はじめに
職場で問題が起きたとき、最初から関係者全員を集めて話し合う必要があるとは限らない。
まずは低コストな方法で原因を切り分ける。結果を観測する。それでも解決しなければ、関係者への直接確認や上位者へのエスカレーションへ進む。
これは、ごく普通の段階的な問題解決である。
ところが、実際にはこの途中経過が見えないまま、管理者から次のように評価されることがある。
本人と直接話していない。
現状を把握できていない。
問題解決力が足りない。
しかも、担当者が現状を把握できなかった原因が、管理者側で情報を止めていたことだったらどうだろう。
この記事では、本人宛書類が何度も戻ってくるという小さな業務トラブルを題材に、次の構造を整理する。
- 例外通知が担当者まで届かないと何が起きるか
- 「返却がないので届いた」という判断は、単なる思い込みなのか
- 段階的な対策と、行き当たりばったりの違い
- 説明を聞く前に能力不足と評価する問題
- 「完璧になるまで直す」が赤ペン地獄になる条件
なお、事例は公開用に匿名化・一般化している。
1. 問題の発端:本人宛の書類が何度も戻ってくる
ある職場で、本人宛に送った書類が、本人へ渡らず送付元の部署へ戻ってくることが繰り返されていた。
書類には宛名があった。それでも、社内の仕分けや回覧経路のどこかで止まり、戻ってきていた。
担当者は対策として、案内紙を追加した。
- 本人宛であることを明記する
- 部署名と氏名を印字する
- 見るべき場所を矢印で示す
- 本人へ渡せない場合は、理由を書いて返却してもらう
- 問題なく渡せる場合は、案内紙だけ破棄してもらう
この方法には、単なるお願い以上の意味がある。
本人へ届かなければ、理由付きで担当者へ返却される。問題がなければ、そのまま本人へ届く。
つまり、異常が起きたときだけ担当者へ知らせる例外通知の仕組みを作ったのである。
そして、その対策を付けた本体書類は本人へ届いた。
少なくとも「本人宛書類が届かない」という主問題に対しては、対策が機能した。
2. 担当者が認識していた順番と、実際の出来事は違っていた
この事例で重要なのは、客観的な出来事の順番だけではない。
担当者が、どの時点で何を知ることができたかが重要である。
担当者の認識は、次のようなものだった。
- 書類が戻ってくる問題がある
- 宛先と処理方法を紙面で明確にする
- 問題があれば返却してもらう導線を作る
- 本体書類が本人へ届く
- 対策が機能したと判断する
ところが、その後の指摘の場で、初めて別の事実が判明した。
- 以前送った書類も、実際には本人へ届かず戻っていた
- その返却情報が担当者へ共有されていなかった
- 担当者は最初の書類が届いたと認識し、次の書類を追送していた
- 実際には複数の書類が戻っていた
客観的には返却が発生していた。しかし、担当者の観測範囲には返却が存在しなかった。
この違いを無視して「現状を把握できていない」と評価すると、情報を持てなかった人へ、情報欠損の責任を押しつけることになる。
3. 「返却がないので届いた」は、根拠のない思い込みなのか
管理者からは、「届いたと思って進めてはいけない」という趣旨の指摘があった。
しかし、この判断を単なる思い込みと呼ぶのは正確ではない。
当時の運用は、次のようになっていた。
本人へ届かない
↓
書類が送付元へ戻る
↓
担当者へ返却・共有される
↓
担当者が次の対応を決める
担当者は、不達なら自分に返却されると認識していた。返却がなかったため、到達したと判断した。
さらに、放置していたわけでもない。カレンダーへ追送・追走の予定日を登録し、次の対応時期を管理していた。
これは、少なくとも次の要素を含む運用である。
- 状態判定のルール
- 異常時の返却経路
- 次回対応日の管理
- 解消しなかった場合の次手
問題は、書類が戻ったのに、その情報が担当者まで届かなかったことだった。
システムの言葉で表現すれば、障害は発生していたが、アラートが運用担当者まで届かなかった状態に近い。
したがって、主因は担当者の注意力ではなく、返却発生時の共有不全と例外通知の欠落である。
4. 段階的に進めることは、問題解決力の不足ではない
担当者は、最初から「直接話す」という選択肢を否定していたわけではない。
頭の中では、次のように段階を組んでいた。
- まず紙面で宛先と処理方法を明確にする
- それで本人へ届くかを見る
- 届かなければ、関係者と直接話して経路を確認する
- 必要であれば、正式な回覧経路を修正する
これは、低コストな対策から試し、結果を見ながら対応を上げていく方法である。
最初から直接確認へ進むと、相手を探し、時間を合わせ、経緯を説明し、関係部署を巻き込む必要がある。紙面の明確化だけで解決するなら、その方が速く、再現性も高い。
米国医療研究・品質庁(AHRQ)の問題解決資料でも、問題の重大度を区別し、状況に応じたエスカレーション手順を持つことの重要性が示されている。
つまり、直接話していないこと自体は、問題解決力の欠如を意味しない。
問題は、次の手段へ進む条件となる「まだ届いていない」という情報が、担当者へ届かなかったことにある。
5. 織り込み済みの次手を「考えていない」と評価される苦しさ
その後、管理者は付随紙を見て、次のような趣旨の指摘をした。
- 一方的な苦情のように見える
- 手書き部分が読みづらい
- 本人と直接話して真因を把握した方がよい
- 現状把握ができていない
- 問題解決力を高める必要がある
手書きを印字に変えることや、表現を整えること自体は合理的な改善である。
しかし、それは付随紙の品質改善であって、問題解決全体の評価とは別である。
主問題は本人へ書類が届かないことだった。紙面対策を加えた結果、本体書類は届いた。さらに、届かなければ直接確認へ進む案も持っていた。
それにもかかわらず、説明を聞く前に「直接話していない=考えていない=問題解決力がない」と展開されると、担当者には次のように聞こえる。
既に考えていた次手を、まるで思いついていないかのように教えられている。
しかも、その誤認を根拠に能力不足と評価されている。
腹が立つのは、指摘された方法が嫌だからではない。
自分が実際に考え、管理していたプロセスを確認されないまま、「何も考えていない人」に変換されたからである。
6. 「思ったで進めるな」が成立する条件
「届いたと思っただけで進めてはいけない」という指摘が成立するのは、少なくとも次の条件がある場合だ。
- 到達確認が必須だと事前に決められている
- 確認方法が用意されている
- 返却情報が担当者へ共有されている
- それでも担当者が確認を省略した
一方で、「届かなければ返却する」という例外通知方式を採用しながら、毎回本人へ受領確認することまで求めるなら、二重管理になる。
会社として明示的な受領確認を必須にするのであれば、運用を次のいずれかへ変更する必要がある。
- 返却がないことを到達扱いにする
- 本人から受領連絡をもらう
- 回覧担当者が受渡し完了を記録する
- 重要書類だけ受領確認を必須にする
これは個人の注意力ではなく、業務設計の選択である。
後から理想的な確認行動を持ち出して、過去の担当者を能力不足と評価しても、再発防止にはならない。
7. 先に聞くべき質問は一つだった
この場面で管理者が最初に聞くべきだったのは、次の質問である。
今回の方法で届かなかった場合、次はどうする想定でしたか。
担当者は、次のように答えられた。
不達の場合は返却される運用だったため、返却がない時点では到達したと判断し、追送日もカレンダーで管理していました。届いていないと分かれば、次は関係者へ直接確認する想定でした。
この回答を聞けば、「何も考えていなかった」という評価は成立しない。
必要な改善も、次の程度に切り分けられる。
- 付随紙は次回から印字する
- 返却時は担当者へ必ず共有する
- 到達確認が必要な書類の範囲を決める
- 次の対応条件を一行で共有しておく
これは、人格や基礎能力の問題ではなく、成果物と運用の改善である。
8. 一方的な評価は、内容だけでなく手続きでも人を削る
担当者は、説明を聞かずに一方的に能力不足のように言われたため、態度に出てしまったことを伝えた。
ここで大切なのは、態度の良し悪しだけを切り取らないことである。
本人の説明を聞く前に結論を出し、長い説教によって反論の余地をなくすと、評価内容以前に「公正に扱われていない」という感覚が生じる。
手続的公正の研究では、決定前に本人が意見を述べる機会を持つことは、決定後や発言機会がない場合より、公平感を高めることが示されている。
また、リーダーが他者の意見を招き、その貢献を認める行動は心理的安全性を高め、改善活動への参加を促す。
「もっと話せ」「もっと巻き込め」と要求するだけでは、発言は増えない。
話した内容を聞き、必要なら自分の前提も修正する管理者でなければ、部下は説明量を減らし、記録と最低限の連絡へ寄っていく。
それは協働性の欠如ではなく、防衛としての合理的な適応である場合がある。
9. 情報を止めた側が、現状把握不足を責める逆転
この事例で最も大きな問題は、現状把握に必要な情報を持っていた側が、その情報を共有しないまま、担当者を現状把握不足と評価したことにある。
構造は次のとおりである。
書類が戻る
↓
返却情報が管理者のところで止まる
↓
担当者には「異常なし」に見える
↓
担当者は予定どおり次の書類を送る
↓
後から「思っただけで進めるな」と評価される
担当者が誤ったのは、現実そのものではなく、管理者によって欠けた観測結果を基に判断したことだった。
この問題を個人の能力へ変換すると、組織は通知経路を直さない。そのため、別の担当者でも同じ事故が再発する。
正しい再発防止は、担当者へ「もっと注意しろ」と言うことではない。
返却が発生したら、いつ、どの書類が、どこから、なぜ戻ったのかを、実際に対応する担当者へ届けることである。
10. 「15回、20回直して完璧にする」が赤ペン地獄になるとき
この出来事の後、別の業務として、論理や問題解決力を扱うアセスメント試験の資料を、毎週レビューしながら作り込むという話が出た。
「一発でできるものではない」「15回、20回と直して完璧にする」という説明だった。
ここで誤解してはいけないのは、15回、20回というのは本人を矯正する回数ではなく、試験資料のレビュー回数だということである。
資料を反復改善すること自体は悪くない。しかし、次の条件がないまま回数だけ増やすと、赤ペンレビューは終わらない。
- 何を測る試験なのか
- 対象者は誰か
- 合格基準は何か
- 各回のレビュー対象はどこか
- 前回承認した部分を再度開く条件は何か
- 誰が最終承認するのか
- 何をもって完成とするのか
これらがない状態で「完璧になるまで」と言うと、完成条件はレビュー者の頭の中にしか存在しない。
すると、次のようなループが起きる。
- 全体の完成条件を決めずに始める
- 毎回、新しい観点で修正が入る
- 前回承認した部分まで再び開かれる
- 全体構造より、細部の赤字が増える
- 修正回数そのものが教育の証拠になる
- 資料は長くなるが、目的との対応は薄くなる
これは、成果物を良くするレビューではない。
レビュー者が納得するまで続く、終了条件のない共同作業である。
特に、過去に前提の差し替えや部分的な赤入れが多かった場合、「15回、20回」という言葉は改善への意欲ではなく、長期の主観レビューを予告する言葉として受け取られやすい。
11. 赤ペンループを防ぐレビュー設計
反復レビューが必要なら、回数ではなく工程を分けるべきである。
第1段階:目的と評価対象
- 誰の、何の能力を測るか
- 結果を何に使うか
- 測らないものは何か
第2段階:全体構造
- 問題数
- 難易度
- 配点
- 制限時間
- 合格基準
第3段階:個別問題の妥当性
- 正答が一意か
- 必要な前提が明示されているか
- 問題文と測定対象が一致しているか
第4段階:表現と体裁
- 誤字脱字
- 読みやすさ
- レイアウト
- 表記統一
各段階で承認した内容は、重大な矛盾が見つからない限り前段階へ戻さない。
これだけで、毎回すべてを赤入れする非効率はかなり減る。
「完璧にする」ではなく、「目的、構造、問題、表現の四段階を承認する」と定義した方が、はるかに問題解決的である。
12. 当事者が伝えられる、短い事実説明
一方的な評価を受けた場では、長く反論しても届きにくい。
事実、判断根拠、次手、反応の理由を一つにまとめると、次のようになる。
今回は、不達の場合は返却される運用だったため、返却がない時点では到達したと判断し、追送日もカレンダーで管理していました。届いていないと分かれば直接確認へ切り替える想定もしていましたが、その説明前に問題解決ができていない前提で指摘されたと感じたため、態度に出ました。
この説明には、次の要素がある。
- 根拠なく進めたわけではない
- 管理を放棄していない
- 次の打ち手も考えていた
- 態度に出た事実は認める
- 能力不足という前提までは認めない
伝わるかどうかは、相手の聞く姿勢にも左右される。
それでも、原因を「自分の態度だけ」に縮小せず、判断過程と情報共有の問題まで言語化する意味はある。
13. まとめ:問題解決力を見るなら、答えではなく過程を聞く
問題解決力は、「最初から正解の人物に直接話したか」だけで測れるものではない。
本当に見るべきなのは、次の点である。
- 何を問題として定義したか
- どの情報を持っていたか
- どの仮説を置いたか
- なぜその対策から始めたか
- 何を結果として観測したか
- 失敗した場合の次手を持っていたか
- 対応時期を管理していたか
この事例の担当者は、紙面で条件を明確にし、返答導線を作り、カレンダーで次の対応を管理し、不達なら直接確認へ移る段階案を持っていた。
問題は、次段階へ進むための異常情報が共有されなかったことだった。
それでも本人の説明を聞かず、「問題解決力がない」と長く説教すれば、管理者は問題を解決するどころか、担当者の協働意欲まで削ってしまう。
正しい問いは、能力不足を宣告することではない。
その時点で何が見えていて、次にどう進む予定だったのか。
この一問から始めるだけで、業務改善と人格評価を混同せずに済む。
参考資料(6件)
- AHRQ: Problem Solving and Escalation
- ISO: The Process Approach in ISO 9001:2015
- Nembhard & Edmondson (2006): Making It Safe
- Tubre & Collins (2000): Role Ambiguity, Role Conflict, and Job Performance
- Lind, Kanfer & Earley (1990): Voice, Control, and Procedural Justice
- Li et al. (2024): Destructive Leadership and Employee Outcomes
