労働市場で値段がついているのは、能力だけではない
労働市場で賃金を決めているのは、能力だけではない。
もちろん、専門性、経験、成果、責任、希少性は賃金に影響する。
しかし現実には、それだけでは説明できないことが多い。
同じように価値を生んでいても、ある人は高く評価され、ある人は安く使われる。
真面目に働いているのに給料が上がらない人がいる。
現場を支えているのに、雇用形態を理由に低い賃金テーブルへ固定される人がいる。
なぜか。
労働市場では、能力だけでなく、
その人がどれだけ逃げにくいか
にも値段がついているからである。
これを、ここでは「逃げられない人ディスカウント」と呼ぶ。
逃げにくい人ほど、安く買われやすい
たとえば、次のような人たちは、労働市場で弱い立場に置かれやすい。
- 家庭がある人
- 子育てや介護がある人
- 地域から動きにくい人
- 年齢的に転職しにくい人
- パート、派遣、契約社員、再雇用などの非正規枠にいる人
- 生活費のために簡単には仕事を辞められない人
- 扶養、社会保険、年金、住宅ローンなどの制約がある人
- 地方で求人の選択肢が少ない人
こうした人たちは、能力が低いから安く使われるわけではない。
むしろ、有能で、真面目で、現場を支えていて、責任感が強い人も多い。
しかし企業側から見ると、
この人は簡単には辞めないだろう。
家庭があるから大きく動けないだろう。
地域から出られないだろう。
年齢的に転職しにくいだろう。
この条件でも受けるだろう。
と見られやすい。
その瞬間、能力とは別の値引きが発生する。
これは、能力の値段ではない。
逃げにくさの値段である。
パートも、再雇用も、派遣も、根っこは似ている
この構造は、さまざまな雇用形態に現れる。
パートの場合は、家庭や地域、時間制約がある人が多い。
子育てや介護、扶養、家から近い職場といった条件があると、賃金が高い場所へ自由に移動しにくい。
その結果、有能な人でも「パート枠」の賃金テーブルに乗せられる。
再雇用の場合は、年齢や転職難が効く。
長年の経験や知識があっても、定年後にいったん退職扱いとなり、賃金をリセットされる。
他に行き場が限られるため、条件を受け入れざるを得ないこともある。
派遣や契約社員の場合も、雇用形態が値段を決める。
実際の仕事が正社員に近くても、「派遣だから」「契約だから」という箱で扱われる。
つまり、形は違っても根っこは似ている。
能力がないから安いのではない。
逃げにくい、動きにくい、他に行き場が少ないから安くされる。
これが労働市場のきつさである。
真面目な人ほど買い叩かれることがある
さらに厄介なのは、真面目な人ほど搾取されやすいことだ。
責任感がある人は、職場の穴を埋める。
周囲が困っていれば助ける。
説明不足があれば補う。
客が困っていれば丁寧に対応する。
新人が困っていれば教える。
仕組みが壊れていれば、自分の力でなんとかする。
これは本来、価値である。
しかし会社側がそれを当然のものとして扱うと、こうなる。
この人は放っておいてもやってくれる。
この人は文句を言いながらも穴を埋める。
この人は責任感があるから辞めにくい。
なら追加で払わなくても回る。
真面目さや責任感が、賃金を上げる材料ではなく、無料で使える材料になってしまう。
これが「真面目な人ほど買い叩かれる」構造である。
さらに本人のせいにされる
労働市場の嫌なところは、安く使われるだけでは終わらないことだ。
賃金が低い理由を、本人の意識や努力の問題にされることがある。
たとえば、
- 意識が低いから給料が上がらない
- 主体性がないから評価されない
- 努力が足りない
- 嫌なら辞めればいい
- 自分で選んだ働き方でしょ
- パートなんだから仕方ない
- 定年後なんだから仕方ない
- 非正規なんだから仕方ない
こうした言葉は、構造の問題を個人の責任にすり替える。
しかし現実には、人は生活があるから働く。
家族があるから簡単には動けない。
地域、年齢、健康、家庭、雇用形態によって選択肢は制限される。
その制約を利用して賃金を抑えながら、
さらにその低賃金を本人の意識や努力不足のせいにする。
ここに、労働市場の気持ち悪さがある。
逃げられない人ディスカウントとは何か
逃げられない人ディスカウントとは、次のような構造である。
労働者が生む価値ではなく、
労働者の逃げにくさ、動きにくさ、生活上の制約を理由に、
賃金や待遇が低く抑えられること。
これは、労働者の能力不足ではない。
むしろ、有能な人ほどこの構造に巻き込まれることがある。
なぜなら、有能な人は現場を回せてしまうからだ。
会社はこう学習する。
この条件でも回る。
この賃金でも働いてくれる。
この雇用形態でも十分に戦力になる。
なら変える必要はない。
こうして、低賃金の均衡が維持される。
労働者は価値を生む側なのに、値引きされる
労働者は、本来、価値を生む側である。
接客する。
作業する。
考える。
教える。
調整する。
問題を見つける。
改善する。
現場を支える。
しかし労働市場では、その価値がそのまま賃金に反映されるとは限らない。
むしろ、
- 逃げにくいから安い
- 地方だから安い
- パートだから安い
- 再雇用だから安い
- 年齢的に動けないから安い
- 家庭があるから安い
- 正社員ではないから安い
- その条件でも人が来るから安い
という形で値引きされる。
これは、労働者の価値ではなく、労働者の制約を値付けしている状態である。
では、どうすればいいのか
個人の力だけで労働市場全体を変えるのは難しい。
最低賃金、社会保険制度、同一労働同一賃金、労働組合、価格転嫁、職務給、短時間正社員制度など、制度側の改善も必要である。
ただ、個人ができることもある。
- 自分が安い箱に入れられていないか見る
- 逃げにくさを会社に握られすぎない
- 雇用形態だけで価値を決められないようにする
- 自分のスキルや実績を外に出せる形にする
- 副業、発信、ポートフォリオ、資格、転職市場を持つ
- 会社以外の評価軸を作る
- 生活費を下げ、選択肢を増やす
- 自分の違和感に名前をつける
特に大切なのは、自分が悪いだけだと思い込まないことだ。
賃金が低いこと、評価されないこと、買い叩かれることは、必ずしも能力不足を意味しない。
構造として、逃げにくい人ほど安く値付けされることがある。
その構造を知るだけでも、自己責任論から少し距離を取れる。
まとめ:労働市場は「逃げにくさ」にも値段をつける
労働市場では、能力だけで賃金が決まるわけではない。
家庭、地域、年齢、雇用形態、生活費、健康、扶養、転職難。
そうした制約が、賃金を下げる材料として使われることがある。
労働者は価値を生む側である。
しかし、逃げにくい人ほど安く買われやすい。
そして、その低賃金をさらに本人の意識や努力不足のせいにされる。
これが、逃げられない人ディスカウントである。
労働市場の問題を、労働者個人の意識の問題にしてはいけない。
真面目な人が安く使われる構造。
生活がある人ほど条件を飲まされる構造。
逃げにくい人ほど買い叩かれる構造。
それは個人の問題ではなく、労働市場の構造の問題である。
FAQ
逃げられない人ディスカウントとは何ですか?
労働者の能力ではなく、家庭、地域、年齢、雇用形態、生活費などによって「辞めにくい」「動きにくい」と見られ、賃金や待遇が低く抑えられる構造のことです。
給料が低いのは能力が低いからですか?
必ずしもそうではありません。能力が高くても、雇用形態や地域相場、家庭事情、転職しにくさによって、安い賃金テーブルに置かれることがあります。
真面目に働けば賃金は上がりますか?
真面目さは価値ですが、必ず賃金に反映されるとは限りません。むしろ責任感が強い人ほど、無料で職場の穴を埋める役割にされることもあります。
個人にできる対策はありますか?
副業、転職市場での評価、スキルの見える化、発信、ポートフォリオ、生活費の圧縮などにより、会社への依存度を下げることはできます。ただし、個人努力だけで解決できる問題ではなく、制度や市場構造の改善も必要です。
