「ヘルメットをかぶる」が今期目標になる会社

今期の目標を書いてください。

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全員が無意味だと思う制度は、なぜ死なないのか

今期の目標を書いてください。

「服装を整える」 「必要なときはヘルメットをかぶる」 「ルールを守る」 「報連相を意識する」

待ってほしい。

それ、目標じゃなくて今日からやる最低基準では?

半年かけて壮大に達成するテーマではない。 ヘルメットは期末面談まで温存するアイテムではない。

ところが、こういう目標でもフォームは埋まる。 本人は「まあ何でもいいか」と書く。 管理職は「なんでこれ考えないといけないんだ」と思いながら承認する。 さらに上の管理者も、深く触らず左から右へ流す。

そして翌年。

また同じ儀式が始まる。

この記事のテーマは、目標設定そのものを笑うことではない。 具体的で難しく、本人が受け入れた目標には、パフォーマンスを高める研究蓄積がある。[1] 目標にフィードバックを組み合わせる追加効果も報告されている。[2]

問題は別だ。

誰も行動を変えるために使っていない目標シートが、なぜ組織文化として生き残るのか。

ここを組織論で見ると、かなりきれいに説明できる。

0. 30秒版――「目標」ではなく「制度を実施した証拠」を作っている

結論から言う。

形式化した目標管理が残る理由は、だいたいこの組み合わせで説明できる。

  1. 本当に役立つ目標設定と、目標欄を埋める作業が混同される。
  2. 基本ルールまで「目標」に入れないと欄が埋まらない。
  3. 制度を持っていること自体が「ちゃんと管理しています」という証明になる。
  4. 他社もやっているので、続ける側には説明責任が少ない。
  5. 無駄の時間は全員に薄く分散するが、廃止する責任は改革者一人に濃く集まる。
  6. 改革には会議、説明、合意、代替制度、反対対応が必要で、現状維持よりエネルギーが要る。
  7. 制度の効果は測りにくいが、「提出率100%」は簡単に測れる。
  8. その結果、目的が「業績を上げる」から「目標設定を完了する」にすり替わる。

完成するのは目標ではない。

手続きである。

そして手続きは、仕事より長生きすることがある。

1. まず分けよう――目標設定には効果がある。でも「作文」には別にない

LockeとLathamの目標設定研究では、一般に、曖昧な「頑張る」より具体的で挑戦的な目標の方がパフォーマンスを高めやすいと整理されている。ただし、能力の限界、課題の複雑性、目標へのコミットメント、フィードバックなど条件がある。[1]

Neubertのメタ分析では、目標だけの場合に比べ、目標とフィードバックを組み合わせた条件に追加効果が見られた。[2]

だから、

「目標設定は全部くだらない」

ではない。

たとえば、

  • 段取り替え時間を30分から20分へ減らす
  • 不良率を3%から1.5%へ下げる
  • 問い合わせの初回回答時間を2日から1日へ短縮する

なら、何を変えたいかが分かる。 途中の数字も見られる。 必要な支援も決められる。

一方、

  • 服装をきちんとする
  • ヘルメットを着用する
  • 遅刻しない
  • 報連相する

は、ほとんどの場合「達成目標」より「業務上の基本要件」に近い。

baselineをgoalに昇格させても、仕事は進化しない。

むしろ「目標欄を埋めるために、当たり前のことを発見したことにする」という逆転が起きる。

2. ヘルメットは目標ではなくルール――「守る」と「改善する」は違う

安全を例にすると分かりやすい。

「必要な場所でヘルメットを着用する」

これは、安全規則として明確に決め、守れる仕組みにすべき事項である。

もし未着用が問題なら、改善目標は別だ。

  • なぜ未着用が起きるのか調べる
  • 保管場所を動線上へ変更する
  • 入場時チェックを簡素化する
  • 着用漏れ件数を減らす
  • 新人教育を短くても確実にする

ここには「現状からより良くする」という差分がある。

服装でも同じ。

「服装を整える」が最低基準ならルールに書く。 「異物混入につながる服装不備を月20件から5件以下へ減らす」なら改善になる。

つまり、

標準を守る仕組みと、標準そのものを改善する目標を分ける。

ここを混ぜると、「ヘルメットをかぶりました。達成度100%」という妙な世界が完成する。

期末評価で褒められる。

「今年は見事、必要時にヘルメットを着用しました」

いや、それは今日の入場条件だ。

3. なぜ日本企業でここまで広がったのか――MBOは普及したが、不満も大きかった

日本労働研究雑誌の2019年論文は、労務行政研究所の調査を引用し、2013年時点で日本企業の88.5%がMBOを導入していた一方、2018年の調査では98%が自社MBOに何らかの問題や不満を感じていたと紹介している。[3]

これは2026年現在の比率ではない。 ただし歴史的には、

めちゃくちゃ普及しているのに、めちゃくちゃ不満がある

という興味深い状態が確認されていた。

論文が挙げる問題も、

  • 組織目標と個人目標のつながり
  • 上司による指導や動機づけ
  • 目標設定面談
  • 遂行中のフォロー
  • 評価基準や評価結果のブレ

など、まさに「目標を書けば終わりではない」ことを示している。[3]

さらに2019年のAnnual Reviewは、目標のカスケード、能力モデル、行動・結果評価などを組み合わせた重いパフォーマンス管理制度について、手間が大きく低価値になり得ると整理し、より簡潔な目標、リアルタイムフィードバック、コーチングなどへの企業の実験を論じている。[4]

つまり研究の流れも、

シートを精密化すれば全部解決

とは言っていない。

むしろ、

重い制度を回すことと、実際にパフォーマンスを上げることを分けよう

という方向である。

4. 制度が仕事から離れても生きる――「神話と儀礼」と脱連結

ここから組織論がおもしろい。

MeyerとRowanは1977年、組織の公式構造が、効率だけでなく「合理的で正当な組織に見えること」のためにも採用されると論じた。[5]

制度上はこうなっている。

経営方針 ↓ 部門目標 ↓ 個人目標 ↓ 日々の行動 ↓ 評価 ↓ 成長

美しい。

しかし実務では、

日々の仕事 →現場でその都度判断する

目標シート →期初に作文して、期末に発掘する

となることがある。

公式制度と実際の仕事が分離する。

それでも制度は残る。

なぜなら、

「全社員が目標を設定しています」 「上司と面談しています」 「評価制度があります」

という組織としての正当性を示せるからだ。

言い換えると、

仕事を管理しているというより、管理している形を管理している。

目標シートが「仕事のOS」ではなく「監査用スクリーンショット」になる。

5. 他社もやっている――制度的同型化で「やらない会社」の方が説明を求められる

DiMaggioとPowellは、同じ分野の組織が似ていく仕組みを、強制的・模倣的・規範的な同型化として整理した。[6]

目標管理にも当てはめやすい。

  • 大企業がやっている
  • 人事コンサルが標準制度として紹介する
  • 管理職研修で習う
  • 人事担当者の職業的常識になる
  • 評価制度には目標欄があるものだと思われる

すると、

「今年もMBOを続けます」

にはあまり説明が要らない。

一方、

「個人目標シートを廃止します」

と言った瞬間に質問が殺到する。

「評価はどうする?」 「育成は?」 「賞与は?」 「面談記録は?」 「問題社員への説明は?」 「監査上大丈夫?」

現状維持は空気で進む。変更は企画書が要る。

これだけで継続側がかなり有利になる。

6. 一番強い理由――無駄のコストは薄く広がり、変えるコストは一人に濃く刺さる

ここが実務で一番強い。

仮に1000人の会社で、本人と上司が合わせて年間2時間ずつ目標設定・中間確認・評価に使えば、合計2000時間になる。

2000時間は大きい。

でも一人あたりでは2時間だ。

誰も「この制度のせいで2000時間失った」と体感しにくい。

一方、制度を変える管理職や人事担当者には、

  • 現状調査
  • 代替案設計
  • 経営説明
  • 他部署調整
  • 労務・評価との整合
  • システム変更
  • 管理職研修
  • FAQ
  • 反対意見対応
  • 変更後の不具合責任

が集中する。

つまり、

無駄を維持する費用は全員で薄く払い、無駄をやめる費用は改革者が先払いする。

これなら「めんどくさいから今年も同じ」が普通に勝つ。

しかも変革には人を巻き込む必要がある。 研究でも、組織変更が頻繁なほどchange fatigueが強まり、満足度やコミットメントを介して悪影響につながる可能性が報告されている。[7] 組織変革への反応が単純な「抵抗=悪」ではなく、文脈や認知・感情など複数要因で説明されることも最新レビューで整理されている。[8]

だから改革者本人も、

「これを直すために、さらに10人と会議するの?」

となる。

制度を一個消すための制度が必要になる。

ここで多くの改革が眠る。

7. 「提出率100%」という最強KPI――効果は測れないが、実施は測れる

本当に知りたいのは、

「目標管理によって生産性は上がったか」 「本人の成長は速くなったか」 「評価納得度は改善したか」

である。

でも因果を測るのは難しい。

その代わり、

  • 目標登録率
  • 面談実施率
  • 評価入力率
  • 期限内提出率

は一瞬で測れる。

すると管理指標がこう進化する。

本来: 「目標管理で業績を上げる」

途中: 「全員が質の高い目標を持つ」

末期: 「全員が期日までに目標欄を埋める」

提出率100%。

意味率は測定不能。

しかも100%という数字は報告資料で非常に美しい。

「今期も目標設定実施率100%を達成しました」

制度が自分自身をKPI化して自己防衛を始めた。

ここまで来ると、目標管理というより目標管理管理である。

8. 部下も上司も適当にやるのは、必ずしも怠慢ではない

本人が「どうでもいい」と思い、上司も「なんでこれ考えるんだ」と思っている。

一見、全員がサボっているように見える。

でも制度が実際の意思決定に接続されていなければ、低エネルギー対応はかなり合理的だ。

目標を書いても、

  • 給料が変わらない
  • 配置が変わらない
  • 教育予算が付かない
  • 仕事の優先順位が変わらない
  • 上司の支援も変わらない

なら、目標欄に人生を込めるインセンティブは弱い。

特に雇用の継続自体が不確かな人へ、遠い将来の成長目標だけを聞くと時間軸が合わない場合もある。

「来期の目標は?」

に対して、

「そもそも来期ここにいるんですか?」

となるのは、かなり自然である。

重要なのは、目標の立派さではなく、その目標が実際の仕事、支援、評価、処遇、学習のどこへ接続されるかだ。

接続先がないなら、それはデータではなく飾りである。

9. 「辞める管理職が最後に廃止」が強そうに見える理由と、もっと強い壊し方

社内政治上おもしろいのが、

「もう転職する管理職が、最後に責任を持って廃止して去る」

という発想だ。

確かに、将来の社内政治コストをあまり背負わない人は、現状維持に挑戦しやすい。

しかし、

「俺の判断で廃止した。じゃあ辞めます」

だけだと、その人が去った後に戻されやすい。

もっと強いのは、廃止を実験に変えることだ。

たとえば、

「半年間、個人目標シートを停止する。代わりに月1回10分だけ、優先課題・障害・必要支援を確認する」

そして前後で、

  • 管理工数
  • 評価トラブル
  • 安全指標
  • 生産性
  • 面談満足度
  • 教育実施
  • 目標がなくて困った事例

を記録する。

半年後、困らなければ、

「なくても回った」という現実データ

が残る。

人に依存した改革から、組織が学習した改革になる。

最高の置き土産は、

「制度を消した人」

ではなく、

「その制度が必要か検証できる仕組みを残した人」

である。

10. じゃあ何を残す?――目標シートを減らして、意思決定だけ残す

全部なくす必要はない。

残すなら、実際に次の意思決定へつながるものだけでいい。

目標

現状から何を変えるか。 数字でも状態でもよいが、差分があること。

フィードバック

進んでいるか。 止まっているなら何が障害か。

支援

上司や会社が何を提供するか。 教育、権限、設備、予算、調整など。

評価との関係

評価に使うなら、どう使うかを明確にする。 使わないなら、無理に評価制度へ接続しない。

基本ルール

安全、服装、法令、勤怠などは「目標」ではなく標準として管理する。

これだけで、

「ヘルメットをかぶる」

は目標欄から退出できる。

代わりに、

「なぜ未着用が起きるのか」 「どうすれば事故らず、迷わず、自然に守れるか」

を考えられる。

目標設定の目的は、作文を生産することではない。

未来の行動を変えることだ。

誰も読まない目標なら短くする。 誰も使わないなら止める。 必要性が分からないなら半年外して比べる。

そして一番大事なのは、

「毎年やっている」は、制度の効果を示す証拠ではない。

会社には、仕事をするためのルールが必要だ。

でも、ときどきルール自身にも人事評価が必要である。

「あなた、この一年で何を生みましたか?」

目標シートが答えられないなら、

来期の契約更新を考えてもいい。

ソース

出典

  1. Locke, E. A. & Latham, G. P. “Building a Practically Useful Theory of Goal Setting and Task Motivation: A 35-Year Odyssey.” American Psychologist, 2002 pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
  2. Neubert, M. J. “The Value of Feedback and Goal Setting Over Goal Setting Alone and Potential Moderators of this Effect: a Meta-Analysis.” Human Performance, 1998 doi.org
  3. 中原淳ほか「目標管理制度の運用と従業員の内発的モチベーションの関係」日本労働研究雑誌 No.709, 2019 jil.go.jp
  4. Pulakos, E. D., Mueller-Hanson, R. & Arad, S. “The Evolution of Performance Management: Searching for Value.” Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 2019 doi.org
  5. Meyer, J. W. & Rowan, B. “Institutionalized Organizations: Formal Structure as Myth and Ceremony.” American Journal of Sociology, 1977 jstor.org
  6. DiMaggio, P. J. & Powell, W. W. “The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields.” American Sociological Review, 1983 doi.org
  7. Cox, C. B. et al. “Mapping the nomological network of change fatigue: identifying predictors, mediators and consequences.” Journal of Organizational Change Management, 2022 doi.org
  8. Oreg, S. & Sverdlik, N. “Responses to Organizational Change: Evolution of the Concept, Established Findings, and Future Directions.” Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 2026 doi.org

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