一人のMVPではなく、フェーズごとにMVPがいる
「この神を掲げよう」とした人がMVPではないか。
これはかなり鋭い見方である。
八幡さまが巨大化したのは、応神天皇本人だけの話ではない。
それを見つけ、語り、神社にし、国家に接続し、都へ展開し、武家市場へ広げた人たちがいる。
八幡ブランドの拡大は、一人の天才ではなく、フェーズごとのMVPによって進んだと見ると分かりやすい。
初期コンセプトMVP:大神比義
伝承上の初期キーマンは、大神比義である。
大神比義は、八幡大神を初めて見た人物とされる。宇佐市の説明では、欽明天皇29年、568年に勅命を受けて宇佐へ派遣され、三年祈った後、三歳の童子の姿をした八幡大神が現れたとされる。その神は、自分が応神天皇であり、日本を守護すると告げたという。
ここで、かなり強い初期設定が付く。
宇佐の強い地方神
→ 自分は応神天皇である
→ 日本を守護する
これは神ブランドとしてめちゃくちゃ強い。
現代語で言えば、大神比義は、
「この地方神、実は応神天皇で、日本守護の神です」という初期コンセプトを感得した伝承上のローンチ担当
である。
本社MVP:宇佐神宮
次に重要なのが宇佐神宮である。
宇佐神宮は全国に四万社あまりある八幡さまの総本宮とされる。
御祭神は、八幡大神、比売大神、神功皇后。
ここが八幡ブランドの本社である。
八幡信仰は、宇佐を起点として、国家・仏教・都・武家へと展開していく。
現代語で言えば、
宇佐神宮=八幡ブランドの本社・発祥地
である。
国家案件MVP:奈良朝・東大寺
八幡ブランドを一気に格上げしたのが、東大寺大仏建立への関与である。
大仏建立が難航する中、八幡神が天の神・地の神を率いて協力するという趣旨の託宣を出したとされる。
ここで八幡は、ただの地方神ではなくなる。
国家の超大型プロジェクトを助けた神
仏教国家事業にも関われる神
全国の神を率いると言える神
になる。
これは神様界の大型案件受注実績である。
首都圏展開MVP:行教和尚
次の大きなMVPは、行教和尚である。
石清水八幡宮の公式説明では、859年に大安寺の僧・行教が宇佐八幡宮で祈り、八幡大神から「都近き男山の峯に移座して国家を鎮護する」という託宣を受けたとされる。その後、男山に御神霊を奉安したのが石清水八幡宮の起源である。
ここで八幡は、
宇佐の八幡
から
都近くの国家守護神
へスケールアップする。
現代語で言えば、行教は、
八幡ブランドの首都圏展開責任者
である。
武家市場MVP:源氏・頼朝
さらに八幡を全国レベルに押し上げたのが、源氏と武家である。
石清水八幡宮は、源氏一門が八幡大神を氏神として尊崇し、全国各地に勧請したと説明している。
鶴岡八幡宮も、源頼義が石清水八幡宮を勧請し、後に源頼朝が現在地に遷して、鎌倉武家社会の中心的な神社になったとされる。
ここで八幡は、
国家守護神
+
武家の氏神
+
武運・勝利・弓矢の神
として爆伸びする。
現代語で言えば、
源氏・頼朝ライン=武家市場への拡販担当
である。
神様界のスタートアップ成長史
八幡の拡大を現代風に整理するとこうなる。
| フェーズ | MVP | 役割 |
|---|---|---|
| 初期設定 | 大神比義 | 八幡大神=応神天皇=日本守護という設定を感得 |
| 本社化 | 宇佐神宮 | 八幡ブランドの総本宮 |
| 国家案件 | 奈良朝・東大寺 | 大仏建立支援で国家級へ格上げ |
| 首都展開 | 行教和尚・石清水八幡宮 | 都近くの国家守護神へ |
| 武家拡散 | 源氏・源頼朝・鶴岡八幡宮 | 武家の氏神・全国展開へ |
つまり八幡は、
地方神スタートアップが、国家案件を取り、首都展開し、武家市場で爆伸びした神様ブランド
である。
まとめ
八幡さまを超メジャーにしたMVPは一人ではない。
大神比義が初期コンセプトを感得し、宇佐神宮が本社となり、東大寺大仏建立で国家案件を取り、行教が首都圏へ展開し、源氏・頼朝が武家市場へ拡販した。
この積み重ねで、八幡は全国チェーン化した。
八幡さまは、神様界のプロダクトマーケットフィットが強すぎた存在である。
