『進撃の巨人』のライナー・ブラウンを見返すと、とんでもない矛盾に気づく。敵地に潜入したはずなのに、敵の仲間を本気で助け、励まし、心配してしまう。スパイとしては感情移入が限界突破している。
しかも帰還すればハッピーエンド、ではない。鎧の巨人の肉体は異様に頑丈なのに、本人の心は104期の友情に貫かれている。防御力を外装に全振りして精神防御を忘れた男。これがライナー曇らせの核心だ。
最初の夢は、ただ家族に愛されることだった
母カリナは、エルディア人が過去の罪を背負うというマーレの考え方をライナーに教えた。幼いライナーは戦士になり、名誉マーレ人になれば、母とマーレ人の父が一緒に暮らせると信じている。
だが父には拒絶される。さらに、鎧の巨人の継承者に選ばれた背景には、マルセルが弟ポルコを守るために選抜へ働きかけた事情があった。直後、マルセルはライナーをかばって命を落とす。人生の支えが一気に折れる。
ライナーはそこで、マルセルのような強く頼れる人間になろうとする。104期の『兄貴分ライナー』は、最初から恐怖と負い目の上に作られた姿だった。
コニーを救い、エレンを励ました。仲間のふりが仲間になった
壁内で出会うエレン、コニー、サシャ、ジャンたちは『島の悪魔』どころか、無茶をしたり、ふざけたり、互いを助ける普通の少年少女だ。
ライナーはコニーを守るために危険を冒し、エレンには兄貴分らしく声をかける。これをすべて任務上の演技と片づけると、彼の苦しみは説明できない。戦士として倒すべき相手を、兵士として本当に守りたくなった。
マルコの死はさらに残酷だ。秘密を聞いたマルコを、ライナーたちは巨人の前で無防備にした。ところがライナーはその死を前に、仲間を失った兵士のような衝撃を見せる。自分が加害者である事実と、友人を失った悲しみが同時に存在する。 作中の人格の揺れはこの矛盾と深く結びつく。現実の特定の病名と同一視せず、人物描写として読むのが適切だ。
故郷に帰っても、104期の思い出だけは帰ってくれない
マーレに戻ったライナーには、ベルトルトの死とアニの不在が残る。家族は島の人々を悪魔だと語るのに、彼の記憶には一緒に笑った仲間がいる。
家族にサシャの芋の逸話を語る場面が象徴的だ。家族は怪物の話として聞こうとする。でもライナーが話しているのは、どう聞いても変な同期の思い出。そりゃ心も帰国手続きに失敗する。
アニメ第62話「希望の扉」では、絶望したライナーが銃を手にして命を絶とうとする。外から聞こえたファルコの声が彼を止める。まだ守りたい候補生たちがいる。救いの芽は残っていたが、苦しみが一瞬で消えたわけではない。
ガビは同じ教育を受けたのに、違う方向へ進み始める
ガビも『島の悪魔を倒して立派なエルディア人だと証明する』と信じてきた。ところがパラディ島でカヤと出会い、祖先の罪を語っているだけでは答えられない問いを突きつけられる。「私のお母さんは、何をしたの?」
その後、ガビを受け入れたブラウス一家が、自分が撃ち殺したサシャの家族だと分かる。サシャを愛したニコロもカヤも激怒する。一方、父親は子供へ復讐を引き継がせない道を選ぶ。『敵』という一語で片づけていた人々に、名前と暮らしと悲しみがある。
ライナーはその矛盾を何年も抱え、戦士の役割に戻り続けた。ガビは自分が教わった世界観そのものを問い直し始める。この対比が本当にうまい。
結論:善意が本物だから、曇らせが深い
ライナーは悪人だから苦しむのではない。コニーを助けた気持ちも、エレンを励ました気持ちも、ファルコを守りたい思いも本物だった。それでも、マルコや壁内の人々に対する責任は消えない。
友情を演じたつもりが友情になり、英雄になりたかった少年が自分の罪を知る。この二つの事実を一緒に背負わせるから、物語は痛い。
鎧の巨人、最後まで装甲は一流。なお104期の仲間には、ライナーの心への入場許可をいつの間にか発行していたらしい。そこだけ硬質化が間に合っていない。
描写の確認先: 公式・第62話「希望の扉」、第62話のあらすじ、第70話のあらすじ、第72話のあらすじ。


