無権限責任の罠

会社ではよく「挑戦」という言葉が使われる。

読書機能の使い方

聴く:本文を読み上げます。速読:語句を順に表示し、速さを調整できます。語学練習:別の言語版と対訳を読み比べます。保存:このブラウザーにブックマークし、プレイヤーの保存済み一覧から開けます。

この記事をシェア
広告
広告

権限なし・協力者なし・後押しなしで成果だけ求められる職場

「挑戦しろ」と言われても、足場がなければ落ちるだけ

会社ではよく「挑戦」という言葉が使われる。

新しいことに挑戦しよう。
自分で目標を決めて進めよう。
組織の壁をなくそう。
部門を越えて連携しよう。

言葉だけ見れば、とても前向きだ。
けれど、現場で実際に起きていることが次のような状態なら、その「挑戦」はかなり危うい。

権限は渡されない。
協力者はつけられない。
上司は後押ししない。
他部署調整も自分で何とかしろと言われる。
それでも進んでいないと、賞与や査定に響くと言われる。

これは挑戦ではない。
無権限責任である。

無権限責任とは何か

無権限責任とは、成果を出すために必要な権限や支援がないのに、成果責任だけを負わされる状態のことだ。

たとえば、全社的な離職防止施策を考えるとする。

本来、全社施策には次のようなものが必要になる。

  • 会社として実施するかどうかの判断
  • 上司から関係部署への正式な後押し
  • 協力部署と担当者の決定
  • 施策の実施範囲
  • 本人の担当範囲
  • いつまでに何を出せば評価されるのかという評価基準
  • 他部署が動くための根拠

これらがないまま、個人が勝手に全社展開することはできない。

なぜなら、他部署から見ればこうなるからだ。

「誰の承認でやっているの?」
「これは会社としての依頼なの?」
「うちの部署が協力する必要はあるの?」
「その施策は誰が責任を持つの?」

この状態で個人が無理に動けば、後から「なんで勝手にやったの?」と言われる可能性がある。
一方で、動かなければ「なんで進んでいないの?」と言われる。

つまり、やっても詰む。
やらなくても詰む。

この詰み配置こそが、無権限責任の怖さである。

「組織の壁をなくす」と言うなら、通行証を渡してほしい

会社の目標として「組織同士に壁がある」「その壁を解消したい」と掲げること自体は間違っていない。

むしろ、課題設定としては正しい。

部署間の壁がある。
情報が流れない。
担当者が分からない。
人によって認識が違う。
本来連携すべきところが分断されている。

こういう問題は、多くの会社で起きる。

ただし、問題はその解決方法である。

組織の壁をなくしたいなら、壁を越えるための通行証が必要だ。

たとえば、上司がこう言うなら分かる。

「この件は会社方針に合うので、関係部署に正式に依頼します」
「担当者はこの人にします」
「協力部署はここです」
「判断者は私です」
「あなたは企画整理と初期設計まで担当してください」
「実行可否はこの会議で決めます」

ここまであって初めて、個人は安全に動ける。

でも、実際にはこうなりがちだ。

「組織の壁をなくしたい」
「挑戦してほしい」
「自分で目標を決めて進めてほしい」
「他部署調整も自分でやって」
「でも正式な後押しはしない」
「進んでいないと査定に響く」

これは、壁をなくすのではなく、個人に壁をよじ登らせているだけである。

しかも、落ちたら本人の評価が下がる。

それはさすがに無理がある。

提案済みなのに、判断されない

今回のケースで特に納得がいかないのは、施策そのものはすでに企画書として提出済みである点だ。

離職防止に関する施策案は出している。
履歴も残っている。
既読もついている。
にもかかわらず、判断も後押しも体制決定もない。

しかも、その施策は本来、軽く扱われるようなものではない。

自分の見立てでは、きちんと実施できれば離職率を最大で2%程度、あるいは2ポイント程度下げる可能性がある。
もちろん、これは実施条件や対象範囲によって変わる。
それでも、離職防止は会社にとってかなり重要なテーマである。

人が辞める。
採用コストがかかる。
教育コストがかかる。
残った人の負荷が増える。
現場の不満が増える。
さらに人が辞める。

この悪循環を止める施策なら、本来は主業務として扱ってもよいくらいの話だ。

それなのに、提案は既読スルー。
実施判断はない。
体制もない。
でも進捗だけ聞かれる。
進んでいなければ、査定に響くと言われる。

これは、施策の重要度に対して扱いが軽すぎる。

「やっていない」のではなく「実行条件がない」

こういうとき、個人側が気をつけるべきなのは、「やっていない」と受け取らないことだ。

正しくはこうだ。

企画書は提出済み。
課題整理も済んでいる。
施策案も出している。
ただし、全社展開には上司の後押し、他部署協力、実施範囲、担当者、判断者が必要。
それらが未決定のため、実行フェーズには進めない。

つまり、止まっている理由は本人の怠慢ではない。
実行条件が未整備だから止まっているのである。

ここを間違えると、自分が悪いように感じてしまう。

「もっと自分で動くべきだったのか?」
「他部署に声をかければよかったのか?」
「進められない自分が弱いのか?」

そうではない。

全社展開は個人戦ではない。
会社としてやるなら、会社としての判断と後押しが必要だ。

自分の責任範囲を切る

この手の仕事では、自分の責任範囲を明確に分ける必要がある。

自分が持てるのは、次の範囲である。

  • 課題整理
  • 施策案作成
  • 論点整理
  • 実行条件整理
  • 関係者整理
  • 上長への提案
  • 判断材料の作成

一方で、自分だけでは持てないものがある。

  • 全社展開の実施判断
  • 他部署への正式依頼
  • 協力者の任命
  • 優先順位決定
  • 評価基準の設定
  • 予算や人員の確保
  • 会社方針としての位置づけ

ここを混ぜると危険だ。

「離職防止施策を全社展開する」という目標を個人で背負うと、上司や組織が動かなかったときに詰む。

一方で、次のように設定すれば自分の権限内で完了できる。

「離職防止施策について、課題・施策案・実行条件を整理し、上長判断に接続する」

この違いは大きい。

前者は、組織が動かないと達成できない。
後者は、自分の権限内で達成できる。

「挑戦」という言葉を使うなら、支援もセットにしてほしい

挑戦は悪い言葉ではない。

ただし、挑戦には足場がいる。
安全帯がいる。
権限がいる。
協力者がいる。
失敗したときの扱いも決めておく必要がある。

それなしで「挑戦しろ」と言うのは、ただの無茶振りである。

「組織の壁をなくそう」と言うなら、壁を越えるための正式ルートを作るべきだ。
「自分で目標を決めよう」と言うなら、その目標を実行できる条件を上司が整えるべきだ。
「全社展開しよう」と言うなら、全社施策として扱うべきだ。

権限も渡さず、協力者もつけず、後押しもせず、でも査定カードだけ握る。

それを挑戦とは呼びたくない。

まとめ

無権限責任の職場では、個人が悪いように見せられやすい。

でも、本当に見るべきなのは、成果を出すための条件が揃っているかどうかだ。

権限はあるか。
協力者はいるか。
上司の後押しはあるか。
他部署への正式な依頼はあるか。
判断者は決まっているか。
評価基準は決まっているか。

これらがないなら、進まないのは当然である。

その状態で「なんで進んでいないの?」と詰められても、個人が全部背負う必要はない。

やるべきことは、無理に動くことではない。
実行条件を整理し、判断者に戻すことだ。

「提案済みです。実行には上長判断と協力部署の決定が必要です。実施範囲・担当者・優先順位が決まり次第、具体化します」

この一文でよい。

無権限責任を背負わない。
それは逃げではなく、自分の時間とキャリアを守るための最低限の防衛である。


PRこのテーマの本を探す

この記事には広告(アフィリエイトリンク)が含まれます。 広告について Amazonのアソシエイトとして、mendoi-appsは適格販売により収入を得ています。

この記事が役に立ったら、応援できます。 応援する

広告

もう1個、なんか面白いのない?

読み終わったついでに。近い話と、ぜんぜん違うけど面白い話を少しずつ。

  1. クロロはなぜ「自分が人を殺す理由」を考えていなかったのか
  2. キルアはなぜラモットを一瞬で殺せたのか「ころすよ」が気持ちいい理由
  3. 日本語記事 10一人で作るアプリが増えると、更新や確認が大変になる
  4. HUNTER×HUNTERの強さ議論が、なぜ1,400万約定の市場検証へつながったのか

今日これ読んで

この記事を読んだ人の次の疑問に、それぞれ答える記事です。

すべての記事から探す「仕事」の記事をもっと見る

他の記事を探す

すべての記事

めんどいちゃん

このサイトの運営者

めんどいちゃん

仕事や日常の「めんどい」を構造化して、次に動きやすくする記事を書いています。