導入
職場でたまに出てくる。
「俺は残業している」
「有給なんて取れない」
「最近の若い人はすぐ帰る」
「残業少ないけど大丈夫?」
「有給使いすぎじゃない?」
こういう言葉を聞くたびに思う。
残業時間を自慢するな。有給を取れないことを美談にするな。
それは偉さではない。場合によっては、自己管理・スケジュール管理・優先順位設計ができていないだけかもしれない。
もちろん、現場の人員不足や突発対応で、本当に残業せざるを得ない人もいる。そこを責めたいわけではない。
問題は、残業や有給未取得を「頑張っている証拠」「責任感の証拠」として扱い、それを他人にまで押し付けることだ。
本来見るべきなのは「時間」ではなく「仕事が進んだか」
仕事で見るべきなのは、何時間会社にいたかではない。
見るべきなのは、たとえばこういうことだ。
- 何を優先したか
- 期限内に成果物が出たか
- 必要な情報共有をしたか
- 引き継ぎができたか
- 判断すべき人に判断を回したか
- 人件費に見合う時間の使い方をしたか
- 問題が起きた時に、個人の気合いではなく仕組みで再発防止できたか
逆に言うと、どれだけ長く会社にいても、重要な書類を止めていたり、必要な情報共有をしていなかったり、どうでもいい会議や営業対応に何時間も溶かしていたら、それは仕事が進んでいるとは言いにくい。
長時間その場にいることと、仕事を進めることは別物だ。
「残業している俺は偉い」は、見た目労働管理である
残業が多い人を見ると、周囲はなんとなく「頑張っている」と感じやすい。
夜遅くまで残っている。机に向かっている。会議に出続けている。ずっと忙しそうにしている。
見た目だけなら、たしかに仕事をしているように見える。
でも、そこで止まると危ない。
それは「成果管理」ではなく、見た目労働管理だからだ。
本当に見るべきなのは、長くいたかではない。
何が決まったのか。何が進んだのか。何が未処理なのか。誰のボールなのか。次の期限はいつなのか。
そこを見ずに、「残業している人は偉い」「早く帰る人は責任感がない」と判断すると、職場は簡単に腐る。
有給を取れないことは、自慢ではなく管理課題である
有給を取れないことを、なぜか誇らしげに話す人がいる。
「俺なんて有給全然取れてない」
「忙しくて休めない」
「休む暇なんてない」
「俺の若い頃は有給なんて使えなかった」
でも、それは本来、自慢ではない。
有給を取れない状態が続いているなら、そこには何かしらの管理課題がある。
- 人員配置が足りない
- 業務が属人化している
- 引き継ぎができていない
- 優先順位が整理されていない
- 休んでも回る仕組みがない
- 上司や職場が休暇取得を心理的に妨げている
つまり、「休めない俺すごい」ではなく、「休めない状態を放置している職場設計がまずい」と考えた方がいい。
有給を使っている人を詰めるのは、さらにおかしい。
休暇は、労働者の権利であり、働き続けるための回復手段でもある。休める人を責めるのではなく、休めない運用を見直すべきだ。
人に指導するなら、まず自分の人件費を見てほしい
特に違和感が強いのは、人に対して「指導」「意識」「責任感」を語る人が、自分の時間の使い方を見ていないケースだ。
たとえば、重要な契約・引き継ぎ・情報共有の書類を止めたまま、外部営業のどうでもいい話に2時間使う。
それでいて、部下や担当者には、
「もっと考えろ」
「ちゃんと確認しろ」
「責任感を持て」
「残業が少ない」
「有給を使っている」
と言う。
これはかなりきつい。
人に指導するなら、まず自分の2時間の人件費と機会損失を見た方がいい。
その会話で何が決まったのか。何が進んだのか。誰の未処理が解消されたのか。止まっている重要案件より優先する価値が本当にあったのか。
ここを見ずに、他人の残業時間や有給取得だけを見て詰めるのは、管理ではなく雰囲気の押し付けだ。
「個人の意識」で片付けると、また事故る
仕事の事故が起きた時、よくある再発防止がある。
「今後は気をつけます」
「担当者が意識します」
「情報共有を徹底します」
「確認不足でした」
一見、それっぽく聞こえる。でも、これだけではかなり弱い。
なぜなら、情報が来なければ分かりようがないからだ。
担当者の能力や意識に頼る運用は、情報が届かなかった瞬間に破綻する。特に、契約変更・本人意向の変更・承認状況・次回更新・引き継ぎのような節目管理は、個人の記憶で回すべきではない。
必要なのは、気合いではなく見える化だ。
- 対象者
- 現在の契約区分
- 現在の契約期間
- 次回の契約区分
- 次回の契約期間
- 本人意向
- 承認状況
- 関係部署への共有状況
- ペンディング事項
- 次アクション
- 担当者
- 期限
これらを一覧化すれば、止まっている箇所は見える。
「誰かが気づくだろう」ではなく、「一覧を見れば未処理が分かる」状態にする。それが再発防止だ。
本当に必要なのは「どこまで取りに行くか」の設計
仕事には、節目がある。
本人の意向を確認する。所属長に確認する。派遣会社に確認する。人事に共有する。契約区分を決める。承認を取る。引き継ぐ。期限までに処理する。
この各節目で、誰が、いつ、どこまで確認し、どこに共有するのか。
ここが決まっていないと、最後は必ず「誰かの確認不足」にされる。
本当は、担当者一人の問題ではない。役割範囲の未設計だ。
仕事をどこまで取りに行くのか。どこから先は別部署の責任なのか。情報が変わった時、誰が更新するのか。未決事項が出た時、誰にエスカレーションするのか。
これを決めないまま、「もっと意識して」と言うのは、ほぼ個人能力ガチャである。
残業マウント猿と有給取れない自慢ゾンビ
少し乱暴にラベルをつけるなら、こうだ。
残業マウント猿
長く会社にいることを偉さと勘違いし、人にもそれを求める存在。
有給取れない自慢ゾンビ
休めない状態を問題として見ず、「自分も休めなかったからお前も我慢しろ」に変換する存在。
猿会議
何も決めず、何も進めず、ただ時間だけを燃やす会議。
穴あき動物園
仕組み・責任範囲・共有ルールに穴があるのに、できる人の気づきと善意で穴埋めさせる組織。
もちろん、実在の誰かを動物扱いして攻撃する必要はない。これは構造を理解するためのラベルだ。
こういうラベルを持っておくと、「自分が悪いのか?」ではなく、「これはどの構造の問題か?」と切り分けやすくなる。
まとめ
残業時間を自慢しなくていい。
有給を取れないことを美談にしなくていい。
人に残業が少ないと詰めなくていい。
人に有給を使っていると詰めなくていい。
本当に見るべきなのは、時間ではなく成果だ。
仕事は進んだのか。情報は共有されたのか。期限は守られたのか。役割範囲は明確か。人件費に見合う時間の使い方をしているか。個人の意識ではなく、仕組みで再発防止できているか。
長く働くこと自体を否定したいわけではない。でも、長く働いていることを偉さに変換し、休めている人や効率よく進めている人を詰める文化は、かなり危ない。
それは責任感ではなく、ただの見た目労働管理かもしれない。
これからの職場に必要なのは、残業マウントではない。有給取れない自慢でもない。猿会議でもない。
必要なのは、優先順位、役割範囲、見える化、期限管理、そして人の時間を無駄にしない感覚だ。
