見えた構造は記録する
- 自分の転職・異動・職場選びに使う
見えていることと、背負うことは別である。
特に、すでに燃え始めている職場では、構造を直す人がまた燃える。
だから、今は観察ログとして持っておく方がよい。
この構造を見抜ける人は、職場選びで強い
この問題を見抜けると、転職先を見る目が変わる。
求人票で見るべきなのは、給与や職種名だけではない。
- 職務範囲は明確か
- 判断権限はあるか
- 優先順位を決める人はいるか
- 情報共有の仕組みはあるか
- 属人化を減らす文化はあるか
- 手順化や標準化は評価されるか
- 若手が質問しても安全か
- ベテランが情報を抱え込んでいないか
- 忙しい人に全てが集まる構造ではないか
ここを見るべきである。
「自走できる人」
「カオスを楽しめる人」
「何でもやれる人」
この言葉が出てきた時は、注意した方がいい。
それは、整理する権限があるカオスなのか。
それとも、ただ吸わされるカオスなのか。
ここを確認する必要がある。
まとめ
職歴が長い人は、確かに強い。
でも、職歴が長いことと、組織を良くすることは同じではない。
長く持っている知識を、他人が使える形に変換できるなら、その人は本当に強い。
しかし、その知識を抱えたまま自分を通らないと進まない状態にしているなら、その人は組織のボトルネックにもなる。
そして、ボトルネック化した人は、最後には本人も燃え尽きる。
「下が育たない」
「若手に主体性がない」
「自分ばかり忙しい」
これらは、表面現象かもしれない。
本当に見るべきなのは、
- 情報が渡されているか
- 判断基準があるか
- 失敗しても戻れるか
- 圧で主体性を殺していないか
- ベテランが自分を通さないと進まない構造になっていないか
- 忙しいことを理由に標準化を先送りしていないか
である。
人が育たないのではない。
育つための設計がないのかもしれない。
忙しい人が悪いのではない。
忙しさを再生産する構造があるのかもしれない。
職歴が長い人が偉いのではない。
長く得た知識を、他人が使える形にできる人が強いのである。
