なぜ恋愛は「好きな人」か「好きでいてくれる人」の二択に見えるのか――相思相愛を消した瞬間、武田鉄矢が走ってくる

「好きな人と付き合うのか。好きでいてくれる人と付き合うのか。恋愛って二者択一だな。」

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「好きな人と付き合うのか。好きでいてくれる人と付き合うのか。恋愛って二者択一だな。」

深そうである。人生の箴言っぽい。ところが一言で盤面がひっくり返る。

「なんで片思いしか選択肢がないの?」

そうなのだ。この二択、いちばん普通に欲しい「自分も好き、相手も好き」を開始3秒で消している。遠くでは「人というのは……」と武田鉄矢がアップを始めていそうである。

研究ベースで見ても、恋愛は「自分が好きな相手」対「自分を好きな相手」という一本の軸ではない。初期の恋愛感情には、自分がそもそも人を好きになりやすいか、相手が一般に好かれやすいか、そして“この二人だから”生まれる固有の相性が重なる。

元の二択は完全な間違いではない。ただし、相互好意がまだ成立していない局面だけを切り取り、恋愛全体の構造に見せている。

1. その二択、最初から一マス消してない?

二方向に分けるだけで最低4状態ある。

相手→自分:好き 相手→自分:そうでもない
自分→相手:好き 相思相愛 自分の片思い
自分→相手:そうでもない 好かれているだけ 双方とも未成立

「好きな人を選ぶ」は右上、「好きでいてくれる人を選ぶ」は左下の話になりやすい。しかし左上には最初から相思相愛がいる。

これは「ラーメンかカレーか」ではなく、双方向道路を地図から消してから“どっちの一方通行を走る?”と聞いているようなものだ。

相思相愛は第三の裏技でもDLCでもない。最初から本編に入っている。

2. 研究でも「人気ランキング一本」で恋愛は説明できない

2022年にPNASへ掲載された研究は、3つのスピードデーティング研究、559人、6,600回超のデート、その後の6,100件超の追跡報告を統合した。初期の恋愛欲求を主に次の3成分へ分けている。

  • Actor effect:その人自身が、全体として他人をどれくらい好きになりやすいか。
  • Partner effect:その相手が、全体としてどれくらい多くの人から好かれやすいか。
  • Relationship effect:一般的人気や本人の惚れやすさを差し引いても残る、「自分はこの相手を特別に好き」という二者固有の成分。

後の恋愛感情、連絡、実際のデートを特によく予測したのはpartner effectとrelationship effectだった。

つまり、「みんなに好かれる人」と「なぜか自分には刺さる人」は別の変数である。

2009年の実地スピードデーティング研究でも、actor、partner、二者固有のrelationshipの各成分が確認され、好意の返報性にも一定の支持があった。

3. 「好かれたら好きになる」は自動インストールではない

「じゃあ好きでいてくれる人を好きになれば解決」と言いたくなるが、人間の心に

[好かれました]→[恋愛感情をインストール]

ボタンはない。

好意の返報性はある。しかし「相手が誰にでも好意的」なのと、「自分を相対的に特別に好いている」のは同じ情報ではない。

だから好かれることが恋愛感情を育てる材料にはなっても、任意に恋心を生成するコマンドにはならない。

4. なぜ二本の矢印はこんなにすれ違うのか

相思相愛には、

自分 → A と A → 自分

の二本が同じ相手で交差する必要がある。片思いなら一本で成立する。相互選択は条件が一つ増える。

さらに2018年のオンラインデーティング研究では、米国4都市の異性愛ユーザーについて、男女とも平均すると自分より約25%高い「desirability」の相手へメッセージを送っていた。魅力度ギャップが大きいほど返信率は下がった。

もちろん特定サービス・時期・米国4都市・異性愛市場の結果であり、「人類は全員25%上を狙う」という法則ではない。

それでも構造は分かる。多くの人が少し“上”へ矢印を飛ばせば、自分が好きな人と自分を好きな人は別人になりやすい。

片思いが多いのは相思相愛が存在しないからではなく、双方向マッチングには二本の選択が一致する必要があるからだ。

5. 「自分を好きな人」を選ぶのが合理的に感じる理由

強く惹かれる相手を追うより、こちらへの好意が見えている相手を選ぶ方が心理的に安全に感じることはある。

2013年の一連の研究では、独身になることへの恐怖が強いほど、反応性や魅力が低い相手にも恋愛的関心を示しやすく、スピードデーティングでは相手選びの選択性が低かった。

ただし、ここから「自分を好きな人を選ぶ人=妥協」とは言えない。安心感、尊重、生活の相性、関係を育てる意欲を重視して相手に徐々に惹かれることもある。

なお2013年論文には2018年、Study 3の尺度記述について訂正が出ている。主要結論全体を撤回する訂正ではないが、研究を使うなら一緒に置くのがフェアだ。

6. 元の二択が「当たる場面」と「外す場面」

相思相愛が未確認なら、

  • 自分の強い感情を優先して追うか
  • 相手からの好意や安心感を重視して可能性を育てるか

というトレードオフは確かにある。恋愛感情が初日から完全に同じ強さである必要もなく、一方の好意から始まって相互的になる関係もある。

だから元の二択が説明しているのは、恋愛そのものではなく、相互性が未成立・未確認の局面での意思決定である。

そして外している最大の点は、恋愛を「私は誰を選ぶか」という一人の意思決定にしていることだ。現実には同時に「相手も誰を選ぶか」が走り、さらに二者固有の相性がある。

より正確には、

自分が好きになれる相手を探す
+ 自分を好きになれる相手を探す
+ その二つが同じ人になる可能性を探す

となる。

7. 「好きじゃないけど、好かれているから付き合う」はフェアか

ここは倫理的にも大事だ。

相手の好意は、相手の選好についての情報であって、こちらに恋愛感情を返す義務を発生させるものではない。

ただし、

  • 現時点で猛烈には好きではないが、もっと知りたい
  • 恋愛対象として見られず、今後も関心がない

は別物である。

前者なら関係を試す余地がある。後者なのに相手の好意だけを安全装置として使うなら、相手の時間や期待を消費する可能性がある。

重要なのは最初から「100対100」であることではなく、双方に関係を育てたい意思があり、それを誤魔化していないことだ。

8. 結論:相思相愛を消してから哲学を始めるな

研究を踏まえると、元の問いはこう直すと精度が上がる。

相思相愛がまだ成立していないとき、自分が強く惹かれる相手を追うか、自分を好いてくれる相手との可能性を育てるか。

これなら本当に考える価値がある。

しかし「好きな人か、好きでいてくれる人か。恋愛とは二者択一」とまで言うと、

「いや、双方が好きな場合どこ行った?」

となる。

片思いもある。好意の返報性もある。一般的人気もある。二者固有の相性もある。少し高望みして矢印がすれ違うこともある。不確実性を避けて、こちらを好いてくれる相手へ向かうこともある。

全部ある。

相思相愛はDLCではない。最初から本編に入っている。

そして本編からそれを削除した瞬間、遠くで武田鉄矢が走り始める。

9. 限界と参考文献

ここで挙げた研究にはスピードデーティングやオンラインデーティングが多く、米国・西洋圏、特定年齢層、異性愛中心の標本も含まれる。2022年研究には男性同士を対象にした標本もあるが、文化・性的指向・年齢・交際段階を越えてすべて同じとは言えない。観察データから強い因果を断定することもできない。

言えるのは、「好きな人 vs. 好いてくれる人」の一軸二択だけで恋愛全体を説明するには、情報を落としすぎるというところまでである。

  1. Eastwick, P. W., et al. (2022). Initial impressions of compatibility and mate value predict later dating and romantic interest. PNAS, 119(45), e2206925119. https://doi.org/10.1073/pnas.2206925119
  2. Luo, S., & Zhang, G. (2009). What leads to romantic attraction: similarity, reciprocity, security, or beauty? Evidence from a speed-dating study. Journal of Personality, 77(4), 933–964. https://doi.org/10.1111/j.1467-6494.2009.00570.x
  3. Bruch, E. E., & Newman, M. E. J. (2018). Aspirational pursuit of mates in online dating markets. Science Advances, 4(8), eaap9815. https://doi.org/10.1126/sciadv.aap9815
  4. Spielmann, S. S., et al. (2013). Settling for less out of fear of being single. Journal of Personality and Social Psychology, 105(6), 1049–1073. https://doi.org/10.1037/a0034628
  5. Spielmann, S. S., et al. (2018). Correction to “Settling for less out of fear of being single.” Journal of Personality and Social Psychology, 115(5), 804. https://doi.org/10.1037/pspp0000227

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