導入
「猫へ。家の中に蚊がいます。おまえなりの親孝行を期待しています」みたいな投稿を見ると、なぜか笑ってしまう。
内容だけ見ると、飼い主が猫に害虫駆除を頼んでいるだけだ。けれど面白いのは、猫に本気で仕事を期待しているようで、実際にはそこまで期待していないところにある。
そして、最終的にはだいたいこうなる。
おまえはただ、かわいいだけですね。
猫は何もしていない。飼い主は刺されている。蚊はまだいるかもしれない。なのに、猫はかわいいので許される。
この構造が、かなり猫飼いっぽい。
仕事の依頼みたいなのに、相手は猫
猫飼いの面白い投稿には、妙に業務文書っぽいものがある。
- 猫へ
- おまえなりの親孝行を期待しています
- そのようなサービスは行っておりません
- これはあなたのために育てたんだからな
- 今こそ恩返しの時です
言っていることだけ見れば、依頼、催促、期待、評価である。
でも、相手は猫である。
ここがすでにおかしい。
猫に対して、人間社会の責任・義務・恩返し・家庭内役割を持ち込んでいる。しかも猫側はたいてい何も返事をしない。返事をしないどころか、虫を見ているだけだったり、寝ていたり、むしろ家具や食器を巻き込む可能性すらある。
この「人間が勝手に人間同士の約束を持ち出すが、猫は一切契約していない」というズレが面白い。
犬だと同じ笑いになりにくい
これが犬だと、少し違う。
犬に対して、
- 頼むぞ、相棒
- 赤ちゃんを見ててね
- 変な音がしたら吠えてね
- 新聞紙を持ってきて
と言うと、文章の中では「頼れる相棒」の姿が浮かびやすい。犬に赤ちゃんの見守りを任せてよい、という話ではない。犬と子どもが一緒にいるときは大人が見守る必要がある。^dog-children
犬は人間側の期待に乗ってくれる感じがある。もちろん個体差はあるが、呼んだら来る、吠えて知らせる、見守る、持ってくる、散歩で一緒に動く、という「家庭内で何かしてくれる生き物」感が強い。
だから犬への依頼は、少し任務っぽくなる。
一方、猫への依頼は、依頼した瞬間にコントになる。
猫に「お前、このために育てたんだからな」と言うと、猫側の返答はだいたいこういう雰囲気になる。
その業務は担当外です。
契約内容を確認しておりません。
私は雇用されていません。
犬は「共同生活の相棒」になりやすい。猫は「同居しているかわいい無責任」になりやすい。
この差が大きい。
猫に本当に働いてもらおうとすると面白い
猫は狩りをする動物である。
実際、猫は動く小さなものに強く反応する。虫を追いかけることはあるが、人間の頼んだ通りに捕まえてくれるとは限らない。[^cat-hunting]
ただし、猫の狩りは人間のための業務ではない。
ここが大事だ。
猫が蚊を見つけることはある。追いかけることもある。捕まえることもあるかもしれない。しかしそれは「飼い主のために害虫駆除サービスを提供している」のではなく、猫自身が興味を持って、追いかけている。
だから人間がそこに、
- 家庭内警備
- 害虫駆除
- 育児補助
- 癒やし提供
- 恩返し
を勝手に上乗せすると、急におかしくなる。
猫は何も請け負っていない。なのに飼い主は期待している。しかも期待が裏切られても、最終的には「かわいいから許す」に戻る。
猫に話しかける文章は、この無責任さと愛情がセットになっている。
何もしなくても、かわいいので許される
猫のすごいところは、何もしなくても「かわいい」で許されるところだ。
犬なら、何かをしてくれる期待がある。
- 吠えて知らせる
- そばにいる
- 持ってくる
- ついてくる
- 守ってくれる
もちろん犬もかわいいが、犬は「相棒」「仲間」「家庭内警備員」になりやすい。
猫は違う。
猫は、
- 何もしない
- 呼んでも来ない
- 虫を見ているだけ
- たまに本気を出すが被害も出る
- でもかわいい
という存在である。
そのため、猫には「かわいいだけですね」という評価が成立する。
これは悪口ではない。むしろ最大級の受容である。
猫は頼まれた仕事をしなかった。だが、かわいい。よって許される。
猫は「家に住んでいる自由業の人」
猫の立ち位置を人間社会にたとえるなら、こうだ。
- 家に住んでいる自由業の人
- 約束を聞いていない偉い人
- 何も仕上げないのに、いてくれるだけでありがたい相談役
- 家でいちばん偉い存在
- かわいいだけで、ご飯をもらえる助っ人
飼い主は猫に頼む。
でも、猫は別に引き受けた覚えがない。
このズレを、飼い主側も分かっている。分かっているから面白い。
本当に怒っているわけではない。本当に責任を問うているわけでもない。ただ、同じ家にいるから一応言ってみる。すると猫は何もしない。何もしないけど、そこにいる。
それでいい。
猫に話しかける文章の本質は、「働いてもらうふりをしながら、実際にはそこにいてくれるだけで許している」ことにある。
まとめ
猫に話しかける文章が面白いのは、猫に人間社会の業務・責任・恩義を背負わせようとしているのに、猫が一切それを背負わないからだ。
犬なら任務になる。猫だとコントになる。
猫は蚊を倒すかもしれない。倒さないかもしれない。見ているだけかもしれない。むしろコップを倒すかもしれない。
でも最後は、
ただ、かわいいだけですね。
で終わる。
この不条理な受容が、猫飼いの文体を強くしている。
猫は家庭内労働者ではない。
猫は家でいちばん偉い存在である。
頼んだ仕事の代わりに、ただ、かわいい。
参考資料(1件)
[^cat-hunting]: International Cat Care “Understanding the hunting behaviour of cats”
