指摘の目的が「改善」ではなく「指摘した事実」になると、人は動けない
改善に必要なフィードバックには、少なくとも四つの要素がある。
- どの行動・成果物を見たのか
- 何が問題で、どんな影響があるのか
- 望ましい状態は何か
- 次回、何を変えればよいのか
ところが、職場では次のような言葉だけが渡されることがある。
- 理解できていない
- 詰め込みすぎ
- 考えが浅い
- もっと主体的に
- 伝わっていない
- まだ足りない
これらは評価であって、修正仕様ではない。
受け手は指摘後に、複数の可能性を推測する。
- 説明を短くするのか
- 内容を減らすのか
- 例を増やすのか
- 実践を増やすのか
- 対象者を変えるのか
- 順番を変えるのか
- そもそも目的が違うのか
改善点が明確になるどころか、不確実性が増える。
その後、受け手が自分なりに一つを直しても、別の隠れた基準を出される。
これが続くと、指摘は学習情報ではなく、評価者が優位に立つ儀式になる。
否定から入ると、内容より「話してよいか」が論点になる
会議で意見を出した直後、最初の返答が毎回「でも」「違う」「それは難しい」になると、発言者は内容の良し悪しとは別の学習をする。
発言する
↓
否定される
↓
説明責任が増える
↓
余計な仕事が増える
↓
黙った方が安全
心理的安全性は、何でも賛成してもらえる状態ではない。
異論、疑問、ミス、分からなさ、未完成の案を出しても、不当に人格や立場を傷つけられないという共有認識である。
Edmondsonの研究では、心理的安全性はチームの学習行動と関連し、学習行動を通じて成果へつながるモデルが示された。[6]
重要なのは、発言を褒めることではない。
発言した人が、発言したこと自体で損をしない運用を作ることである。
「エンゲージメントを上げる会議」で下がるのは、目的と体験が逆だから
組織側は、会議の目的を次のように説明する。
- 意見を聞く
- 若手の声を反映する
- 一体感を高める
- 離職を防ぐ
- エンゲージメントを上げる
しかし、参加者の体験が次のようになれば、目的は達成されない。
- 発言後すぐ否定される
- 上位者の正解を当てる場になる
- 本音を言うと説教される
- 改善案を出すと担当にされる
- 匿名調査でも属性から本人を推定できる
- 聞き取った内容が管理行動へ反映されない
このとき参加者は、会社が掲げた目的ではなく、自分が実際に受けた扱いを学習する。
意見を求めると言うが、異論は歓迎されない。
話を聞くと言うが、結論は最初から決まっている。
エンゲージメントを測るが、低下要因は管理者の外に置かれる。
会議の名称が「対話」「エンゲージメント」「心理的安全性」であっても、運営行動が逆なら効果も逆になる。
研修を実施したことと、現場で行動が変わったことは別である
管理職研修では、次のような内容が扱われることが多い。
- 傾聴
- 承認
- コーチング
- フィードバック
- 心理的安全性
- 目的思考
- 部下育成
- 多様性
しかし、研修直後の現場で、
- 否定から入る
- 優先順位を決めない
- 後出しで基準を変える
- 部下の意見を未熟さへ変換する
- 指摘だけして修正方法を示さない
のであれば、研修は実施されたが転移していない。
研修転移の研究では、学習者本人だけでなく、実践機会、上司・同僚の支援、組織の転移風土、戦略との接続、使用を求める仕組みなどが影響すると整理されている。[10][11]
心理的安全性を高める介入についての系統的レビューでも、教育だけで深く根づいた発言行動を変えることには限界があり、組織・集団レベル、可視的なリーダー支援、利用者を含む設計などが必要とされた。[7]
したがって、研修の評価を次だけで終えてはいけない。
- 出席率
- 満足度
- 理解度テスト
- 研修直後の感想
見るべきなのは、現場での行動である。
- 部下の発言へ最初に何と返したか
- 反対意見を扱えたか
- 優先順位と権限を明確にしたか
- 後出し基準を減らしたか
- 指摘を行動可能な形へ変えたか
- 相談・報告・提案が増えたか
- 指摘後に部下が次の行動を選べたか
「正しいことを言う人」と「立場が上の人」は一致しない
若手社員が、会議運営や仕事の矛盾を正確に捉えることは普通にある。
若い人には経験が少ない。
一方で、次の強みを持つことがある。
- 職場の異常へまだ慣れていない
- 「昔からこうだから」を正当化に使わない
- 受け手側の体験を鮮明に持っている
- 立場を守るための説明が少ない
- 目的と現状の矛盾を素直に見る
年長者が若手の意見を認めることは、権威を失う行為ではない。
その件では、あなたの見方の方が妥当だと思う。
と言える管理者は、年齢ではなく論点で判断している。
この一言は、若手に「正解を当てた」という報酬を与えるだけではない。
この場では、立場より内容が評価されるという規範を作る。
良いフィードバックは、人格ではなく次の試行を設計する
改善フィードバックは、次の型にすると具体化しやすい。
観察
説明の前半で、専門用語が三つ続いていた。
影響
初学者は用語の関係を保持しにくく、後半の例へつながりにくい。
期待状態
一つの概念を、身近な例と一緒に理解できる状態にしたい。
次の行動
次回は用語を一つ説明した後、具体例と確認質問を入れてから次へ進む。
確認基準
受講者が自分の言葉で説明できるか、一問のミニ課題で確認する。
ここまであれば、受け手は改善できる。
「理解が浅い」と言われるより、はるかに行動しやすい。
否定してはいけないのではなく、否定の前に理解と基準が必要である
心理的安全性は、間違いを放置することではない。
問題のある案は止める必要がある。
ただし、次の順番を守る。
- 相手の意図を確認する
- 事実と解釈を分ける
- 妥当な部分を明示する
- 問題点を基準とともに示す
- 修正案または次の検証方法を決める
例:
離職防止のために交流機会を増やしたい意図は分かる。
一方、勤務時間外の参加を前提にすると、負担増と受け取る人がいる。
まず離職理由を確認し、必要なら勤務時間内の小規模な対話から試そう。
全面肯定ではない。
相手の意図を保存しながら、手段を修正している。
この記事の要点
否定から入る指導の問題は、気分が悪いことだけではない。
- 発言の便益よりコストが高くなる
- 何を直すか分からない
- 自分で判断しなくなる
- 会議で沈黙が増える
- 研修内容と管理行動が分離する
- エンゲージメント施策そのものが低下要因になる
改善したいなら、指摘した事実ではなく、相手が次の行動を選べる情報を渡したかでフィードバックを評価する必要がある。
