「有名人だから正しい」と「自分の経験と合うから納得する」は違う
成功者の言葉に納得したとき、すぐに「肩書きに引っ張られただけだ」と切り捨てる必要はない。
見るべきなのは、その言葉を採用した理由である。
危ないのは、こういう状態だ。
あの人が言っている。
あの人は成功している。
だから、この言葉は正しいはずだ。
これは、肩書きだけで正しさを決めてしまう考え方に近い。
一方で、健全なのはこういう状態だ。
あの人が言っているから、とりあえず読む。
読んでみたら、自分の観察していた現象と一致した。
しかも、説明力がある。
自分の行動にも使えそうだ。
だから、この部分だけ採用する。
これは、権威への服従ではなく、自分が見てきたことの記録との照合である。
たとえば、仕事でずっと違和感があったとする。
- なぜ面接調整を電話でやるのか
- なぜ出ない候補者を不採用扱いにするのか
- なぜ全部、表計算ソフトのExcelを手で操作して進めるのか
- なぜ「現状と課題をまとめろ」と言いながら、目的も判断者も決まっていないのか
- なぜ上の事情を、下が察して補完する前提なのか
- なぜ残業で回っている状態を「回っている」と言うのか
そこに「似た経験の当てはめではなく、土台となる事実から考える」という言葉が来る。
すると、単なる名言としてではなく、すでに自分が見ていた違和感の説明として刺さる。
つまり、刺さっているのは「有名人のオーラ」ではなく、言葉の説明力である。
成功者の短い言葉に、現場で試した経験が詰まっていることがある
本当に現場で結果を出した人の言葉は、短くても密度が高いことがある。
なぜなら、その一文の裏に次のようなものがあるからだ。
- 何度も失敗した経験
- 制約の中での意思決定
- お金・時間・人材・市場という現実の圧
- 捨てた選択肢
- 実行した結果
- うまくいかなかった方法
- それでも残った原則
だから、成功者の言葉が合理的に聞こえるのは、必ずしも「権威に弱いから」ではない。
現場で試した経験が短くまとまった言葉を、役立てようとしている可能性がある。
ただし、ここで重要なのは、成功者本人を丸ごと採用しないことだ。
たとえば、ある人の「確かな事実から考え直す方法」は使えるかもしれない。
でも、その人の労働観、組織運営、どこまで危ないことを引き受けられるか、生活リズム、人格、言動の全部を採用する必要はない。
言葉は拾う。 人格は崇拝しない。
この分離が大事である。
「入口」と「採用」を分ける
情報の扱いで大事なのは、入口と採用を分けることだ。
有名人が言っているから読む。 大勢に広まっているから読む。 成功者が言っているから読む。 専門家が言っているから読む。
ここまでは、別に悪くない。
人間の時間は有限なので、先に読むものを選ぶ手がかりは必要である。
問題は、その後だ。
入口で優先度を上げた情報を、そのまま正解にしてしまうと危ない。
採用時には、次の問いを通す。
- これは何を説明できるか
- 何を説明できないか
- どの条件では成り立つか
- どの条件では危ないか
- 自分が見てきたことの記録と一致するか
- 自分の生活や仕事に使ったら、負担以上に役立つか
- 反例はあるか
- その人の特殊条件に依存していないか
こうして確かめていれば、有名人の言葉を見ても、信者にはなりにくい。
白・黄・赤の判定
成功者の言葉を見たとき、自分の状態をざっくり判定するなら、こうなる。
白:素材として使えている
- 「この部分は使える」と切り分けている
- おかしい部分には「それは違う」と言える
- 自分が見たことや、実際に測ったことと比べている
- 自分の暮らしで、得られるものが負担を上回るか見ている
- その人の人格や全行動を肯定していない
黄:少し飲まれかけている
- 「この人が言うなら、たぶん正しい」と思い始めている
- 反例をあまり見なくなる
- その人への批判に過剰反応する
- 自分の条件と相手の条件の違いを見なくなる
- 言葉が気持ちよすぎて、実際にどう使うか考えていない
赤:信仰に近い
- その人の言葉をほぼ全部正しい扱いにする
- おかしいと思っても、自分の違和感の方を疑いすぎる
- その人を批判する人を敵扱いする
- 実行して自分にとって負担の方が大きくなっても、思想の方を優先する
- 「成功している人の言葉だから」で思考停止する
大事なのは、成功者の言葉に刺さらないことではない。
刺さった後に、ちゃんと分解できることだ。
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