「嫌なことがあっても、寝れば忘れる」
この項目へ「はい」と答えた人が、継続的な職場ストレスに悩んでいると、矛盾して見えるかもしれない。
しかし、次の二つは違う。
単発イベント
- 車内へ虫が入った
- 小さな失敗をした
- 一度だけ嫌なことを言われた
- 予定が崩れた
翌日には、
そういえば、そんなこともあった
程度になる。
継続ストレッサー
- 毎日、曖昧な指示が追加される
- 毎日、責任範囲が変わる
- 毎日、新しい対立が起きる
- 毎日、処理量を超える依頼が来る
これは昨日を引きずっているのではない。
今日も新しいイベントが発生している。
回復力は「何も感じない力」ではない
レジリエンスは、一般に逆境へ適応し、回復する能力として扱われる。[14]
誤解されやすいのは、
回復力が高い人はストレスを感じない
回復力が高い人はどんな環境でも平気
という見方である。
実際には、
- 反応する
- 処理する
- 戻る
という循環が速いことが回復力である。
痛みがないことではない。
回復できることだ。
寝れば忘れるのは、終了したイベントである
睡眠後に感情が薄れる人でも、原因が消えていなければ回復は完了しない。
月曜日:新しい問題
→ 夜に回復
火曜日:別の新しい問題
→ 夜に回復
水曜日:さらに新しい問題
→ 夜に回復
毎晩ある程度戻っていても、翌日また負荷が入る。
水槽の排水能力が高くても、流入が止まらなければ水位は下がり切らない。
慢性的な反復には別のコストがある
ストレス研究では、短期的な適応反応と、反復・長期化した負荷を分ける。
身体は課題へ対応するために、神経、内分泌、免疫などを調整する。
この適応は必要である。
しかし、ストレス反応が頻繁に起動する、終了しにくい、回復前に次が来ると、累積的な摩耗が生じる。これはアロスタティック負荷という枠組みで説明されてきた。[15][16][17]
つまり、
一回の嫌なことから戻れる
ことと、
毎日繰り返される負荷を無限に処理できる
ことは同じではない。
強い人ほど環境問題を見逃される
回復が速い人は、外から見ると平気に見える。
- 翌日も出勤する
- 仕事を終える
- 冗談も言える
- 運動や趣味もできる
- 問題を言語化できる
そのため、組織は、
まだ動けているから問題ない
と判断しやすい。
しかし、回復力が高い人へ負荷を追加し続けると、回復能力が組織の欠陥を隠す。
これは主体性と同じ構造である。
対応できる人へ、さらに対応させる。
強さが保護資源ではなく、追加負荷の根拠になる。
「忘れる」と「学習しない」は違う
嫌な感情を引きずらないことと、出来事を記憶しないことも別である。
健全な回復は、
- 感情的負荷は手放す
- 原因とパターンは学習する
- 次回の境界線を作る
- 必要なら環境を変える
という形になる。
毎回忘れて同じ被害を受けるのは、回復ではなく無防備である。
感情はリセットする。
情報は保存する。
この分離が重要である。
単発か継続かを判定する
次の質問が使える。
- 原因は終了したか
- 明日も同じことが起きる可能性は高いか
- 自分の対応で再発率を下げられるか
- 権限のある人が修正するか
- 休めば基準状態へ戻れるか
- 休日にも身体反応が残るか
- 新しい出来事なのか、過去の反芻なのか
「寝れば忘れるのに苦しい」とき、本人の回復力を疑う前に、流入が止まっているかを見る。
結論:回復力は、無限耐久ではない
単発の嫌な出来事を翌日まで持ち越さない。
これは強い回復力である。
同時に、毎日新しい負荷を入れる環境では苦しくなる。
これも自然である。
回復が遅いから苦しいのではない。
回復後に、原因がもう一度同じ負荷を作っている。
回復力の高い人へ必要なのは、「もっと耐えろ」ではない。
新しいストレスの発生源を止めることである。
