なぜSNSでは「そんなの当たり前」が増えるのか?――伏線、冷笑マトリョシカ、インターネット動物園

映画を見た人が、こんな感想を投稿したとする。

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なぜSNSでは「そんなの当たり前」が増えるのか?――伏線、冷笑マトリョシカ、インターネット動物園

※映画のネタバレあり

映画を見た人が、こんな感想を投稿したとする。

「序盤の『炭酸』って、もしかして『単三』と聞き間違えたから、あの二人は焦ったのかな?」

映画の後半を知っていると、この読みは自然だ。ヒトハとフタバには電池が関係する秘密があり、「たんさん」という音が「炭酸」ではなく「単三」に聞こえたなら、「え、正体がバレた?」「電池のことを知ってる?」と警戒してもおかしくない。

ここで普通の会話なら、だいたいこう終わる。

「あー、単三ってことか」

「そりゃ焦るわ」

「後から分かると怖いね」

終了。映画の感想として100点。誰も答案用紙を配っていない。

ところがSNSでは、ここから突然、全国読解力公開模試が始まることがある。

「それ伏線っていうんですよ」

「そんなの見れば分かるでしょ」

「それに今さら気づいたの?」

「この作品で難しいなら、もっと難しい作品は無理では?」

待ってほしい。さっきまで映画の感想会だったはずなのに、いつの間に国語の試験会場になったんだ。

「ジェットコースター怖かった」に採点を始めるようなもの

この構造を別の場所に移すと、かなり変に見える。

A「ジェットコースター怖かったー!」

B「高速で落下するように設計された乗り物だから、怖いのは当たり前だけど? 小学生でも分かるよね」

いや、知ってる。

Aは「ジェットコースターが恐怖を生む仕組みを世界で初めて発見しました」と学会発表しているわけではない。ただ「怖かった」と体験を共有しているだけだ。

同じように、「あの伏線ってこういうことだったのか!」も、発見の世界記録を申請しているわけではない。作品を見て、頭の中で点と点がつながった瞬間を楽しんでいる。

心理学では、急に答えや意味がつながるときの主観的な体験を「Aha!体験」と呼ぶ研究がある。Aha!には驚き、確信、喜びなどが伴いやすい。つまり「うわ、あれそういう意味だったのか!」は、かなり普通の楽しみ方だ。

伏線は、見抜いた人に読解力バッジを配るためだけにあるのではない。後からつながって気持ちよくなるためにもある。

でも「そんなの当たり前」と感じる側にも理由はある

ここは少しだけ人間に優しく考える。

一度答えを知ると、「最初から分かりやすかった」と感じやすくなる。これは後知恵バイアスと呼ばれる。結果を知った後では、その結果が起きる前より「予想できたはず」と思いやすい。

さらに「知識の呪い」という現象もある。自分が知っている情報を頭から消して、「知らない人にはどう見えるか」を正確に想像するのは難しい。

だから、

  1. 伏線の意味を知る
  2. もう一度その場面を見る
  3. 「いや、めっちゃ分かりやすいやん」になる
  4. 初見で気づかなかった人を見る
  5. 「なんで分からないの?」になる

という事故は、わりと人間の標準装備で起きる。

問題は「自分には簡単だった」で止まらず、「だから気づいて喜んでいる人は能力が低い」まで人格・能力採点を始めるところだ。

そして始まる「冷笑マトリョシカ」

しかし、ここで冷笑している人を見つけて、こちらが笑い始める。

A「伏線に気づいた!」

B「そんなの当たり前だろ(笑)」

C「初心者の感想にマウント取ってるB、ダサ(笑)」

D「Bを冷笑してるCも同じことしてない?」

E「その構造に気づいた俺、俯瞰できてる(笑)」

F「俯瞰できてると思ってるEが一番……」

終了しない。

これが冷笑マトリョシカである。人形を開けても開けても、中から小さい冷笑が出てくる。

そして最悪なのは、「冷笑する人を冷笑する自分は安全地帯にいる」と思った瞬間、自分もきれいに箱の中へ入っていることだ。

SNSは、攻撃した瞬間に自分にも同じ判定式が適用されるクソゲーである。

インターネット動物園――客まで展示されている

SNSを「インターネット動物園」と考えると分かりやすい。

展示1:映画の伏線に気づいて喜ぶ人。

展示2:それを見て「当たり前」と採点する人。

展示3:採点する人を見て「うわ、冷笑個体だ」と観察する人。

展示4:「観察してるお前も展示物だぞ」と言う人。

展示5:この文章を読んで「全員なにしてんねん」と笑う人。

はい、展示5も檻の中です。

ここがポイントである。

動物園の客だと思っていたら、ガラスが両面だった。

SNSでは、一つの投稿が本来想定していなかった巨大な観客に届く。研究では、複数の異なる観客が一つの場に混ざることを「コンテクスト崩壊」と説明する。友達向けの軽い独り言が、突然「作品読解の能力を示す主張」として何百万人にも採点される。そりゃ事故る。

さらにオンラインでは、匿名性、相手の顔が見えないこと、時間差で投稿できることなどによって、対面より強く言いやすくなる「オンライン脱抑制効果」も研究されている。

加えて、SNS上の怒りや非難表現は、いいね・共有などの社会的反応によって次の表現が強化されうる。大規模なTwitterデータと実験を使った研究では、怒り表現への肯定的なフィードバックと、周囲のネットワークの規範が、その後の怒り表現と関係していた。

つまり動物園に「いいね」という餌やり装置まで付いている。

でもリアルも普通に動物園である

ここで「インターネット怖い。現実に帰ろう」と言いたくなるが、現実にもだいたい同じ構造はある。

誰かが何かする。

別の人が反応する。

その反応を見た人が「あの人、あんな反応するんだ」と観察する。

さらに別の人が、その観察している人を見る。

遊園地でも職場でも学校でも電車でも起きている。

違いは、現実ではその場の十人、二十人で消える反応が、SNSでは保存され、検索され、引用され、切り取られ、何百万人まで増幅されることだ。

だから、

現実世界=巨大な動物園

SNS=全檻に監視カメラ+コメント欄+リプレイ+拡散ボタンを付けた動物園

くらいに考えるといい。

インターネットが人間を突然変な生き物にしたのではない。もともと相互観察していた人間に、超高性能ズームレンズを渡した。

一番ラクなのは「共感して終わる」

例の「炭酸/単三」の場面なら、最も平和で、しかも作品を楽しめる反応はかなり単純だ。

「単三って聞こえたなら、不老不死の秘密がバレた、電池を取られる、って思うよね」

「そりゃ焦るわ」

「怖いね」

終わり。

もちろん深掘りしたい人は深掘りすればいい。作者の演出、伏線の置き方、ミスリード、脚本構造を語るのも楽しい。

ただし、「私はここまで読めた」から「ここまで読めない人は下」に変わった瞬間、鑑賞会に突然偏差値が持ち込まれる。

映画館は答案用紙を配っていない。

インターネット動物園のおすすめ観覧方法

結論は、ものすごく軽い。

「なんか変なのいたな(笑)」

「冷笑マトリョシカになってる(笑)」

「俺も今それを観察してる展示物やん(笑)」

ここまで笑ったら、次へ行く。

毎回「なぜこの人物はこのような認知に至ったのか」と二万字の思想分析を始めると、観客だったはずなのに飼育員になる。

インターネットで見つけた知らない人の一言に、人生の重要メモリを割り当てる必要はない。

軽く見る。

軽く笑う。

自分にも返ってくると分かったうえで笑う。

そして軽く忘れる。

たぶん、それくらいがちょうどいい。

檻の外はない。だからせめて、檻の掃除当番まで勝手に引き受けなくていい。

参考文献・確認資料


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めんどいちゃん

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仕事や日常の「めんどい」を構造化して、次に動きやすくする記事を書いています。

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