1. 暇な人にAIを渡したら、勝手に工場が生えた
ある個人制作者は、ここ約2か月、AIを使ってゲームの試作、Webサイト、多言語の記事、作業の自動化、集客分析まで次々と手を出した。上司に言われたわけでも、成功しないと人生終了というわけでもない。ただ面白そうだから作り、直し、また作る。
本人も驚く。「もしかして、俺は思っていたほどできない側ではない?」ただし、作れることと稼げることは別だ。作品は増えた。財布の中身は同じ勢いでは増えていない。これは「天才だから全部成功!」という美談ではなく、能力と市場成果の間にある段差の話である。
2. ゲーム時代のPDCAは、Dだけ無限連打
かつては『スプラトゥーン』と『大乱闘スマッシュブラザーズ』に熱中した。勝つために工夫したかったが、プレイ動画を見返して分析する習慣はなく、情報収集も十分ではなかった。結果、勝てずにイライラしながら、ひたすら次の試合へ。
- P(計画):次こそ勝つ!
- D(実行):試合開始。
- C(確認):負けた。ムカつく。
- A(改善):もう一戦!
そのAは改善ではなく、Dのおかわりである。PDCA改め、DDDDDD。コントローラーより感情を連打している。
負けた事実は分かるが、負けた原因まで分かるとは限らない。「たくさん試す力」と「結果から効率よく学ぶ仕組み」は、別々なのだ。
3. やれと言われていないのに、勝手に動く
今の行動量が強いプレッシャーや義務感で生まれていないのも面白い。気になるから調べる。作れるから試す。完成したら、また次を思いつく。
心理学では活動そのものへの興味を「内発的動機づけ」と呼ぶ。自己決定理論でも、自分で選べる感覚やできる感覚が意欲と結びつくと考えられている。[1] もちろん、数か月の体験だけで生まれつきの才能や、すべての仕事への適性は断定できない。
それでも、休日の脳内企画部が自主的に出勤するのはなかなかの事件だ。まだ組合もできていない。
4. 強みは昔からあった。ただし途中で詰まっていた
発想する、物事を分ける、別の分野をつなぐ、変な点を見つける。そういう強みは元からあった。一方で、細かい手順をすべて覚える、地道な実作業を進める、複数の調整をさばくといった苦手な工程もある。強みを自覚していても、総合点は低く見えてしまう。
AIなら調査、コード、翻訳、作業の分解、テスト案の準備を助けられる。人間は「何を作るか」「何が変か」「何を採用するか」に集中できる。
AIが才能を注入したのではなく、強みを形にする途中の摩擦が減ったという見方ができる。なお、AIが間違えていないかを確かめ、責任を持つ仕事まで消えたわけではない。
5. 「もう一戦」が「もう一作品」に変わった
昔は、負ける→もう一戦。今は、考える→調べる→作る→動かす→直す→次の案。ゲーム、サイト、記事、翻訳、宣伝案と対象は違っても、「試してみたい」のエネルギーは似ている。
試作品が多いことは、発想を具体化できる証拠にはなる。でも、品質、需要、繰り返し使う人、利益はまだ別の検査が必要だ。
試作品を百個作って利用者ゼロなら、壮大な博物館ができただけかもしれない。館長、学芸員、唯一の客。全部作者。
6. 「CとAが弱い」とAIが言った。いや、見てるんだが?
相談相手のAIは「実行は強いが、確認と改善が弱いのでは」と評価した。ところが制作者は、アクセス数、検索での表示、クリック、検索エンジンに登録されたページ、サイト内のリンク、公開時の不具合まで、ずっと追っていた。修正案を考え、実際に手も入れていた。
ここは四つに分けないといけない。
- 観測しているか:している。
- 原因を特定できたか:未確定の部分がある。
- 修正が本番に届いたか:案件ごとに確認が必要。
- 修正後に成果が増えたか:さらに時間と観測が必要。
アクセスが増えないことと、検証していないことは違う。 むしろ、Cが弱いと決めつけたAI自身が、相手のCを調べていなかった。品質検査官が品質検査で落ちるという、美しい自爆である。
7. 記事を作ることと、Googleに見つけてもらうことも違う
ある記事サイトでは、公開したページの数に対して、検索エンジンに登録された数や検索結果に表示された数が少なかった。サイト内のどこからもたどり着きにくいページもあった。
順番はこうだ。公開 → 発見 → 登録 → 検索結果への表示 → クリック → 読まれる。 前の段階で詰まると、後ろの段階の数字も伸びにくい。
Googleも、サイトマップは登録を保証しないと説明している。普通にたどれる内部リンクはページの発見を助け、Search Consoleでは表示回数とクリック数を調べられる。[2][3][4] ただし、リンク不足だけを犯人にしてはいけない。記事の独自性、重複、技術的な問題、検索需要も見なければならない。
店を建てたのに看板を倉庫にしまった状態かもしれない。でも、看板を出しても自動で行列ができるわけではない。Googleは客を強制召喚する魔法陣ではないのだ。
8. 「できる」と「売れる」の間には長い廊下がある
物を作れる。改善もしている。なのに収益が伸びない。それは本人の努力がゼロだからではない。ただ、作ったものが誰かに届き、役に立ち、使われ、再訪され、広告や購入につながるという別の工程が必要になる。
アクセス数だけでなく、検索結果への表示、クリック、実利用、再訪、収益を分けて見る。記事とゲームでは重要な数字も違う。
伸びない理由も「発信が足りない」「需要が薄い」「使ってみると面白くない」「お金になる入口がない」「結果が出るにはまだ早い」などを並べ、都合のよい説明だけ選ばない。だからといって、短期間の数字が悪いだけで「才能なし」と決めるのも早すぎる。
結論:エンジンは昔から強かった。次のボスは市場だ
ゲームでDを連打していた頃から、好きなものへ行動量を投入する力はあったらしい。今はAIによって、調査も制作も検証も改善も、以前より多くできる。
ただし、ここからお金になるかは別の勝負。作れる力を証明する段階から、見つけてもらい、使ってもらい、収益を生む段階へ来たのだ。
「もう一戦!」はゲームで十分やった。次に「もう一改善!」を押すときは、さっき見落とされたCもちゃんと見る。今度こそ。

