「このままではいけない。生産性を上げよう」
職場でそんな話を聞くたびに、一つ疑問が浮かんでいた。
じゃあ、なんで生産性を上げる道具を最初から全部閉め出すんだ?
もっと面白い質問もある。「効率化して空いた時間を何に使うんですか?」
えっ、そこから? いい仕事をするために決まってるじゃん。もし時間をかけること自体が偉いなら、メールを禁止して一人ずつ手紙を書こう。なんなら直接持っていって読み上げれば、ものすごく長く働ける。生産性、逆方向へ大躍進。
笑い話みたいだが、仕事の進め方に納得できなくなる過程は、案外こういう小さな矛盾から始まる。
1. 配属前にやる気がなくなった。改善提案より前の話
新しい仕事が始まった最初の週には、やる気があった。
ところが次の週、研修では似た説明を別々の講師から繰り返し聞くことになった。講師ごとに話の組み立て方も違う。研修全体の狙いや順番も見えにくい。
「これ、誰か全体を設計してるんだろうか?」
そんな疑問が積み重なり、配属の日には期待がかなりしぼんでいた。実務が始まると、表計算ソフトへ一件ずつ転記して、一件ずつ確認する作業や、読みにくい資料も目についた。
ここで時系列が大事だ。改善提案が却下されたから最初の意欲を失ったのではない。意欲は研修中から減っていた。 その後の実務経験が、「やっぱりこの進め方なのか」という感覚を強めた。
2. 「挑戦しろ」と言うのに、挑戦の入口を塞ぐ
業務改善や変革を求める一方、新しいAIツールの話になると「情報セキュリティ上、使えない」で終わる。検討可能な用途の切り分けや、管理された環境で試す話へ進みにくかった。
もちろん、企業データを外部サービスへ無断送信するのは危険だ。手元のパソコンで動くAIも、設定、機密管理、権限、更新、誤回答への対策が必要になる。「技術的に動く」と「会社で安全に運用できる」は別である。
でも、それなら必要なのはリスクの分解と判断だ。扱ってよいデータを決める。小さい範囲で試す。効果とリスクを測る。見送るなら理由を示す。
米国NISTのAIリスク管理枠組みも、リスクを把握し、測定し、管理するための考え方を示している。禁止と無条件の導入の間には、検討できる選択肢がいくつもある。
「変革しろ」と言いながら、変革するための検討そのものが止まる。それでは、現場に届くメッセージが矛盾してしまう。
3. 効率化して空いた時間は「次の改善」に使える
資料を作って、差し戻されて、直して、また差し戻される。そうした往復に長い時間を使うなら、最初の要件整理や承認の流れを見直す余地があるかもしれない。
例えば同じ品質の資料を4時間ではなく30分で作れたら、3時間半の余力が生まれる。これは例示であって、特定の職場で実測した削減時間ではない。
OECDが示す労働生産性の基本は、労働時間当たりの産出だ。だから同じ価値を少ない時間で生み出せるのは、それ自体が改善になる。
余力は次の改善、顧客対応、品質確認に使える。仕事が十分なら残業を減らす選択もある。空いた時間をもう一度無意味な作業で埋めることは、改善の条件ではない。
ここで手紙の話に戻る。もし「忙しくしている姿」が目的なら、メールを徒歩配達に変えるのが最強だ。もちろん、それを本当にやったら仕事にならない。だからこそ、投入した時間と生み出した価値は分けて考えたい。
4. できる人ほど仕事が増えると、手を抜く方が得になる
もう一つ厄介だったのが、仕事量の上限だ。
早く終わらせる。すると次の仕事が来る。さらに終わらせる。もっと来る。裁量や待遇の調整は追いつかず、残業だけが増える。
この条件なら、追加の努力を控えたくなるのは不思議ではない。頑張った報酬が「次の仕事」だけなら、頑張らないことに誘因が生まれる。
仕事上の努力と報酬の釣り合いが重要だという研究はある。ただし、この一人の体験から、どの要因が意欲低下を何%説明するかまでは決められない。
改善の成果を人員削減や無制限の仕事追加にだけ回すのでなく、負荷の上限、時間の余裕、評価、成長機会にも配分する。そういう設計なら、「もっとよくしよう」と言う側にも意味が戻ってくる。
5. 「この作業を速く」より「この作業は必要?」を考える
目の前の入力を速くする方法を考える。その次に、「そもそも毎回入力する必要がある?」と疑問を持つ。上司に確認するのは当然として、「その確認を毎回する仕組み自体、変えられない?」とも考える。
組織学習の研究では、行動だけでなく、それを支える前提やルールまで問い直す考え方が知られている。ただし、その考え方を持つ人が必ず正しいわけではない。監査や法令、現場の暗黙知など、外から見えない理由もあり得る。
大事なのは、質問への答えを探せることだ。
個人で運営する小さなコンテンツ制作の仕組みでも、似た問題が出る。個人情報を出したくないなら、制作そのものをやめる代わりに、情報を除去する規則と確認工程を設計する。完全無欠とは言えないから、検査と修正も続ける。
制約を見つけたら、作業を止めるだけでなく、制約を満たす仕組みを探す。 その差が、仕事の面白さを大きく変える。
6. 結局、会社に渡しているのは「人生の時間」
仕事で使う一日は、二度と戻らない。
だから、給与や肩書だけでなく、「ここで働いた時間は、将来どこでも使える能力や選択肢を増やすか?」が気になる。会社固有の手順だけを覚え、改善の自由も乏しいまま年月が過ぎれば、転職や別の挑戦をする自由まで狭まりかねない。
資格を取って「すごいね」と言われるのはうれしいかもしれない。でも、そこで終わるより、実際に何をできるようになったかの方が重要だ。
反対に、まだ知らないことを試せて、仕事量にも歯止めがあり、よい環境だと感じられるなら、知人に求人を紹介したくなることもある。友人の人生に関わる選択肢として勧められるかは、立派な自分なりの判断基準になる。もちろん、配属先や条件は本人が確かめる必要がある。
結論:仕事を減らしたいんじゃない。無駄に人生を使いたくない
働きたくないのではない。意味のある仕事なら、工夫も調査も挑戦も面白い。
問題は「挑戦しろ」と言いながら試す前に止め、「生産性を上げろ」と言いながら時間を使うことを褒め、「早く終わらせた人」にだけ仕事を足すことだ。
会社の生産性を上げる話は、働く人の人生の使い道ともつながっている。
その時間を何に使うんですか?
よりいい仕事に。次に使える技術に。必要なら、ちゃんと帰ることに。
どうしても長時間働いている姿が欲しいなら、まずは全社メールを手紙に戻す会議から始めよう。議事録は筆でお願いします。
参考資料(5件)
- OECD, “Labour productivity and utilisation”: https://www.oecd.org/en/data/indicators/labour-productivity-and-utilisation.html
- NIST, “AI Risk Management Framework” (2023; updates ongoing): https://www.nist.gov/itl/ai-risk-management-framework
- Auqui-Caceres et al., “Revitalizing double-loop learning in organizational contexts” (2023): https://doi.org/10.1111/emre.12615
- Siegrist, “Adverse health effects of high-effort/low-reward conditions” (1996): https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9547031/
- Burris, “The Risks and Rewards of Speaking Up” (2012): https://doi.org/10.5465/amj.2010.0562
