70歳就業は「70歳まで我慢しろ」という制度ではない
日本では、2021年4月から、事業主に70歳までの就業機会確保が努力義務として設けられている。選択肢は、定年引上げだけではない。継続雇用、定年廃止、業務委託、社会貢献事業なども含まれる。[1]
制度の目的は、働く意欲がある高年齢者が能力を発揮できる環境を整えることである。[2]
したがって、「全員が70歳まで同じ会社、同じ仕事、同じ負荷で働かなければならない」という意味ではない。
それでも、企業と個人の双方にとって、働く期間が長くなる方向は無視できない。
20代で違和感がある文化に、30代、40代、50代、60代まで適応し続けるとどうなるか。
- 上司の機嫌を読む年月が増える
- 権限のない責任を引き受ける年月が増える
- 残業で不足人員を埋める年月が増える
- 昇給より先に、便利な人として仕事が集まる
- 健康を崩した後も、本人の耐性の問題にされる
- 逃げにくくなるほど、待遇交渉力が弱くなる
働く期間を延ばす政策は、職場の質が一定以上であることを暗黙に前提としている。
しかし、就業機会の「量」だけを伸ばし、管理の「質」を放置すれば、増えるのは活躍年数ではない。
搾取にさらされる年数である。
「安く使う」と「長く活躍してもらう」は別物である
長期雇用を掲げる企業が、本当に人を長く活躍させたいなら、経験の蓄積に応じて次を増やす必要がある。
- 賃金
- 裁量
- 選択肢
- 休みやすさ
- 役割の明確さ
- 身体負荷への配慮
- 異動可能性
- 断る権利
反対に、次だけを増やすなら、それは長期活躍ではない。
- 担当外の仕事
- 緊急対応
- 無償の感情労働
- 後輩の尻拭い
- 上司の不安処理
- 休日や私用携帯への連絡
- 「昔から知っているから」という曖昧な責任
長く勤めた結果、知識が増えた人へ仕事が集まること自体は自然である。
問題は、増えた責任に対して、権限、報酬、人員、時間が増えないことだ。
この差額は、会社にとっては低コストである。
従業員にとっては、健康、時間、選択肢の持ち出しである。
威圧は、報酬の代わりに労働を引き出す装置になる
仕事を増やしたいなら、本来は次のいずれかが必要になる。
- 人を増やす
- 賃金を上げる
- 業務を減らす
- 期限を延ばす
- 権限を移す
- 優先順位を決める
しかし、これらは管理側にコストや意思決定を要求する。
そこで、代わりに使われるのが「主体性」「責任感」「危機感」「普通はやる」「会社のため」といった言葉である。
さらに、断った人へ威圧、長時間の説教、低評価、仲間外しを示唆すれば、人は追加報酬がなくても動く。
これは人材育成ではない。
報酬と権限を渡さず、拒否コストだけを上げて労働を引き出す。
という資源配分である。
厚生労働省は、パワーハラスメントの典型例として、精神的な攻撃だけでなく、「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害」を過大な要求として挙げている。[3]
もちろん、忙しい職場や厳しい要求がすべて法的なパワーハラスメントになるわけではない。
しかし、法的該当性の境界だけを見ていると、組織は重要な問題を見落とす。
違法と確定する前から、人は消耗し、黙り、休み、辞める。
長く働ける職場の最低条件
70歳まで働ける職場は、70歳でも耐えられるほど人を鈍感にする職場ではない。
最低限、次が必要である。
- 要求量と人員が合っている
- 優先順位を管理職が決める
- 指示変更が記録される
- 私用時間への侵入に限界がある
- 相談しても報復されない
- 休職、異動、退職が同じ部署へ偏ったら管理を点検する
- 高齢者を「安い再雇用要員」として固定しない
- 加齢、健康、介護、通院に合わせて仕事を再設計する
- 経験者が断れる
- 管理職の感情ではなく、業務上の基準で仕事が動く
働く期間を延ばすなら、職場の耐用年数も延ばさなければならない。
