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Meta description: 伊勢湾岸道の夜景と朝日がなぜこんなにきれいに見えるのか。工場や港の光、高い橋、巨大な船、スチールドラゴン2000。子どもの頃は怖かった道が、今では「移動中そのものが観光」になった話。
伊勢湾岸道を朝に走ると、海と空が一気に明るくなって、「高速道路を走っているだけなのに、なんでこんなにきれいなんだ」となる。
夜も強い。
橋の向こうに工場や港の光が並び、市街地も光り、水面にも反射する。目的地に着く前から、もう景色がイベントになっている。
しかも面白いのは、同じ道を昔はかなり怖いと思っていたことだ。
子どもの頃は巨大なジェットコースターが怖い。高い橋も怖い。船は意味が分からないほど大きい。大学生の頃には、免許を取ったばかりの友人が運転するレンタカーで高い場所を走り、「落ちたら終わるだろ!」と全身が縮み上がった。
それが今では、一人で歌いながら走って、「朝の海、気持ちよすぎる」と思っている。
同じ場所なのに、意味が完全に変わった。
1. 伊勢湾岸道は「移動中の景色」が強い
普通の旅行は、目的地が主役になりやすい。
遊園地に行く。 買い物に行く。 別の町へ行く。
でも伊勢湾岸道の名古屋港から長島、さらに三重方面へ抜けるあたりは、道そのものに見せ場が多い。
大きな橋。 広い水面。 港。 巨大な船。 工場。 高い煙突。 長島の遊園地。 夜なら大量の人工の光。 朝なら海と空に広がる自然の光。
「まだ着いてないのに、もう観光が始まってる」が起きる。
2. 夜に見える大量の光は何なのか
車から見える夜の光を一種類に決めるのは難しい。
この周辺では、いくつもの光が重なって見える。
- 道路や橋の照明
- 港や周辺施設の作業用・安全用の照明
- 工場や設備の照明
- 市街地や商業施設の光
- 高い建物や設備についている赤い航空障害灯
- 水面に映り込んだ光
四日市市は工場夜景を正式に観光の魅力として紹介している。四日市観光協会も、工場のきらめきや橋の光が水面に映る景色を紹介している。
つまり「あれ何の光なんだ?」の答えは、たぶん一個ではない。
いろいろな光が同じ視界に入り、海や川がそれを増幅して、ひとつの巨大な夜景になっている。
なお、高い建物などで点滅する赤い光は、国土交通省によると航空障害灯。夜に飛ぶ飛行機やヘリコプターへ、高い構造物の存在を知らせるための灯火だ。
3. 朝になると、光の主役が丸ごと入れ替わる
夜は人工の光が主役。
朝は太陽が主役になる。
ある朝6時前後、空が暗い青から薄い色へ変わり、海の側から光が広がっていくと、さっきまで目立っていた人工の光が急に小さく見える。
朝日そのものだけではない。
空が広い。 水面が広い。 橋の上は視界が開ける。 低い角度から来る朝の光が水や建物に当たる。
だから「光がでかい」と感じる。
季節によって日の出時刻は変わるので、いつでも朝6時が日の出という意味ではない。ただ、夜から朝へ切り替わる時間に通ると、同じ道が別の場所みたいに変わる。
4. 子どもの頃の怖さ① スチールドラゴン2000がでかすぎる
長島周辺でまず目に入る巨大物の代表が、ナガシマスパーランドのスチールドラゴン2000。
公式情報では最高部97m。
子どもの視点で97mのジェットコースターを見ると、理屈より先に「でっっっか」が来る。
遊園地の中に入って乗るならまだ心の準備がある。
高速道路から突然、空に向かって伸びる巨大な構造物が見えると、「あれ何?」からの「怖っ」が成立する。
巨大なものは、それだけで景色の尺度を壊す。
5. 子どもの頃の怖さ② 道路そのものが高い
伊勢湾岸道路の名港トリトン周辺は、橋や高架が連続する。
NEXCO中日本も伊勢湾岸道路について、橋梁・高架構造が続く区間であることを紹介している。
地上の普通の道とは視界が違う。
横を見ると空。 下を見ると水や港。 遠くまで見える。
大人なら「景色がいい」に変換できても、子どもの頃は普通に「高い。怖い」になる。
そして高い場所が苦手な人にとっては、車の中にいても高さの情報は消えてくれない。
6. 子どもの頃の怖さ③ 船がでかすぎる
港の近くでは、大型船が見える。
陸上で見る車や建物とはサイズ感が違う。
遠くにあるはずなのにでかい。 コンテナを積んでいる。 周辺の設備まで巨大。
人間が普段暮らしている尺度から急に外れるので、「船だ、きれい」より先に「何あれ、でかすぎる」が来ることがある。
巨大物、高所、巨大船。
子ども視点では、伊勢湾岸は三段階で怖い。
7. 大学生の頃、他人の運転で恐怖が完成する
その後、大学生の頃。
免許を取ったばかりの友人とレンタカーを借り、長島方面へ行く。
ここで恐怖に新しい部品が追加される。
自分では運転していない。
しかも友人がまあまあ飛ばす。
高い。
横は開けている。
「おい待て待て待て。落ちたら死ぬじゃん」
となる。
子どもの頃は景色そのものが怖かった。
このときは「高い場所+速度+他人がハンドルを握っている」のセットが怖い。
股間の魂を料金所に置いてきたんじゃないかと思うくらい縮み上がる。
景色を見る余裕?
ない。
生存確認で忙しい。
8. そして今、同じ道で歌っている
時間がたつ。
自分で運転することに慣れる。 道にも慣れる。 どこで橋が来るか、どんな景色が出るかも何となく分かる。
すると、昔の恐怖スポットが観光道路みたいに見えてくる。
夜は「光きれいだな」。
朝は「海めっちゃ気持ちいいな」。
昔「高すぎるだろ」と思った場所で、今は一人で歌っている。
場所は同じ。
変わったのは、自分とその場所の関係だ。
これは「怖がるのが間違っていた」という話ではない。
当時は当時で本当に怖かった。
でも、経験や慣れ、自分で操作できる感覚が増えると、同じ刺激の意味が変わることがある。
It hits different now.
今見ると、昔とは全然違って感じる。
9. 目的地だけが観光じゃない
伊勢湾岸道の面白さはここだと思う。
長島へ行くための道。 名古屋方面へ行くための道。 三重方面へ抜けるための道。
本来は移動手段。
なのに、夜景、朝日、海、橋、港、工場、船、遊園地が次々に出てくる。
結果として「通るだけ」が体験になる。
旅行で覚えている景色は、目的地の中だけとは限らない。
途中の橋。 朝の海。 夜の工場。 巨大な船。 昔怖かったジェットコースター。
そういうものが、後から一番強い記憶になったりする。
It's part of the journey.
移動そのものが旅の一部だ。
10. ただし、きれいでも運転中は前を見る
ここだけは大事。
景色が強い道ほど、見たくなる。
でも運転している人の仕事は、景色を見ることではなく安全に走ること。
じっくり見るなら助手席側。 止まって見られる場所を使う。 運転手は前と周囲を見る。
この記事の「歌いながら爆走」は、もちろん爆走部分は比喩である。
本当に爆走したら、記事の感想どころではない。
11. まとめ――怖かった場所が、好きな景色になることもある
伊勢湾岸道は、夜も朝もかなり表情が違う。
夜は工場、港、橋、市街地、高い設備の灯りが重なり、水面がそれを映す。
朝は人工の光が引き、空と海を照らす太陽が一気に主役になる。
そして同じ景色でも、見る側は変わる。
子どもの頃は、 「ジェットコースターでかい」 「道が高い」 「船がでかい」 で怖かった。
大学生の頃は、 「他人の運転でこの高さを飛ばすな」 でさらに怖かった。
それが今では、 「夜もきれい」 「朝の海も気持ちいい」 「通るだけで楽しい」 になっている。
観光地は、入場券を買って入る場所だけではない。
昔は怖かった一本の道が、何年か後には好きな景色になる。
そういう観光もある。
参考資料(6件)
- NEXCO中日本「伊勢湾岸道路の概要」
https://www.c-nexco.co.jp/corporate/operation/stock_effect/pdf/180306_stock_isewangan.pdf - NEXCO中日本「E1A 伊勢湾岸道路 全線開通20周年」
https://www.c-nexco.co.jp/corporate/pressroom/news_release/4209.html - ナガシマスパーランド「スチールドラゴン2000」
https://www.nagashima-onsen.co.jp/spaland/attraction/thrill/dragon.html - 四日市市「四日市 魅力発見・工場夜景」
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/city_promotion/page01.html - 四日市観光協会「四日市のお出かけ特集」
https://kanko-yokkaichi.com/focus/f-821/ - 国土交通省「航空:その他の質問」航空障害灯
https://www.mlit.go.jp/koku/15_bf_000725.html
