注文したのはピザだけ。人間関係の最終回は頼んでいない
ファミレスでピザを食べながら、スマホをぽちぽちしていた。
平和である。
少なくとも、隣の席から聞こえてくる会話に耳が向くまでは。
男性側から、かなり強い口調が飛んでくる。
「おしぼり取ってこいよ」 「飲み物持ってこいよ」 「残したら殺すからな」 「あー、ムカつくな」
いや待て。
注文したのはピザであって、人間関係の最終回ではない。
隣席なのに、こちらのドリンクバーより感情の供給量が多い。
1. 最初は「口が悪い人かな」で済むかと思った
一つ一つの言葉だけを切り取れば、荒っぽい冗談、普段から口の悪いカップル、身内ノリという可能性もある。
だから、聞こえた瞬間に「これはこういう関係だ」と決めつけることはできない。
ただ、見える範囲では女性側が帽子とマスクをつけ、少し体を縮めるような雰囲気だった。
男性側は貧乏ゆすりのような落ち着かない動きもしている。
これも単独なら何の証拠にもならない。
帽子もマスクも、貧乏ゆすりも、それだけでは人間関係を説明しない。
しかし、
命令口調+強い言葉+相手があまり返さない
まで重なると、「隣、なんか空気重いな」とはなる。
2. そして突然、恋愛サスペンス編に入った
しばらくすると、会話のジャンルが変わった。
「酔っぱらってあの状況で電話出ねえとかありえねぇよ」 「お前がやってる、やってないとか」 「LINE見せろ」 「あ?」
おお。
さっきまで「おしぼり取ってこい」だった番組が、突然スマホ提出回になった。
ドリンクバー編からLINE監査編への展開が速い。
ここまで聞こえると、「女性側が浮気でもしたのか?」とストーリーを補完したくなる。
でも、そこは分けた方がいい。
実際に分かるのは、
- 男性側が何かを強く疑っている
- 電話に出なかったことが争点らしい
- LINEを見せるよう要求している
というところまで。
本当に浮気なのか、不倫なのか、単なる誤解なのか、過去の別件なのか、男性側の疑いが強すぎるだけなのか。
隣の席には脚本が配られていない。
聞こえたセリフから勝手に最終回を作ると、簡単に間違える。
3. 最大のツイストは「店員には普通に丁寧」
さらに面白かったのがここだ。
店員が来る。
すると男性側は、
「これ、小ですか?」
のように、普通に丁寧語で話している。
できるんかい。
社会モード、ちゃんと搭載されてるんかい。
さっきまで隣では「あ?」だったのに、店員には通常運転。
もちろん、これだけで性格や関係性を診断することはできない。
ただ少なくとも、「誰に対しても常に荒っぽい人」という単純な説明ではなさそうに見える。
人は相手や場面によって口調を切り替える。
その切り替えが目の前で極端に見えると、観客席としては情報量が多い。
4. ファミレスの謎コンテンツ力
外食の面白さは、飯だけではない。
店に入るまで、その日の隣席が何を上映するか分からない。
家でピザを食べれば、ピザしか出てこない。
ファミレスでピザを食べると、たまに無料で、
- 就活相談
- 親子喧嘩
- 会社の愚痴
- 初デート
- 別れ話
- 謎の商談
- そして今回のような恋愛サスペンス
が副音声として付いてくる。
もちろん盗み聞きをしに来たわけではない。
スマホを触って普通に食事しているだけなのに、声量の方からこちらへやってくる。
料理は注文制、人間ドラマはランダム配信。
この予測不能性は、外食にしかない。
5. 面白い。でも「分からないこと」は分からないままにする
人間観察が面白いのは、断片から背景を想像できるからだ。
一方で、その想像は事実ではない。
今回も、
「浮気したのか?」 「付き合っているのか?」 「夫婦なのか?」 「いつもこうなのか?」 「今日は特殊な事情があったのか?」
何一つ確定していない。
だから一番ちょうどいい楽しみ方は、
聞こえたことは聞こえたこととして楽しむ。設定は勝手に確定しない。
これである。
リアリティ番組と違って、テロップもナレーションも答え合わせもない。
あるのはピザと、スマホと、隣から聞こえる断片だけだ。
6. ただし、フォークが飛んだら番組終了
ここだけは線を引く。
強い口調で言い争っている段階と、物理的な危険が出る段階は別だ。
もし、
- フォークや皿などを投げる
- 相手の腕や体をつかむ
- 席を立とうとする相手を物理的に止める
- 明確な暴力が始まる
- 周囲にも危険が及ぶ
といった状態になれば、もう「隣席コンテンツ」ではない。
その場合は自分でヒーロー役を始めるより、距離を取り、店員や必要な緊急対応につなぐ方が安全だ。
フォークが飛んだら、エンタメではなくインシデント。
ここはジャンル変更である。
7. 残したら殺すぞからの結局、残していい?で全部ひっくり返る
さらにしばらくすると、急に生活感のある一言が飛んできた。
「塩コショウ取って」
ここだけ切り取れば、あまりにも普通の食卓である。
そしてその後、
「結局、残していい?」
さっきまで「残したら殺すからな」だったのに。
残飯ルール、普通に交渉可能だったんかい。
何でも相手に「取ってこい」「持ってこい」とやらせる。強い調子で「やるな」と言う。そして自分は、自分で禁止した側のことを普通にやる。
その落差を眺めている側としては、思わず、
「赤ちゃんやめろ」
と皮肉の一つも入れたくなる。
ここで重要なのは、この「赤ちゃんやめろ」は隣席の発言ではないことだ。観察していた側のツッコミである。
さっきまで恋愛サスペンスだったのに、急に塩コショウと食べ残しの相談が始まる。
人間関係、ジャンル変更が多すぎる。
8. こっちの皿は即回収、隣は皿タワー。そして持ち込み缶ビール
さらに謎だったのがテーブル上の物流である。
こちらの空いた皿は、店員が来るたびにかなりの速さで回収されていく。
一方、例の二人のテーブルには、食べ終わった皿がだんだん溜まっているように見えた。
俺のテーブルだけ皿回収RTAが始まっている。
ここまで来ると、「店員さん、あのテーブルちょっと避けてない?」と想像したくなる。
ただし、これは完全にこちらの推測である。たまたま回収タイミングが違っただけかもしれないし、注文状況や動線の違いかもしれない。店員が実際に避けていたかどうかは分からない。
そしてさらに情報が増える。
持ち込んだ缶ビールを飲んでいる。
しかも、その空き缶まで最終的に店員に回収してもらう流れに見える。
いや、そこまで店のオペレーションに乗せるんかい。
店への飲食物持ち込みがその場で認められていたのか、店員がどう認識していたのかまでは確認していないので、規則違反とは断定しない。
ただ、観察者側から見える絵としては、
こっち:空き皿ゼロ。
隣:皿スタック+店外缶ビール。
もうテーブル上まで展開が多い。
9. 結局、外食は飯と人間を同時に見る場所だった
その日は、ピザを食べながらスマホを触り、隣の展開だけがどんどん進んでいった。
命令口調。
不穏な一言。
貧乏ゆすり。
電話に出なかった件。
LINEを見せろ。
そして店員には丁寧語。
こちらはただ座っていただけなのに、情報だけが次々届く。
これが外食の妙な醍醐味なのかもしれない。
何も起きなければ普通に飯がうまい。
何か起きれば、人間という生き物の解像度が少し上がる。
ただし、他人の人生の真相までは分からない。
だから結論はこのくらいがちょうどいい。
注文したのはピザ。
付いてきたのは、答えのないリアル人間ドラマだった。
