テレビを見ていたら、妙にツルッとした人物、柔らかすぎる動き、現実なのに現実ではない背景。
そして中央には、明らかに実在していそうな人。
脳内の判定が一瞬で終わる。
「これ、AIとリアルの人を合成してない?」
2026年、これはもう珍しい作り方ではない。生成AIで人物・背景・世界観を作り、必要な人物、商品、ロゴ、ナレーションだけ現実側から持ってくる。全部を撮影する必要がないので、広告制作としてはかなり合理的だ。
ただし、今回ジェクスの公開情報を調べると、一つ重要な注意点がある。
「ジェクスがAIを広告に使っている」ことは確認できる。だが、見かけた特定のL8020 CMの周囲までAI生成だと公式に確認できたわけではない。
ここを分けないと、「見た感じAI」から「公式にAI」へ瞬間移動してしまう。
5秒で結論
- ジェクスのL8020乳酸菌サイトは、2026年のCMに広島大学の二川浩樹教授本人が出演していると明記している。
- 一方、制作会社macs REALIZは、ジェクス「グラマラスバタフライ」のBrandムービーについて、描き下ろしイラストを基にした人物AI生成動画+CG処理と明記している。
- したがって「ジェクスは広告制作で生成AIを使っている」は事実。ただし、L8020 CMの背景や共演要素もAIだ、と同じ証拠から言うことはできない。
- 2026年の公開料金では、AI動画は約2万9,800円から、15〜30秒CMで5万円、ブランドCMで29万8,000円、実写人物×AI世界で50万円、作り込み型で70万円〜と幅が大きい。
- 高いのは「AIを1回回す料金」ではなく、企画、撮影、合成、編集、修正、音、権利処理、ブランド管理、納品責任である。
- AI動画がバレる手掛かりは、最近では「指が変」だけではない。時間方向の一貫性、人体運動、接触、物理法則、顔や背景の微妙な変形が重要になっている。
- ただし「自分はすぐ分かる」ことと「人間は一般に高精度で見抜ける」は別。研究では判定は決して万能ではない。
1. ジェクスのCMで、公式に確認できるAIと実写
まず、混線しやすい二つの案件を分ける。
L8020乳酸菌の公式サイトでは、2026年8月の福岡・福島エリアのTVCMに、L8020乳酸菌の発見者である広島大学の二川浩樹教授が出演すると告知されている。2月の中京エリア版では、子役2人と二川教授が共演すると明記されている。
つまり、少なくとも教授は「AIおじさん」ではなく実在人物の本人出演である。
一方、macs REALIZの制作実績では、ジェクス「グラマラスバタフライ」Brandムービーについて、描き下ろしイラストを基にした人物AI生成動画を使い、CG処理を加えて制作したと明記されている。2026年のKey Visualについても、描き下ろしイラストを基にした人物AI生成と記載されている。
だからジェクスについては、
実写出演の広告もある。AI生成を明示した広告もある。
ここまでは固い。
しかし「テレビで今見たL8020 CMの世界もAI生成だ」という部分は、少なくとも今回確認した公式情報だけでは確定できない。
視覚的にはAIっぽくても、記事では見た目の推定と制作会社の明記を別の箱に入れる。これが一番安全である。
2. なぜ「AI世界+実写の人」という作り方が合理的なのか
従来のCMで架空の世界を作ろうとすると、ロケ地、セット、美術、照明、衣装、キャスト、撮影スタッフ、CG、編集が必要になる。
生成AIを使えば、そのうち背景、美術、モブ、イメージカット、場合によっては主役級の人物まで、撮影せずに作れる。
その一方で、商品説明の信頼性が必要なところだけ本物の研究者、社員、タレント、商品を残す。
制作側から見ると、かなり都合がいい。
世界観:AI。 信用担当:実写。 商品:絶対に勝手に形を変えるな。
という役割分担ができる。
完全AIより「誰が言っているか」を担保しやすく、完全実写より撮影範囲を圧縮しやすい。企業広告がハイブリッド化するのは自然な流れである。
3. で、いくらで作れるのか――2026年の公開価格はもうかなり安い
「AI CMって数百万円するんでしょ」と思うと、公開料金を見るとだいぶ壊れている。
2026年9月時点で確認できる例では、CLEIA AI STUDIOは15〜60秒のAI動画を**2万9,800円〜**としている。
写真ラボ映像工房は15〜30秒のAI CMを720pで5万円、4Kで12万5,000円としている。
ノースイメージはAIによるCM・ブランドムービーを、企画・絵コンテから含め**29万8,000円〜**としている。
Meadow Works AIは、**実写人物をAI生成世界に合成するプランを50万円〜**と掲示している。
ムービーインパクトは、AI生成素材に監督・エディターが調整を加えるオーダーメイド制作を**70万円〜**としている。
つまり、同じ「AI動画」という言葉でも、
- 素材を渡して短尺を作る:数万円
- CMとして企画・音・編集まで作る:数万〜30万円台
- 実写撮影や高度な合成も入る:50万円〜
- ブランド案件として人が作り込む:70万円〜、さらに上
くらいまで平気で開く。
だから「AIなのに高い」は半分正しい。
AI生成そのものは安くなった。人間が責任を持って企業広告に仕上げる部分は、まだ安くない。
4. 高いのはAIではなく「事故らせない工程」
個人が遊びで15秒作るだけなら、生成回数の料金と編集ソフト代だけでも作れる。
企業CMになると話が変わる。
商品パッケージが1フレームだけ別の商品になる、ロゴの文字が崩れる、人物の顔が途中で変わる、医療・健康表現が広告ルールに引っかかる、出演者の権利範囲が合わない――こういうものを全部つぶさないといけない。
さらに企画会議、絵コンテ、クライアント確認、再生成、編集、カラコレ、BGM、ナレーション、MA、各媒体用書き出し、修正対応もある。
要するに、企業が買っているのはGPU時間だけではない。
「放送しても大事故にならない状態まで誰かが責任を持って持っていく」サービスを買っている。
AIが安くなっても、確認責任までは自動で消えない。
5. なぜ「これAIだ」とすぐ分かることがあるのか
昔のAI画像は指が6本、文字が謎言語、左右非対称という派手な事故でバレた。
2026年の動画はもっと上手い。
だから違和感の中心が、1枚の絵の破綻から「時間の流れの破綻」へ移っている。
CVPR 2026のSkyraは、人間が知覚できる生成動画のアーティファクトを細かく注釈し、空間と時間の両方の異常を手掛かりにしている。
MotionPhysはさらに、見た目が滑らかでも、物体運動の軌跡が慣性・連続した力・軌道形状といった現実の物理と整合しない場合があると報告している。
視聴者が日常的に感じる「AI臭」を言葉にすると、たとえばこうなる。
- 人間の歩行や首の動きが、滑らかなのに重さがない
- 手が物を持つ瞬間だけ接触関係が曖昧になる
- 髪、服、アクセサリーがフレームごとに少し違う
- 顔の筋肉と口、頬、目の動きが完全には同期しない
- 背景人物が目的なく「それっぽく」動く
- カメラは映画的なのに、物理世界の因果が弱い
一枚止めると普通なのに、再生すると「なんか世界が柔らかい」。
これが今のAI動画の典型的なバレ方の一つである。
6. 実写の人を混ぜると、むしろAIが目立つこともある
ここは研究でジェクスCMを直接検証した話ではなく、知覚上の推論である。
画面全部がAIなら、視聴者はその世界のルールに慣れる。
ところが本物の人間を一人置くと、その人が現実の基準器になる。
実写人物の肌には細かいランダム性がある。呼吸で服が動く。体重移動に慣性がある。被写界深度やモーションブラーも撮影系に従う。
その隣のAI人物やAI背景が少しだけ違えば、比較対象ができる。
結果として、
「おじさんは現実。周囲だけ夢。」
みたいな境界が見えやすくなる。
AIと実写の合成はコスト削減には合理的だが、品質の差が大きいと実写部分がAI検出器の校正用サンプルになるという、ちょっと面白い逆転が起きる。
7. ただし「俺はすぐ分かる」=人類が全部見抜ける、ではない
ここは重要な反証である。
CVPR Workshops 2026の研究では、最先端のtext-to-video映像と実写を人に判定させ、映像が1フレームから8秒へ長くなるほどAI動画の検出率は約58%から75%へ上がった。一方、実写を正しく実写と判断する精度は約60%で大きく変わらなかった。
つまり、長く見ればAIのボロを拾いやすくなるが、本物への疑いまで消えるわけではない。
2024年の56論文・8万6,155人を統合したメタ分析でも、人間のディープフェイク検出は全体として強いとは言えず、動画の単純な正答率推定も約57%だった。
だから「AI動画をよく見ている人が特定の癖を早く拾う」ことはありえるが、そこから「AIなら誰でも瞬殺で分かる」とは言えない。
むしろ今後は、
怪しいAIを見抜く能力と、 本物をAIだと誤認しない能力
の両方が必要になる。
8. CM制作は「全部AI」より「AIで削れる場所だけ削る」へ
企業にとって重要なのは、AIを使ったこと自体ではない。
同じ広告効果なら、撮影日数、ロケ、セット、キャスト、修正待ちを減らせるほど経済合理性がある。
しかし商品、専門家、ブランドの顔、法的に正確でなければならない部分まで全部AI化すると、別のリスクが出る。
だから当面の強い形は、完全無人化よりハイブリッドだろう。
- 本物である意味がある人物は実写
- 架空でよい世界はAI
- 商品は厳密に管理
- 最後の品質判断は人
これならAIの長所を取って、企業広告の信用まで全部賭けなくて済む。
制作費がゼロになる革命ではない。
「同じ予算で、今まで撮れなかった世界を作れる」革命に近い。
9. 結論――AIは安くなった。でも「AIっぽさ」はまだ無料で付いてくる
ジェクスの公開事例を見るだけでも、広告制作はすでに実写と生成AIが同じ会社の中で普通に共存する段階に入っている。
しかも公開市場では、短尺AI動画なら数万円、企業向けのブランドCMでも数十万円から選択肢がある。
「思ったより高い」と感じるのも正しい。
でも高いのは、AIのボタンを押す行為ではない。
企画して、事故を潰して、実写とつないで、ブランドとして放送できる形にする人間側の工程である。
そして視聴者側も進化している。
指の本数を数えなくても、動き、接触、重さ、顔、背景、実写との差から「なんかAI」と感じる。
ただし、その直感は万能ではない。
2026年の面白い状況はこうだ。
AIはもう十分うまい。 でも人間もAIを見慣れ始めた。 そこで実写のおじさんが一人、現実の基準点として立っている。
人類最後の実写枠みたいになっているが、広告としてはむしろかなり合理的である。

