「意見を言わない人」が、最初から無関心だったとは限らない
職場で、次のような人が増えることがある。
- 「はい」だけで会話を終える
- 追加説明をしない
- 必要最低限しか話さない
- ヘッドホンをつける
- 集中室や別拠点に長く滞在する
- 別拠点の仕事を積極的に拾う
- 自席へ戻りたがらない
- 決定権のない案件をすぐ返す
- 定時で帰る
- 有給を増やす
- 改善提案を出さなくなる
管理側は、これを「主体性がない」「エンゲージメントが低い」と評価しやすい。
しかし、別の説明がある。
その人は、意見を出すほど損をする環境を学習した。
なぜ「んー、はい」が最適化されるのか
たとえば、部下が改善のために質問する。
上司は質問へ答えず、質問した行為そのものを責める。
「なぜそこまで聞くのか」
「考えすぎではないか」
「条件を狭めると人が来ない」
「お前は本質が分かっていない」
部下が説明すると、会話は長くなる。
説明の途中で論点が変わり、新しい宿題が発生する。
反論すると「態度が悪い」「素直でない」という評価へすり替えられる。
その一方で、上司の発言は具体的な指示ではない。
そこで、部下は最適化する。
「んー、はい」
この返答には、次の機能がある。
- 受領した形は残す
- 反論しない
- 追加説明を与えない
- 宿題を増やさない
- 上司の感情処理を引き受けない
- 具体的指示がない限り、現状を維持する
これは理解できていない人の反応ではない。
理解した結果、会話を広げる価値がないと判断した人の反応である。
発言する部下が、なぜ標的になるのか
本来、改善提案や質問は組織に有益である。
ところが、上司によっては、部下の発言を次のように受け取る。
- 自分への反論
- 管理能力への批判
- 上下関係への挑戦
- 自分より部下の方が詳しいという証明
- 自分の未検討を可視化する行為
2023年の研究では、部下のvoiceが上司のリーダー・アイデンティティへの脅威を高め、威圧的監督につながる経路が示された。伝統的な上下関係を重視する上司ほど、その傾向が強かった。
つまり、上司が質問内容を検討するのではなく、質問する部下の立ち位置を修正しようとすることがある。
有能だから安全とは限らない
破壊的な上司が狙うのは、仕事ができない人だけではない。
研究では、低業績者と高業績者の両方が標的になり得る。
- 低業績者:上司の怒りを誘発する
- 高業績者:上司の羨望や地位脅威を誘発する
高業績の部下が、上司の知識不足、判断の遅さ、役割設計の弱さを可視化すると、上司は脅威を感じることがある。
特に、次のような部下は、能力が高くても摩擦が起きやすい。
- 曖昧な指示を具体化する
- 「では、その案で進めますか」と責任を返す
- 判断者と実行者を分ける
- 自分の担当外を抱えない
- 問題の真因を構造化する
- 上司の感想を業務上の決定へ変換する
- 既に終えたことを、終えていない扱いされても迎合しない
これらは優秀な実務行動である。
しかし、序列維持を優先する上司には、「自分の必要性を下げる部下」に見える。
不公平な扱いは、本人以外も黙らせる
職場で次のような差があるとする。
- ある人は複数回のミスで反省文
- 別の人は同種のミスを繰り返しても、笑って注意
- 一方には他人のミスまで改善会を求める
- 他方には昇進や好意的評価が続く
問題は、昇進したかどうかだけではない。
同じ規則が同じように適用されないことが問題である。
人によって上司の扱いが変わると、チーム内の公正感が下がる。
その結果、標的になっていない人も学習する。
- 余計なことを言わない
- 上司の機嫌を読む
- 正論を言わない
- ミスを共有しない
- 他人の問題へ関わらない
- 目立たない
- 物理的に離れる
こうして、組織は「問題が報告されない静かな職場」になる。
しかし、静かなことと健全なことは同じではない。
物理的退避は、行動データである
次の行動が複数人に重なっている場合、無視すべきではない。
- 別工場や別拠点へ行く用事が増える
- 行くと滞在時間が長い
- 戻りたがらない
- 別拠点の仕事を拾う
- 自席ではヘッドホンをつける
- 上司との接触を減らす
- 必要最低限しか話さない
- 「はい」で閉じる
本人の意図を断定することはできない。
しかし、組織診断としては重要である。
退職の前に、人はまず距離を取る。
- 意見を減らす
- 会話を減らす
- 追加貢献を減らす
- 接触時間を減らす
- 物理的に離れる
- 休む
- 異動・転職する
つまり、退職率は最終指標である。
その前段階として、職場の沈黙と退避行動が出る。
仕事自体が嫌いなのか、管理環境が嫌いなのか
切り分ける方法は単純である。
同じ人が、別の環境ではどう動くかを見る。
- 教育では楽しそうに話す
- 後輩の意見を聞く
- 抽象概念を具体例へ落とす
- ユーモアを使う
- 求人条件を細かく設計する
- 集中室では仕事が進む
- 別拠点では落ち着く
- 特定の上司の前だけ「はい」になる
この場合、仕事全般への意欲が死んだわけではない。
特定の管理環境に対して、関与を合理的に下げている。
仕事へのエンゲージメントと、現在の上司・部署へのエンゲージメントは分けて考えた方がいい。
「心理的安全性のある先輩」は何が違うのか
たとえば後輩が、教育後に「眠い」と言う。
圧のある先輩は、次のように返すかもしれない。
「真面目に聞いていた?」
「そういう態度は良くない」
「社会人としてどうなの」
心理的安全性を作れる先輩は、まず受け取る。
「眠いね」
「じゃあ次、当てようかな」
軽い冗談で返しつつ、教育の主導権も失わない。
また、後輩が「否定から入られるとつらい」と言ったときに、
「いや、それは受け取り方の問題で」
から始めない。
「確かに、否定から入られるとつらいよね」
と、一度受け取る。
これは論理力が弱いから肯定しているのではない。
正しさを持ちながら、相手を黙らせない順番を選んでいる。
受容、確認、整理、補足。
この順番を使える人は、教育者・先輩・リーダーとして強い。
