『てあカノ』は「擦られたネットネタしか言わない彼女」とデートする会話を選んで進める無料ゲーム。主人公の相手は栗志江(くりしえ)さん、常時「帰る」ボタン、1周は約10分、結末を全部見ると約30分。無料で、ブラウザ版とWindows版がある。作者は実況や配信、その動画の収益化も認めている。
でも遊ぶと別の疑問が出る。この子、そんなに帰るほど問題あるか? 毎文「〜でやんす」で会話を破壊するわけでも、相手を無視してお決まりのネットネタを連射するわけでもない。普通に感じがよく、会話が成立する。発言が既知なだけだ。
「知ってる=つまらない」を日常会話へ適用すると地獄が始まる。「今日暑いね」→既知。「この店おいしい」→今知った。「猫かわいい」→新規性ゼロ。恋人が話すたび「既知情報です。帰ります」を押す人になる。毎秒新情報が欲しいならYouTube Shorts、X、検索、ChatGPTと付き合った方が仕様に合う。
日常会話は、次々に新しいニュースを届ける場所ではない。同じものを見ること、気持ちを分け合うこと、互いの関係を確かめることもしている。「またそれ言ってるよw」まで人間関係だ。人間を「1秒にどれだけ新情報をくれるか」で採点したら、そりゃ新情報を次々に選ぶ機械に負ける。
しかも「手垢」は聞き手依存。ネットを長く見ている人には500回目でも、ネットを見ない人には初見だ。小学生が大人の想定するギャグで笑わず、別の共有文脈で笑うように、笑いは「どの文化圏で何回見たか」に依存する。情報の賞味期限は全員共通ではない。
さらに栗志江さんがすでに知られたネットネタを引用しているのではなく、毎回自力で「人類が発見済みの地点」へ到達しているなら、発想力がないどころか独立にお決まりの表現を再発明する才能がある。未探索の出来事なら今度は彼女が最初かもしれない。主人公が「はいはい、それもネットで……」と検索→0件→数日後に彼女の一言が広く知られたネットネタになった、なら完璧だ。「手垢のついたことしか言わない彼女」が「これから手垢がつく言葉を最初に言う彼女」になる。
もちろん相手の話を聞かない、定型句しか返せない、意思疎通不能なら別問題。でも「感じがよく、相互に会話でき、一緒にいて楽しい。ただ感想の新規性が低い」なら重大な欠陥とは限らない。
ネットは「知ってる」「もう擦られた」「今さら?」で次へ送る癖を作った。コンテンツ消費には便利だが、同じ選び方を人間関係へ持ち込むと相手を無限スクロールの一枚にする。
「それ、もう知ってる」 はコンテンツのスキップボタンであって、人間の判決文ではない。
栗志江さんより怖いのは、「常に新鮮な刺激をくれない人間はつまらない」という側が、知らないうちにショート動画のおすすめを自動で選ぶ仕組みになっていることかもしれない。
