頼れる人は、何を言ってもいい人ではない。
title: 「父親なら受け止めろ」がしんどい理由
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one_message: 頼れる人は、何を言ってもいい人ではない。
「父親なら受け止めてほしい」「夫なら守ってほしい」「男なら稼いでほしい」。こういう言葉には、少し危ないところがある。
もちろん、父親や夫に責任がないという話ではない。家族を大事にする。お金のことを考える。家事育児をする。困った時に支える。これは大事だ。
でも、「父親なら」という言葉で、現実の一人の人間を見なくなると危ない。父親なら弱音を吐くな。父親なら不安にさせるな。父親なら文句を受け止めろ。父親なら相手の家族も安心させろ。これが積み重なると、父親は人間ではなく、安心装置になる。
頼れる人は、何を言ってもいい人ではない。強そうな人にも感情がある。稼いでいる人にも限界がある。落ち着いて見える人にも、削られる言葉がある。
家族の中で大事なのは、誰かを無限の受け皿にしないことだ。母親を家政婦にしない。父親をATMやサンドバッグにしない。子どもを親の感情の見守り役にしない。
不満は言っていい。でも人格を壊す言い方はしない。頼っていい。でも相手の限界を無視しない。支えてもらっていい。でも自分も担当を持つ。
家族は、役割の集まりではなく、人間の集まりだ。
