結論
指摘そのものが悪いわけではない。
むしろ、良い指摘は人を助ける。
資料は良くなる。
教育は分かりやすくなる。
同じように良い仕事ができるようにもなる。
問題は、指摘の形をしているだけで、実際には改善に使えないものがあることだ。
それをこの記事では、あえてこう呼ぶ。
ゴミ指摘自己満パック
これは、言う側は「指導した」「厳しいことを言ってあげた」「育てている」と思っている。
しかし、受ける側には具体的な改善行動が残らない。
残るのは、混乱、萎縮、同じ苦しい考えをぐるぐる繰り返すこと、自分を否定する気持ちだけである。
良い指摘は、成果物や行動を良くする。
悪い指摘は、相手の人格に判決を下す。
この違いを分けられない職場では、人はだんだん黙る。
そして、次第に必要な仕事だけをするようになっていく。
うまくいっていないのに、なぜ切り替えないのか
不思議なのは、こういう指摘や指導で実際にうまくいっていないのに、言う側がなかなか切り替えないことだ。
部下が萎縮する。
人が辞める。
会議で「はい」しか返ってこない。
主体性がなくなる。
教育が次に繋がらない。
それでも、指導する側は同じやり方を続ける。
なぜか。
本人の中では、こういう物語になっているからだ。
指導している。
厳しいことを言ってあげている。
本人のために言っている。
姿勢の問題を指摘している。
成長のために必要。
この物語があると、結果が悪くても切り替えにくい。
部下が黙ったら、「響いている」と見る。
部下が反論しなくなったら、「分かってきた」と見る。
部下が距離を取ったら、「主体性がない」と見る。
部下が辞めたら、「合わなかった」と見る。
つまり、自分の指導が人を黙らせた可能性を見ず、相手の姿勢や適性の問題として処理する。
ここが一番怖い。
自分の考えと矛盾するものを見た時の心理についての説明では、人は自分の信念や行動と矛盾する情報に直面すると、その不快感を減らすために自分に都合のよい理由を付けたり、見たくない情報を避けたりすることがある。指導者側が「自分は本人のために言っている」と信じているほど、「その指導で人が潰れている」という情報は受け入れにくくなる。
また、会社などの集団が危険を感じると、柔軟に動くどころか慣れたやり方から動けなくなりやすい、という考え方もある。業績不振、人材流出、現場の混乱が起きるほど、本来は見直しが必要なのに、逆に「もっと厳しく」「もっと姿勢を正せ」と、慣れた指導に固執してしまう。
だから、うまくいっていないのに切り替わらない。
これは単なる性格の問題ではなく、自分が正しいと考えたい気持ち、会社を守ろうとする反応、うまくいかなかった結果から学び直せないことが重なった結果でもある。
「指摘を受け入れられない人」ではない
まず大事なのは、指摘を嫌がる人が、必ずしも成長意欲のない人ではないということだ。
役に立つ指摘なら、普通に入る人は多い。
たとえば、教育資料や仕事の手順書を作っている時に、次のような指摘を受けたとする。
- この順番の方が初心者には分かりやすい
- このページは目的と少しズレている
- この説明は図にした方が伝わる
- ここは現場例を入れた方がよい
- この言葉は初めて聞く人には難しい
これは聞きやすい。
なぜなら、次に何を直せばいいか分かるからだ。
一方で、次のような指摘はどうだろう。
- もっと相手目線で
- 姿勢が足りない
- 臨機応変さがない
- 適性の問題かもしれない
- そういうところが良くない
- 普通は分かる
- 先月とは違うけど、今回はこう
これはしんどい。
なぜなら、仕事の改善ではなく、自分という人間への判定に聞こえるからだ。
つまり、問題は「指摘を聞けるか」ではない。
改善可能な指摘か。
人格に飛んだ指摘か。
ここが重要である。
役に立つ指摘は、次の一手に変換できる
Hattie and Timperley(2007)の指摘が学びに与える影響を調べた研究では、指摘は学習に強い影響を持つが、良い結果につながることも、悪い結果につながることもあるとされている。さらに、役に立つ指摘は「どこへ向かうのか」「今どこにいるのか」「次に何をするのか」を明確にするものとして整理されている。
これは現場感覚にも合う。
良い指摘は、次の一手に変換できる。
この資料は誰に向けたものか。
どの状態になれば完了か。
どこで受講者が詰まりそうか。
何を足せば理解しやすくなるか。
何を削れば伝わりやすくなるか。
こういう指摘なら、多少耳が痛くても使える。
むしろ、良い指摘はありがたい。
自分だけでは見えない盲点を補ってくれるからだ。
一方で、悪い指摘は次の一手に変換できない。
姿勢が悪い。
適性がない。
臨機応変さが足りない。
もっとちゃんとやって。
普通はこう。
前から思っていたけど。
これを言われても、具体的にどのページをどう直すのか、どの行動をどう変えるのかが分からない。
分からないまま、ただ自分が悪い気がしてくる。
これが、悪い指摘の破壊力である。
ゴミ指摘自己満パックの中身
ゴミ指摘自己満パックには、いくつか典型的な部品がある。
1. 後出し基準
最初に目的や完了条件を言わない。
でも、完成後に別基準で指摘する。
そういう意味ではなかった。
そこまで求めていなかった。
逆にそこはもっとやるべきだった。
今回はこういう観点で見ていた。
これをやられると、受け手は学習する。
事前に基準がないなら、何をやっても後から刺される。
後出し基準は、人を慎重にする。
そして、最終的には動かなくする。
2. 抽象語だけで終わる
「もっと分かりやすく」
「主体的に」
「相手目線で」
「臨機応変に」
「先輩として」
「責任感を持って」
これらの言葉は、単体ではほとんど使えない。
使うなら、具体的な行動に落とす必要がある。
このページは初めて読む人に難しい言葉が多いので、説明するページを1枚追加する。
受講者が最初に見る手順を3ステップに分ける。
完了条件をチェックリスト化する。
判断が必要な箇所は上長確認に戻す。
ここまで落ちれば指摘になる。
抽象語だけで終わるなら、それは指摘ではなく雰囲気である。
3. 人格混入
仕事の話をしているのに、いつの間にか人格の話になる。
適性がない。
対人が苦手。
考え方が浅い。
姿勢が悪い。
性格的に向いていない。
これは最も危険だ。
なぜなら、改善対象が「資料」や「行動」ではなく、「その人そのもの」になるからだ。
成果物への指摘なら直せる。
行動への指摘なら変えられる。
しかし、人格への指摘は逃げ場がない。
人格に飛ばされた人は、次から発言や挑戦を減らす。
4. 目的不在
良い指摘は、目的に戻る。
この教育の目的は何か。
受講者に何を持ち帰ってほしいのか。
どこで使う知識なのか。
何ができれば成功なのか。
悪い指摘は、目的ではなく指摘者の気分に戻る。
自分は違和感がある。
自分はこう思う。
自分ならこうする。
自分が見て気になる。
もちろん、指摘者の違和感が役に立つこともある。
しかし、目的に接続されていない違和感は、ただの赤ペン欲になる。
5. 修正不能
悪い指摘の最後には、だいたいこういう感覚が残る。
で、何をどうすればいいんですか?
これが残ったら、その指摘はかなり危ない。
受け手に改善行動を渡していないからだ。
言う側は満足している。
受ける側は混乱している。
成果物は良くならない。
これが、ゴミ指摘自己満パックである。
「赤ペン先生」と「赤ペンゴミ先生」は違う
赤ペン自体は悪くない。
良い赤ペンは、成果物を良くする。
たとえば、
- ここは結論を先に置いた方がよい
- この見出しは内容とズレている
- この図は順番を入れ替えた方が分かりやすい
- この説明は受講者の前提知識に合っていない
- このページは削ってもよい
これは良い赤ペンだ。
一方で、赤ペンゴミ先生は違う。
- 目的を示さず赤を入れる
- 先月と違うことを言う
- 具体的な修正に落ちない
- 人格や姿勢に飛ぶ
- 言う側が気持ちよくなる
- 受け手には混乱だけが残る
赤ペンゴミ先生は、教育しているように見える。
しかし実際には、相手の改善力を削っている。
本人は「厳しく指導した」と思っているかもしれない。
だが、相手からするとこうである。
改善材料なし。
被弾だけあり。
次から深く関わらない。
なぜ人格に飛ばす人は自己嫌悪しないのか
人格に飛ばす指摘をする人は、自分では人格攻撃をしているつもりがないことが多い。
本人の中では、こう変換されている。
指導している。
厳しいことを言ってあげている。
本人のために言っている。
成長には耳が痛いことも必要。
言われるうちが華。
だから自己嫌悪しにくい。
しかし、受け手からすると違う。
仕事の具体改善ではなく、自分という人間への判決を下された。
このズレが大きい。
「言われるうちが華」という言葉も、信頼関係と具体性がある場では成立する。
だが、低信頼・後出し・人格混入の職場で使うと、かなり危険だ。
花が咲くには土壌がいる。
水もいる。
日光もいる。
踏み荒らされない環境もいる。
それなのに、踏みつけておいて「なぜ咲かない」と言うなら、それは教育ではない。
ただの除草剤である。
結果が出ていない指導を続ける理由
結果が出ていないのに、指導者が切り替えない理由は、たいてい「結果の見方」が違うからだ。
受け手から見ると、
人が萎縮している。
本音を言わなくなっている。
改善提案が減っている。
部下が辞めている。
仕事の質も上がっていない。
となる。
しかし、指導者側の物語では、
厳しく言ったから本人が考えている。
反論しなくなったから理解した。
距離を取るのは本人の主体性不足。
辞めたのは本人の適性や家庭事情。
自分は必要なことを言っただけ。
となり得る。
これでは、どれだけ人が辞めても、指導方法は変わらない。
なぜなら、失敗の原因が常に相手側へ置かれるからだ。
ここで必要なのは、やり方だけでなく、その前提になっている考え方まで見直すことである。
「もっと強く指導する」「もっと姿勢を正させる」という同じ枠内の改善ではなく、そもそもその指導観・人間観・評価観が機能しているのかを見直す必要がある。
しかし、組織が防衛的になると、そこまで行かない。
「人が悪い」「姿勢が悪い」「適性がない」で止まる。
これが、学習しない組織の怖さである。
人は、言っても安全な相手には本音を言う
「この人は本音を言わない」
「人と話すのが苦手」
「対人が弱い」
こういう評価はかなり雑である。
なぜなら、同じ人でも相手によって話せる量が変わるからだ。
言っても安全な相手には言える。
- 遮らない
- 人格に飛ばない
- まず構造として聞く
- 失敗と人格を分ける
- 意図を悪く取らない
- 話した後に責任化しない
こういう相手なら、かなり本音を言える人は多い。
逆に、言うと痛い目を見る相手には言えない。
- 途中で止められる
- 人格や適性に飛ぶ
- 上に悪く伝えられる
- 後出しで責められる
- 「そういう意味ではない」と再編集される
この相手には、人は黙る。
これは対人能力の問題ではなく、安全性の問題である。
質問や異論を言える職場について研究しているAmy Edmondsonは、疑問を示したり失敗を認めたりしても責められないと、仲間同士で信じられることの大切さを説明している。質問する、異論を言う、ミスを認める、助けを求めるといった行動は、安全だと感じられる場で出やすい。
つまり、人が話さない時、本人の性格だけを見てはいけない。
その場が、話しても安全な場だったのかを見る必要がある。
言われやすい人は、弱い人とは限らない
職場では、言われやすい人がいる。
それは必ずしも弱いからではない。
むしろ、次のような人ほど言われやすい。
- ちゃんと聞く
- ちゃんと考える
- 指摘を改善に変換できる
- 責任感がある
- 成果物を良くできる
- 強く潰し返すタイプではない
- 仕事を拾ってしまう
つまり、「言えば動く人」に指摘は集まりやすい。
まともな環境なら、これは成長機会になる。
しかし、低信頼の環境では搾取につながる。
言えば直す。
言えば拾う。
言えば背負う。
失敗したら本人の適性にできる。
こうなると、仕事ができることが保護ではなくリスクになる。
本来なら、仕事ができる人には、権限・時間・評価・範囲がセットで渡されるべきだ。
しかし、悪い職場ではこうなる。
仕事できるね。
じゃあこれもお願い。
先輩として。
人事として。
最後まで。
姿勢として。
これでは、仕事ができる人ほど能力を隠す。
そして必要な仕事だけをするようになる。
内心の判断と、外向きの言葉は分ける
ここで大事なのは、自分が相手を人格で殴る側に回らないことだ。
たとえば、内心ではこう思うかもしれない。
この人は浅い。
この指摘は自己満足だ。
この人は構造を見ていない。
この指摘はゴミ指摘だ。
そう感じること自体は、防衛として自然である。
危険な相手を危険と認識しない方が危ない。
しかし、それをそのまま相手に言うと、自分も人格攻撃側に回る。
だから分ける。
内心では、どういう指摘かを判断してよい。
これは改善に使えない指摘だ。
この人には深く話すと危ない。
この場では最低限でよい。
相手には、仕事の進め方として伝える。
承知しました。
対応範囲を確認します。
判断が必要な点は上長に確認します。
認識違い防止のため文書で共有します。
進捗はチェックリストに記入します。
相手を人格で殴らない。
でも、人格で殴られる場所には深く関わらない。
これが大事である。
なぜ人は攻撃側と防御側に分かれるのか
ストレスがかかった時、人は大きく二つの方向に分かれやすい。
外に出す人。
内に引っ込める人。
外に出す人は、こうなる。
あいつが悪い。
適性がない。
姿勢が悪い。
新人にやらせている。
上に報告しておこう。
指導しよう。
本人の中では防衛やリスク管理のつもりかもしれない。
しかし、受け手から見ると攻撃になる。
内に引っ込める人は、こうなる。
はい。
もう言わない。
文書だけにする。
最低限だけやる。
有給を使う。
必要な仕事だけにする。
これは外から見ると、主体性がないように見える。
しかし本人の中では、被弾を避けているだけである。
職場で人が意見を言わなくなる行動についての研究は、この自分を守ろうとする反応に近い。Van Dyne, Ang, Botero(2003)は、黙ることと話すことを、ただ正反対のものとしてではなく、恐れ・諦め・防衛・配慮など複数の動機を持つ行動として整理している。
つまり、黙っている人は何も考えていないのではない。
考えた結果、出すと痛いから黙っていることがある。
自分を守るために、必要な仕事だけをする
人格に飛ぶ指摘が多い職場では、人はだんだん必要な仕事だけをするようになる。
最初は、ちゃんとやろうとする。
- 良い資料を作る
- 教育を良くする
- 新人に小さな成功体験を作る
- チェックリストを作る
- 手順書を作る
- 業務を見える化する
しかし、それが後から悪く翻訳される。
余計なことをしている。
新人にやらせている。
適性がない。
対人が苦手。
そういう意味ではない。
聞いていない。
これが続くと、人は学習する。
ここでは、善意を出すと危ない。
ここでは、改善すると責任になる。
ここでは、教えると悪翻訳される。
ここでは、人格に飛ばされる。
なら最低限でいい。
こうして、必要な仕事だけをするようになる。
それは冷たさではなく、防衛である。
もちろん、組織にとっては損失だ。
以前なら出ていた改善提案、教えようとする熱意、先回りして手伝うこと、他の人の仕事を引き受けることが消える。
しかし、個人にとっては自分を守るための手段になる。
そして、さらに限界が来ると、本当に辞める。
良い指摘とゴミ指摘の見分け方
最後に、良い指摘とゴミ指摘の見分け方を整理する。
良い指摘
- 目的に戻っている
- 具体的である
- 改善可能である
- 次の一手が分かる
- 人格ではなく行動や成果物を見ている
- 事前の基準と矛盾しない
- 相手が試せる余地を残す
- 成果物が実際に良くなる
ゴミ指摘自己満パック
- 後出しである
- 抽象語だけで終わる
- 人格や適性に飛ぶ
- 目的がない
- 修正不能である
- 言う側だけが満足する
- 受け手に混乱と萎縮だけ残る
- 成果物が良くならない
良い指摘は、痛くても後で役立つ。
ゴミ指摘は、受け取るほど疲弊する。
だから、すべての指摘を平等に受け取る必要はない。
個人の防衛策
人格に飛ばす指摘が多い職場では、次の防衛策が必要になる。
1. 指摘を分類する
指摘を受けたら、まず分類する。
これは改善に使える指摘か。
それとも自己満足の指摘か。
使えるものは受け取る。
使えないものは「確認します」で流す。
2. 人格に入れない
人格に飛ばされた時に、すべてを心に入れない。
この指摘は仕事の改善に変換できるか。
変換できないなら、心に入れるのではなく、仕事の進め方として考える。
人格に入れると壊れる。
仕事の進め方として考えれば守れる。
3. 文書化する
低信頼の職場では、口頭だけにしない。
認識違い防止のため共有します。
〇〇は△△の認識で進めます。
相違があればご指摘ください。
これは攻撃ではない。
防衛である。
4. 良い相手には深く話す
全員に同じ深さで話す必要はない。
安全な相手には構造まで話す。
危険な相手には最低限にする。
これは冷たいのではない。
信頼に応じて話す内容や深さを変えているだけである。
5. 仕事ができることを安売りしない
仕事ができる人ほど、便利に使われやすい。
だから、能力を出す場所を選んでよい。
権限・時間・評価・範囲がある場所なら出す。
親切心を理由に、担当ではない仕事まで押し付けられる場所では出さない。
組織側がやるべきこと
組織が本当に人を育てたいなら、「厳しいことを言う」だけでは足りない。
必要なのは、良い指摘の設計である。
- 目的を明確にする
- 何を求めているかを先に示す
- 完了条件を書く
- 人格ではなく行動を見る
- 具体的な改善案を出す
- 後出しを減らす
- 指摘後に再挑戦の場を作る
- 「はい」が同意なのか防衛なのかを見る
これをせずに、
言われるうちが華
耳が痛いことを聞け
先輩として
姿勢として
相手が自分で考えられるように教えるために
と言っても、人は育たない。
むしろ黙る。
まとめ
指摘は大事だ。
しかし、すべての指摘が成長につながるわけではない。
良い指摘は、目的に戻り、具体的で、改善可能で、次の行動に変換できる。
悪い指摘は、後出しで、抽象的で、人格に飛び、言う側だけが満足する。
これを混同すると、人はこう学習する。
指摘を受けると成長する
ではなく、
指摘を受けると人格を裁かれる。
そして、人は黙る。
最低限だけやる。
必要な仕事だけをするようになる。
最後には辞める。
だから、指摘する側に必要なのは、厳しさではなく、何をどう直すかまで具体的に見る力である。
相手を変えたいなら、人格を裁くな。
成果物と行動を、次に動ける形で扱え。
それができない指摘は、ただのゴミ指摘自己満パックである。
参考資料(5件)
- Hattie, J., & Timperley, H. (2007). The Power of Feedback. Review of Educational Research.
https://journals.sagepub.com/doi/10.3102/003465430298487 - Kluger, A. N., & DeNisi, A. (1996). The Effects of Feedback Interventions on Performance: A Historical Review, a Meta-Analysis, and a Preliminary Feedback Intervention Theory. Psychological Bulletin.
https://www.researchgate.net/publication/232458848_The_Effects_of_Feedback_Interventions_on_Performance_A_Historical_Review_a_Meta-Analysis_and_a_Preliminary_Feedback_Intervention_Theory - Edmondson, A. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly.
https://journals.sagepub.com/doi/10.2307/2666999 - Van Dyne, L., Ang, S., & Botero, I. C. (2003). Conceptualizing Employee Silence and Employee Voice as Multidimensional Constructs. Journal of Management Studies.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1467-6486.00384 - Staw, B. M., Sandelands, L. E., & Dutton, J. E. (1981). Threat Rigidity Effects in Organizational Behavior. Administrative Science Quarterly.
https://www.jstor.org/stable/2392337
