※本稿は『Shadowverse: Worlds Beyond』を題材に、AIエージェント、シミュレーション、ロバスト最適化、外部記憶をどう組み合わせると「人間が全部覚えて全部試す」必要がなくなるのかを考える記事である。個人を特定できる情報は扱わない。
1. 「詳しくないと指示できない」は、もう半分だけ正しい
最近のAI作業は、昔の「自分で調べて、自分で実装して、自分で検証する」とかなり違う。
まず人間が決める。
- 何のためにやるのか
- 完成状態は何か
- 何を守るのか
- 何をもって成功とするのか
そこから先はAIに投げる。
調査して。選択肢を出して。比較して。実装して。テストして。結果を持ってきて。
そして人間は戻ってきた結果を見て、
「Aは捨てる。Bで行く。ここはズレてる。再テスト。」
と判断する。
これ、かなり管理職である。
さらに「どの課題に時間と計算資源を振るか」「そもそも今やる価値があるか」「完成条件をどう置くか」まで決め始めると、管理職よりさらに上、経営・プロデュース側の仕事に近づく。
OpenAIも2026年のCodexについて、複数エージェントへ仕事を委任し、並列に走らせ、人間が変更をレビューして方向修正する使い方を前面に出している。AIネイティブな開発のガイドでも、低リスク作業は「Delegate」、重要成果は「Review」、全体戦略・基準・最終責任は人間が「Own」する、という切り分けが示されている。
つまり、
自分 → 作業
ではなく、
自分 → AI部下 → 作業
になった。
社員はいない。
組織はある。
2. 社長の仕事は「答えを知ること」より「良し悪しを判定すること」になる
もちろん専門知識がゼロでいいわけではない。
AIが、
「最適化しました!」
と満面の笑みで出してきても、
- なぜそれが最適なのか
- 比較対象は十分か
- 条件を変えたら壊れないか
- テストは現実を再現しているか
- データが古くないか
- 失敗時の損失は何か
を聞けなければ、現場猫取締役会が開催される。
AI「完了しました!」
人間「ヨシ!」
現実「壊れてます」
必要なのは「全部自分で実装できる知識」から、「出てきた実装や分析を評価できる知識」へのシフトだ。
全カードの能力を暗記する必要はない。
しかし「この結論、トップ依存を無視してない?」「そのデッキ、特定対面だけ25%なのに平均値だけ高くない?」と突っ込める必要はある。
Howを全部覚える人から、
目的・評価基準・リスクを握る人へ。
ここが社長化の本体である。
3. シャドバを始める前に、まずシミュレーション工場を建てる
普通のカードゲーム攻略はこうだ。
ゲームを始める。
カードを読む。
デッキを組む。
負ける。
修正する。
また負ける。
100戦する。
ようやく環境が見えてくる。
人間が全部やる。
しかし計算機がいるなら、順番を逆にできる。
- 全カード情報を取得する
- 大会上位・公開デッキを集める
- ルールとカード効果を実装する
- マリガン、プレイ方針、相手モデルを設定する
- デッキ同士を数万~数十万戦させる
- 勝率マトリクスを作る
- 弱点対面、分散、事故率を抽出する
- 上位候補だけ人間が触る
これなら人間が100個のデッキを50戦ずつ試す5000戦を、先に機械へ押しつけられる。
人間は最後の5個だけ触ればいい。
ゲームを始める前に攻略本を出版しようとしている。
なお、シミュレーションが長すぎて新カードパックの方が先に来そうになる問題はある。
工場建設、壮大すぎ。
4. 新パック直前に最適化すると「最適解、5日後死亡」が起きる
2026年8月22日時点では、第9弾カードパック「Revenants of Azvaldt / アズヴォルト・レヴナント」が8月27日リリース予定と告知されている。
つまり新弾直前に現環境だけを徹底最適化すると、
8月22日:
「最適デッキ完成!」
8月27日:
「新カード追加します」
最適デッキ:
「サヨナラ……」
となり得る。
だから直前期にやるべきなのはカード生成ではなく、工場の完成である。
カード取得パイプライン。
ルールエンジン。
AI対戦。
集計。
勝率マトリクス。
ロバスト評価。
レポート。
これらは新弾でも再利用できる。
新カードを原料として突っ込めば、また工場が回る。
カードを買う前に製造業になった。
5. 平均最強より「環境がズレても死なない」――ロバスト最適化
ここで出てくるのがロバスト最適化である。
普通の期待値最大化では、
「今予測している環境で一番平均勝率が高いデッキ」
を選ぶ。
でも環境予測は外れる。
| デッキ | 対ドラゴン | 対ウィッチ | 対ロイヤル | 対エルフ |
|---|---|---|---|---|
| A | 70% | 65% | 60% | 25% |
| B | 57% | 56% | 55% | 54% |
今エルフが少ないならAが平均最強に見える。
ところが翌週エルフが増えたら、
A、死亡。
Bは派手ではないが、環境予測が少し外れても壊れにくい。
ロバスト最適化は、パラメータが正確には分からない前提で「この範囲まではズレる」と不確実性集合を置き、その範囲で悪い条件が来ても耐える解を探す考え方だ。
カードゲームなら、
- 平均勝率
- 最低対面勝率
- メタ分布が変化したときの勝率
- 先攻後攻差
- マリガン事故
- 特定カードを引けないケース
まで振る。
そして、
最高値95点、最低値20点
より、
最高値80点、最低値65点
を選ぶ場合がある。
一発芸最強ではなく、どこに投げてもそこそこ殴れるゴリラを探す。
6. ただしシミュレーターが強くても、人間が操作をミスれば負ける
ここで悲しい現実。
AIが最強デッキを持ってきても、本人が、
「この盤面、どっち先に切るんだっけ?」
となれば普通に負ける。
あびゃ。じゃ勝てんな。
しかし、これもゼロから100時間修行する必要はない。
シミュレーションで、
- 各対面のマリガン表
- 頻出盤面
- 典型的リーサル
- 絶対にやってはいけない分岐
- よくある相手の返し
- 勝敗への寄与が大きい選択
を抽出すればいい。
すると人間の練習対象は、
「ゲーム全部」
ではなく、
「勝敗を分ける20%の局面」
になる。
デッキ探索は機械。
局面圧縮も機械。
最後の実戦判断だけ人間。
社長にも現場研修はある。
ただし新人研修100時間ではなく、重要工程だけOJTで済ませる。
7. カード情報を脳内に置くの、ストレージ設計としておかしくない?
そして最後に気づく。
「全カード情報、脳内に保管するコスト高くね?」
高い。
認知科学では、情報を内部記憶だけで保持せず、メモ、端末、リマインダーなど外部へ移すことをcognitive offloading(認知的オフローディング)と呼ぶ。
2024年の研究では、この選択を「脳内記憶は容量が有限で、保持するほど機会費用が発生する。一方、外部記憶は参照の手間はあるが容量はほぼ無制限」としてモデル化している。
カードゲームで言えば、
脳内RAMに全カードを常駐させる必要はない。
GitHubやDBをストレージにする。
頭に置くのはキャッシュだけ。
- 主要アーキタイプ
- 自分の勝ち筋
- よく出る危険カード
- 致死圏
- マリガン
- 頻出分岐
採用率3%のカードの細かい能力?
SSDから読め。
8. 実際、WBのカード情報は自動取得できる
非公式GitHubには、Shadowverse: Worlds Beyondのカード情報を自動取得してJSON化する公開プロジェクトが存在する。
mariokart761/ShadowverseWB_card_data は、5言語のカード情報をクローラーで取得し、カード詳細、能力文、進化情報、関連カード、カードセット情報などをJSONへ保存する構成になっている。
つまり誰かが327枚を、
「はい、このカード3コス……攻撃2……体力3……」
と一枚ずつ手入力しているわけではない。
クローラー部長が働いている。
さらに別の公開DB ParticleG/shadowverse-wb-db も cards.json にカード名、能力、コスト、攻撃力、体力、レアリティ、セット、画像などを保持している。
ここで重要なのは、
カード台帳を取得することと、
カード能力を実際にゲームルールとして動かすこと
は別、という点だ。
「ファンファーレ:4ダメージ」という文章を取るのは比較的簡単。
その4ダメージを、
- 何を対象にできるか
- いつ発火するか
- バフや軽減とどう相互作用するか
- 盤面が満杯ならどうなるか
まで正しく動かすのが地獄。
カード台帳課は自動化できた。
ルールエンジン課が残業している。
9. 人間の脳は「データベース」ではなく「意思決定装置」にする
全部をつなぐと、役割分担はこうなる。
GitHub / DB
→ 長期記憶。カード情報、履歴、デッキ、検証結果。
クローラー
→ 情報収集担当。
シミュレーター
→ 仮想経験担当。何万戦も死んで覚える。
Codex / AIエージェント
→ 調査、実装、テスト、レポート担当。
人間
→ 目的設定、評価基準、優先順位、最終判断。
これ、かなり綺麗だ。
昔は、
「強くなるためには全カードを覚えて何百戦もしなければならない」
だった。
今は、
「機械に何十万戦させて、重要情報だけ圧縮して受け取ればいい」
に変えられる。
人間の脳をカード図鑑として使うのをやめる。
社長室にカード倉庫を置くな。
必要な資料は部下に持ってこさせろ。
10. これはゲーム攻略というより「一人会社の経営OS」である
面白いのは、この方法がシャドバ専用ではないことだ。
目的を決める。
あるべき姿を決める。
制約を決める。
AIに調査させる。
複数案を比較させる。
シミュレーションする。
悪条件でも壊れない案を選ぶ。
実行させる。
結果を見る。
修正する。
知識は外部へ保存する。
これはそのまま、ソフトウェア開発、投資検証、業務改善、コンテンツ制作、調査、商品比較、ゲーム攻略に使える。
つまり作っているのは「シャドバ最強デッキ」だけではない。
意思決定の工場である。
しかも社員はAI。
社長は細部を全部覚えない。
しかし、
何を達成するのか。
何が良い結果なのか。
何を信用しないのか。
どこでGOを出すのか。
そこだけは握る。
結果、ゲームを始めようと思っただけなのに、
カードを一枚もまともに覚える前にCEOになった。
11. 結論:覚えるより設計しろ。回すより先に回させろ
カードゲームで強くなりたいからといって、最初から全情報を脳へ詰め込む必要はない。
全部自分で試す必要もない。
まず機械にやらせる。
調査 → データ化 → シミュレーション → ロバスト評価 → 候補圧縮 → 人間の実戦
この順番にすればいい。
そして記憶も同じだ。
全カードを覚える → ×
必要なとき取れる状態を作る → ○
頻出情報だけ脳内キャッシュ → ◎
最終形は、
AIが100万戦する。
GitHubが全部覚える。
人間は重要なところだけ判断する。
これである。
シャドバを始めたかっただけなのに、攻略方法が、
「組織設計」
になってしまった。
だがたぶん、この方が早い。
疾走ドーンする前に、
経営会議ドーン。
