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当事者意識や協力という言葉が、要件定義不足を現場に転嫁する道具になる構造を解説。 - tags:
当事者意識, 意識論, 要件定義, 職場ストレス, 責任転嫁
「当事者意識を持ってほしい」
この言葉自体は、悪いものではありません。 目的を理解し、自分の役割の中で考え、問題があれば早めに共有し、改善案を出す。 そういう意味なら、当事者意識は大事です。
でも、職場でこの言葉が使われる時、別の意味に変わることがあります。
- 権限は渡さない
- 責任範囲も決めない
- 優先順位も決めない
- 何を減らすかも決めない
- でも、現場でうまく協力して進めてほしい
この場合の「当事者意識」は、現場を動かす便利な言葉になります。
要件定義しないまま、現場へ流す言葉
本来、上位者が決めるべきことがあります。
- 何をやるのか
- 誰が責任を持つのか
- いつまでにやるのか
- 何を止めるのか
- できない時は誰が判断するのか
- どこまでが担当者の責任なのか
- 優先順位がぶつかった時に誰が決めるのか
これを決めないまま、
- 当事者意識を持って
- みんなで協力して
- 自分ごととして考えて
- 意識を高く持って
と言うと、現場同士が勝手に責め合います。
「あの部署が動かない」 「協力してくれない」 「もっと考えてほしい」 「あの人は意識が低い」
しかし、本当の問題は意識ではなく、設計です。
キャパがない。 優先順位が決まっていない。 何を止めるか決まっていない。 誰が判断するか決まっていない。
それを現場の意識の問題に変換すると、上位者は楽になります。 でも、現場は削れます。
36時間・40時間残業している部署に「当事者意識」は違う
すでに長時間残業している部署に、さらに追加業務を頼むとします。
その時に必要なのは、当事者意識でしょうか。
違います。 必要なのは、優先順位調整です。
- 何を止めるのか
- 何を後ろ倒しにするのか
- どの仕事を簡略化するのか
- 誰が判断するのか
- 追加業務はどこまでやればよいのか
ここを決めずに「当事者意識を持って」と言うのは、構造問題を精神論にすり替えています。
当事者意識がないのではなく、余白がない。 協力しないのではなく、キャパがない。 動かないのではなく、動ける条件がない。
健全な協力と、危険な協力
もちろん、協力自体は大事です。 問題は、協力の前提があるかどうかです。
健全な協力には、次の条件があります。
- 目的が明確
- 役割が明確
- 期限が明確
- 優先順位が明確
- できない時の相談先がある
- 成果が評価や負荷軽減に返る
危険な協力は、こうです。
- 目的が曖昧
- 役割が曖昧
- 責任範囲が曖昧
- でも現場でうまくやって
- できなかったら担当者の責任
これは協力ではなく、未定義業務の善意回収です。
当事者意識を本当に持つと、労働者は自分の人生を見る
会社は「当事者意識を持て」と言います。
では、労働者が本当に当事者意識を持ったらどうなるでしょうか。
自分の人生に対して当事者意識を持ちます。
- この会社に残る意味はあるか
- この上司の下で伸びるか
- この残業は人生に返ってくるか
- 改善しても楽にならないなら損ではないか
- 転職した方が年収・裁量・成長があるのではないか
- 自分の健康や家族や自由は守れるか
会社側がほしいのは、会社に都合のよい当事者意識かもしれません。 でも、労働者側が持つのは、自分の人生に対する当事者意識です。
この差を理解しないまま「意識」を求めると、人は離れます。
