ゴンとジンは、会う前から双方向の一方通行である
ピトー戦の時点で、ゴンはジン本人とまともに会ったことがない。キルアも同様である。
ゴンは、カイトやミトの話、録音、G.I.を通して「すごい父親」という像を作る。ジンは、自分から子を育てたり会いに行ったりせず、追って来られるなら来いという課題を残す。
そこには愛情らしきものがある。しかし実際の関係は、
- ゴンが愛しているのは、他人の証言から作ったジン像
- ジンが期待しているのは、自分を追跡できるゴン像
という側面が強い。
互いに相手へ向いているが、相手本人との共同作業がない。
ゴンがキルアを自分の物語へ参加する側として当然視するところには、ジンの一方的な関係設計と似たものがある。ジンは自覚的な勝手さ、ゴンは無自覚な勝手さという違いはある。
ゼノは孫をピトー方面へ行かせ、仕事を終える
宮殿内の事情を見たゼノは、ゴンとキルアへ内部判断を委ねる情報を渡し、その後は契約範囲を終えて撤収する。一般的な祖父なら、護衛軍のいる方向へ向かう12歳の孫を止めるか、少なくとも同行しそうな場面である。
ゾルディック家では、キルアは保護対象の子どもであると同時に、自分の判断で危険へ入ったプロでもある。ゼノは誤ってコムギを傷つけたことには職業倫理上の重さを感じるが、孫の選択は本人へ返す。
優しさがないと断定するより、家族内の自立と生存能力の基準が異常に高いと見る方が合う。
「生きているか」より「何を習得したか」を見る家族
シルバとゼノのキルア評は、救助の緊急性より、針を抜いた後の判断や神速級の成長へ向きやすい。彼らの前提は「キルアは危険だから即回収する」ではなく、「キルアなら危険を評価し、生還する」である。
これは信頼でもあるが、対象はまだ少年である。キルア本人はダーツで死にかけ、ユピーへ接近し、ゴンの精神崩壊を管理している。それでも家族側は成長ログとして処理する。
シルバのヂートゥ一撃は、強さの証明だが公平なタイマンではない
シルバは、ゼノへ注意を向けていたヂートゥを上空から奇襲し、一撃で倒す。師団長級を潰せる火力は明白である。
ただし、ヂートゥはシルバの存在を認識せず、最大の長所である速度を使う前に攻撃を受けている。したがって「あらゆる条件でシルバがヂートゥを瞬殺できる」という証明ではない。
むしろ暗殺一家らしいのは、正面から速度勝負をせず、相手が気づかない条件で最大火力を落とす点である。
ゾルディック家の危険感覚が壊れて見えるのは、父と祖父自身がこのレベルの実務者だからでもある。
