合成ケース:新人のミスをリーダーが巻き取り続ける
複数の新人へ仕事を任せたところ、ミスが多く、納期も遅れそうになった。リーダーは案件を止めないために、毎回最後に仕事を巻き取った。新人へ理由を聞くと、「十分に教わっていない」「何を基準に判断すればよいか分からない」と答えた。
このケースに対し、よく出る案は次のようなものだ。
- 伝え方を工夫する
- 本人の力量を見極める
- 進捗を細かく確認する
- 目的を共有する
- 質問しやすい雰囲気をつくる
- 標準書や資料を整える
- 小さな成功体験を積ませる
- 本人に考えさせる
どれも単体では間違いではない。しかし、「ボトルネックは何か」という問いに対して、対人指導だけへ寄ると、重要な部分が抜け落ちる。
本当のボトルネックは、新人の頭の中だけにない
最初に調べるべきなのは、どこで、どの種類のミスが、なぜ起きるのかである。
- 完成条件が曖昧ではないか
- 品質要件が管理者の頭の中にしかないのではないか
- 優先順位や相談条件が定義されていないのではないか
- 転記、記憶、目視、個人判断へ依存しすぎていないか
- 工程末尾まで異常を検出できないのではないか
- 不要な作業や重複確認が残っていないか
新人適応の研究では、役割明確性、自己効力感、社会的受容が、満足度、コミットメント、成果、定着意向などと結びつくことが示されている。[3] 日本の就業者を用いた研究でも、役割曖昧性は他の仕事ストレッサーと心理的苦痛の関係を増幅し得る。[4]
したがって、「新人がもっと考えるべきだ」で分析を止めると、工程、役割、情報、権限の欠陥が保存される。
「考えさせる」には、先に渡すべきものがある
考えさせる教育は有効である。ただし、白紙の状態で正解を推測させることではない。
先に必要なのは、少なくとも次の六点である。
- 仕事の目的
- 完成条件
- 外してはいけない品質要件
- 本人が決めてよい範囲
- 相談・エスカレーションの条件
- 途中確認の時点
そのうえで、手段、順番、仮説、代替案を本人に考えさせる。
採点基準とコートの線は先に示す。プレーの組み立ては本人に考えさせる。
これが育成である。基準を伏せ、失敗後に「普通はこうする」「なぜ確認しなかった」と言うのは、教育ではなく上司当てゲームである。
後出し基準は、自律ではなく確認依存を育てる
後出し修正が続くと、部下は仕事の目的より上司の反応を学習する。
自分で判断する
→ 後から否定される
→ 次回は先に確認する
→ 「もっと自分で考えろ」と言われる
→ 確認せず進める
→ 「なぜ相談しなかった」と言われる
これは自律性を高める設計ではない。曖昧な放任と事後的な過干渉を往復する、選択的マイクロマネジメントである。
心理的安全性は、単に上司が優しいことではない。質問、異論、失敗、懸念を出したときに、不合理な不利益を受けないという予測可能性である。心理的安全性が学習行動と関係することは、製造業のチームを含む古典的研究でも示されている。[5] したがって、判断基準が後から変わる環境では、「何でも聞いて」と言っても安全性は定着しにくい。
多数派の案は良いが、局所解にとどまりやすい
伝え方、進捗確認、質問しやすさ、標準書は必要である。しかし、それらをリーダー個人の追加努力として実装すると、次の問題が起きる。
- 新人ごとに説明を変える
- 全員の進捗を記憶する
- 細かい判断を毎回確認する
- 標準書を勤務の隙間で作る
- ミス時には自分が巻き取る
- 感情的にも穏やかであり続ける
短期的には優秀な人が回せる。だが、人数が増え、通常業務が重なり、後任が同じ能力を持たなければ崩れる。
標準書も万能ではない。悪い工程をそのまま文書化すれば、悪い工程を公式化する。英国HSEも、手順だけへ過度に依存することを警戒し、ヒューマンエラーを訓練だけでなく設計改善とエラー耐性で扱うよう求めている。[6][7]
工程改善が抜けると、リーダーへ仕事を足すだけになる
ミスが多いなら、人を責める前に工程を疑う。
改善の順序は、次のように整理できる。
- 不要なら廃止する
- 複雑なら簡素化する
- 反復判断なら基準化する
- 転記・照合・定型処理なら自動化する
- 入力制限、警告、チェックで誤りを防ぐ
- 例外判断だけを教育する
HSEは、可能な限り人間の失敗可能性を設計で減らし、失敗が起きても回復できるシステムを設計すべきだとしている。[6] これは「人を信用しない」という意味ではない。人間の注意力を唯一の防壁にしないという意味である。
正解は、工程・判断・教育の三層で設計すること
工程層
- ミスの種類と発生点を記録する
- 廃止、簡素化、自動化、ポカヨケを検討する
- 途中で異常を検出できるようにする
判断層
- 目的、品質、優先順位を定義する
- 決定権と承認権を分ける
- 相談条件と完成条件を明文化する
教育層
- 小さい単位で任せる
- 判断根拠を言語化させる
- 定点でフィードバックする
- 習熟に応じて介入を減らす
考えさせることは、この三層の代わりではない。三層が整った後に使う育成手法である。
