この記事で扱うこと
この記事では、2つのテンプレをまとめて見る。
1つ目は、なろう系の「目立ちたくない主人公」である。
地味に暮らしたいと言いながら、姫様を助け、村を救い、国の危機を解決し、周囲から承認されていく。
2つ目は、長期ミステリにおける「行く先々で事件が起きる名探偵」である。
事件を解決しているはずなのに、メタ視点では事件を呼んでいるようにも見える。
どちらも共通しているのは、主人公が単なる登場人物ではなく、歩くイベント発生装置になっていることだ。
第1部:目立ちたくない主人公はなぜ地味に暮らせないのか。なろう系テンプレと歩く災害スケーリング装置
なろう系の漫画や小説を読んでいると、よく見る流れがある。
異世界に転生する。
本人は「地味に暮らしたい」「目立ちたくない」と言う。
でも、うっかり規格外の力を使う。
周囲が「ええええええ!?」となる。
本人だけが「え? なに?」となる。
しかも最初に助けた相手が姫様、令嬢、王族関係者だったりする。
これ、あまりにも定番である。
ただ、テンプレだからといって単なる手抜きではない。
よく見ると、なろうテンプレはかなり機能的である。主人公の承認欲求を直接叫ばせずに満たし、読者の現実ストレスを軽くし、物語を最短で動かすための装置になっている。
なろうテンプレは承認欲求の解消装置である
なろう系の気持ちよさは、かなりの部分が「承認欲求の解消」にある。
ただし、ここでいう承認欲求は「俺を褒めろおおおお!」という露骨なものだけではない。
もっと薄い。
理不尽に低く見られたくない。
本当は価値があると思いたい。
説明しなくても、わかる人にはわかってほしい。
自分の能力や善意が、ちゃんと報われる世界を見たい。
このくらいの承認欲求である。
現実では、自分の価値を説明しても伝わらないことがある。
成果より声の大きさや政治で評価されることがある。
地味な貢献は見えにくい。
便利屋化しても、感謝されるとは限らない。
そこで異世界では、すべてが反転する。
ギルドの測定器が壊れる。
受付嬢が驚く。
姫様が命の恩人として慕う。
国王が認める。
鍛冶屋ドワーフが「お前は本物だ」と言う。
追放した側が勝手に崩壊する。
つまり、なろうテンプレは「現実の評価バグを異世界で修正する装置」なのである。
でも、そこまで見えると嫌悪する人もいる
なろう系を嫌う人がいる理由もわかる。
構造だけ抜き出すと、かなり都合がいいからである。
主人公は自分からアピールしない。
でも周囲が勝手に褒める。
主人公は恋愛を求めていない。
でも姫様や令嬢が惚れる。
主人公は復讐しない。
でも追放した側が崩壊する。
主人公は地味に暮らしたい。
でも国が救われる。
これを「承認欲求きつい」と感じる人はいる。
ただ、物語はそもそも何らかの欲求解消装置である。
少年漫画は、努力して認められたい欲求を満たす。
恋愛漫画は、自分を選んでほしい欲求を満たす。
ミステリは、隠された真相を見抜く快感を満たす。
復讐劇は、理不尽に裁きが下る快感を満たす。
なろう系は、これをかなり低負荷にしている。
努力、説明、政治、自己アピールをすっ飛ばして、世界の方が自分の価値に気づく。
ここが独特である。
「地味に暮らしたい」はだいたい無理
なろう主人公はよく言う。
「地味に暮らしたいんで」
「目立ちたくないんで」
「平穏に生きたいんで」
でも、やっていることが地味ではない。
姫を助ける。
ドラゴンを倒す。
魔物の大群を消し飛ばす。
古代魔法を使う。
ギルドの測定器を壊す。
貴族の病気を治す。
村を救う。
国の危機を解決する。
それで地味は無理である。
本人の中では「困っている人を助けただけ」かもしれない。
でも社会側から見ると、「国家レベルの未登録戦力が突然現れた」になる。
さらに、報酬を断ると逆に目立つ。
普通の人なら、金、爵位、名誉、コネを欲しがる。
しかし主人公は「いりません」「目立ちたくないので」と言う。
すると周囲はこう解釈する。
なんと無欲な人だ。
高潔すぎる。
国に縛られない本物の実力者だ。
敵に回してはいけない。
つまり、目立たないための行動が、全部「本物判定」になる。
ドブさらい体験をしたいのに、魔法一発で公共事業を終わらせる
このテンプレを一番わかりやすくすると、こうである。
主人公は地味な生活をしたい。
だから村のドブさらいを手伝う。
本人としては、異世界の日常労働を体験しているつもりである。
村人が言う。
「これは一日がかりの作業でな」
「悪臭もあるし、病気にもなるから気をつけてくれ」
主人公は言う。
「浄化魔法。はい終わり」
村人は叫ぶ。
「ええええええええええ!?」
主人公は言う。
「え? なに?」
いや、なに、ではない。
異世界側から見れば、ドブさらいはただの汚れ仕事ではない。
下水処理。
衛生改善。
感染症予防。
労働時間削減。
街の生活環境改善。
公共インフラ改善。
これを魔法一発で終わらせている。
本人は「ちょっと掃除しただけ」のつもりでも、社会側では上下水道インフラ革命である。
体験したいと言いながら、体験対象そのものを消滅させている。
草なのだよ。
リアル換算すると「消防署体験に来た小学生が、総理大臣の娘を救う」
現実世界に置き換えると、異常さがわかりやすい。
小学生が消防署の体験会に来る。
消防車の説明を受けている。
そこに火災通報が入る。
小学生が言う。
「行かなきゃ!」
消防士が止める。
「いや、君は体験の子だから待って――」
しかし小学生は空を飛ぶ。
消防車を追い越す。
現場に先着する。
水魔法で消火する。
煙の中の人を全員救出する。
ついでに建物の倒壊を防ぐ。
原因の漏電も修理する。
負傷者に回復魔法をかける。
そして、助けられた人の中に総理大臣の娘がいる。
小学生は言う。
「え? 消防士ってこういう仕事ですよね?」
違う。
体験会に来た子が、災害対応、救命、建築補修、インフラ保全、国家中枢ヒロイン救出を一人で終わらせている。
これが、なろう主人公の「地味に暮らしたい」の実態である。
総理大臣からすれば、娘の命の恩人である。
消防庁からすれば、災害対応能力が異常である。
国からすれば、安全保障上、無視できない存在である。
マスコミからすれば、空飛ぶ謎の少年ヒーローである。
本人だけが「目立ちたくないんで」と言う。
無理だよーーー。
初手で助けた相手が姫様な理由
なろう系では、最初に助けた相手が姫様や令嬢であることが多い。
これも、物語上はかなり合理的である。
村人を助けると、村イベントで終わる。
商人を助けると、商会イベントになる。
冒険者を助けると、ギルドイベントになる。
しかし姫様を助けると、一気に国家イベントになる。
王城に呼ばれる。
国王に認知される。
騎士団に目をつけられる。
貴族社会と接続する。
暗殺者、王位継承、隣国、魔王、聖女、婚約者問題まで生える。
姫様はヒロインであると同時に、国家イベント発生装置である。
しかも、命を助けた相手が主人公に惚れるのも、構造としてはわかる。
誰も助けられない状況で助けてくれた。
圧倒的な力がある。
報酬を求めない。
身分にも媚びない。
自分を王族としてではなく、一人の人間として扱う。
これは好感度が上がる。
本人は単に現代人感覚でフラットに接しているだけかもしれない。
でも姫様側は「この人は私自身を見てくれた」と受け取る。
初手で惚れる導線が完成してしまう。
鍛冶屋ドワーフおじさんは、だいたい試し行為をしてくる
なろう系テンプレで、地味に胃もたれするのが鍛冶屋ドワーフおじさんである。
主人公が武器を見てもらいに行く。
ドワーフおじさんは不機嫌そうに言う。
「ふん、冷やかしなら帰んな」
「半端者に打つ剣はねえ」
「その素材の価値がわかってんのか?」
「若造が、口だけじゃねえなら証明してみろ」
現実で考えると、だいぶ面倒である。
ただの買い物に来ただけなのに、初対面の専門職おじさんが圧をかけてくる。
説明もなく試してくる。
気に入った相手だけ急に優遇する。
でも、主人公が伝説級素材を出すと態度が変わる。
「なっ……これは竜王鉱……!」
「お前、何者だ?」
「気に入った。最高の一振りを打ってやる」
鍛冶屋ドワーフおじさんは、客商売をしているのではない。
主人公検知センサーである。
姫様が恋愛・国家イベント装置なら、鍛冶屋ドワーフおじさんは装備更新・職人承認・世界観説明装置である。
主人公が強いことは戦闘でわかる。
主人公が優しいことは姫様救出でわかる。
主人公が「本物」であることは、頑固職人が認めるとわかる。
だから物語装置としては便利である。
ただし、現実職場にいたら普通にきつい。
説明不足、初対面圧、試し行為、職人気質という名のコミュニケーション不全。
「腕で語れ」ではない。
要件定義してくれ。
主人公じゃないと、この世界はかなりきつい
テンプレ世界は、主人公にだけ優しい。
主人公なら、姫様が惚れる。
主人公なら、受付嬢が価値を見抜く。
主人公なら、ドワーフが最高の武器を打つ。
主人公なら、ギルド長が個室に呼ぶ。
主人公なら、王様に謁見できる。
しかしモブ冒険者ならどうか。
姫様を助ける前に死ぬ。
受付嬢には普通に事務処理される。
ドワーフには帰れと言われる。
ギルド長には会えない。
王城には入れない。
魔物の大群イベントで巻き添えになる。
主人公補正がない異世界は、かなりハードである。
中世身分制。
魔物。
治安の悪さ。
医療不足。
災害。
貴族社会。
職人おじさんの圧。
ギルド階級制。
冷静に見ると、主人公以外には住みにくい世界である。
イベントに巻き込まれて死んでいるモブがいる
主人公目線では、すべてが冒険である。
「偶然、魔物の襲撃に遭遇した」
「たまたま姫様を助けた」
「村が困っていたので解決した」
「国の危機に巻き込まれた」
しかしモブ目線では災害である。
ドラゴン襲撃。
盗賊団襲撃。
魔物暴走。
王女暗殺未遂。
ダンジョン異常発生。
魔族軍侵攻。
主人公が通りかかった世界線だけ、全員助かる。
主人公がいない地域では、普通に死んでいる可能性がある。
主人公は言う。
「平穏に暮らしたい」
モブは言う。
「こっちは平穏に暮らしてたら魔物に襲われました」
主人公は言う。
「地味に生きたい」
モブは言う。
「地味に死にました」
草ではない。
主人公がいるから災害レベルが上がっている説
さらにメタ視点で見ると、主人公は災害を解決しているのか、それとも災害を引き寄せているのかわからない。
普通の村なら、トラブルはこのくらいでいい。
井戸が壊れた。
畑が荒らされた。
商人が遅れた。
薬草が足りない。
しかし主人公が来ると、すぐこうなる。
魔物の大群が来る。
ドラゴンが封印から出る。
王女暗殺で内乱が起きる。
魔族軍が国境を突破する。
聖女が倒れて結界が消える。
古代兵器が起動する。
これはもう、主人公の存在に合わせて災害レベルがスケーリングしている。
主人公レベルが低いと、ゴブリンや盗賊が出る。
主人公レベルが上がると、ドラゴンや魔族幹部が出る。
主人公が神級になると、古代神や世界滅亡イベントが出る。
主人公が隠居すると、隠居先に世界滅亡の鍵が埋まっている。
世界が空気を読みすぎである。
本人は「地味に暮らしたい」と言う。
世界は「では国を滅ぼします」と返す。
主人公は助ける。
世界は「救国の英雄です」と言う。
本人は「目立ちたくないんですが」と言う。
無理だよーーー。
2回転生しても学習しない問題
たまに、主人公が2回目の転生をしていることもある。
普通は一回目で学ぶはずである。
姫様を助けたら王城に呼ばれる。
ギルド測定で水晶を割ったら騒ぎになる。
魔法で村を救ったら聖人扱いされる。
伝説素材を出したら鍛冶屋が食いつく。
つまり、学ぶべきことは明確である。
人前で規格外の力を使うな。
王族を助けたら逃げ切れない。
名乗らなくても調査される。
報酬を断ると逆に高潔判定される。
「普通のこと」判定を自分基準でやるな。
しかし本人が学んでいるのは、たぶん違う。
目立ちたくないと言えば大丈夫。
報酬を断れば大丈夫。
すぐ帰れば大丈夫。
悪いことをしていないから大丈夫。
大丈夫ではない。
二回転生しても、ステルススキルだけ未習得である。
なろう主人公は「歩くイベント発生装置」である
ここまで見ると、なろう主人公は単なる強い人ではない。
歩くイベント発生装置である。
主人公が村に行くと、村の存亡危機が起きる。
主人公が王都に行くと、姫様暗殺未遂が起きる。
主人公がギルドに行くと、測定器が壊れる。
主人公が鍛冶屋に行くと、伝説装備イベントが始まる。
主人公が温泉に行くと、封印された魔王が復活する。
主人公がスローライフを始めると、領地経営が始まる。
本人は「巻き込まれた」と思っている。
読者は「お前がフラグなんよ」と思っている。
このズレが、なろう系のギャグであり、快感でもある。
まとめ:なろう系は、承認欲求ラーメンであり、評価バグ修正シミュレーターである
なろうテンプレは、確かに承認欲求の解消装置である。
でも、それだけではない。
低負荷で読める。
展開の報酬が早い。
敵味方がわかりやすい。
理不尽が処理される。
現実より評価制度が明快。
自分からアピールしなくても、世界が価値を見つけてくれる。
だから読まれる。
「目立ちたくないのに姫様に惚れられる」
「地味に暮らしたいのに国を救う」
「ドブさらいを手伝っただけなのに衛生革命になる」
「鍛冶屋ドワーフおじさんが最終的に認める」
「追放した側が勝手に崩壊する」
これらは全部、現実で発生しがちな評価バグを、異世界で気持ちよく修正する仕組みである。
草なのだよ。
異世界ファンタジーの顔をして、だいぶ人事評価制度と自己肯定感の修復をやっている。
参考リンク
- 小説家になろう「異世界転生・転移キーワードの設定判断基準」
https://syosetu.com/site/isekaikeyword2/ - 小説家になろう
https://syosetu.com/ - 小説を読もう!「追放 ざまぁ」検索結果
https://yomou.syosetu.com/search.php?word=%E8%BF%BD%E6%94%BE%E3%80%80%E3%81%96%E3%81%BE%E3%81%81
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第2部:コナンくんは事件を解決しているのか、発生させているのか。歩く事件観測者としての名探偵テンプレ
長期連載のミステリ作品をメタ視点で見ると、妙なことに気づく。
名探偵がいる場所で、やたら事件が起きる。
特に『名探偵コナン』は、1994年1月に連載が始まり、2024年1月に連載30周年を迎えた長寿作品である。長く続いているからこそ、「コナンくん、毎回事件現場にいるな」というメタ的な面白さが積み上がっている。
もちろん、作品内ではコナンくんが事件を起こしているわけではない。
犯人にはそれぞれ動機があり、トリックがあり、過去がある。
しかし読者視点では、こう見える。
コナンくんが旅行に行く。
事件が起きる。
コナンくんが温泉に行く。
事件が起きる。
コナンくんがキャンプに行く。
事件が起きる。
コナンくんが船に乗る。
事件が起きる。
コナンくんが知人の別荘に行く。
事件が起きる。
毎回いるなこいつ。
コナンくんは「事件解決者」であると同時に「事件発生フラグ」に見える
作品内の因果では、コナンくんは事件を解決している。
犯人を見つける。
トリックを暴く。
証拠をつかむ。
警察を導く。
眠りの小五郎で解決する。
これは間違いない。
ただし、メタ視点では、コナンくんがいるから事件が発生しているように見える。
遊園地に行けば事件。
旅行に行けば事件。
キャンプに行けば事件。
温泉に行けば事件。
船に乗れば事件。
食事に行っても事件。
本人は「事件に巻き込まれた」と思っている。
読者は「君が来たからです」と思っている。
ここが面白い。
コナンくんは、事件を解決する少年であると同時に、物語上は「事件を発生させるための観測者」でもある。
なろう主人公との共通点
これは、なろう系主人公の構造にも似ている。
なろう主人公は、村や国の危機にちょうど居合わせる。
そして規格外能力で解決する。
本人は「え? なに?」と無自覚でいる。
コナンくんは、殺人、誘拐、爆破、怪盗、黒ずくめ案件にちょうど居合わせる。
そして推理能力で解決する。
本人は小学生のふりをしながら事件を収束させる。
どちらも、主人公がいる場所で事件が起きる。
ただし、違いもある。
なろう主人公は、多くの場合、災害を未然に止める。
村を救う。
姫を救う。
国を救う。
コナンくんは、ミステリの構造上、事件が起きた後に解くことが多い。
つまり、基本的に誰かが死んでから物語が動く。
異世界主人公は「村を救いました」。
コナンくんは「犯人を見つけました」。
救済タイミングが違う。
ここがミステリの宿命である。
警察目線だと「またいるな」になる
警察目線で考えると、コナンくんの出現率はかなり怖い。
殺人事件が起きる。
現場に小学生がいる。
よく見ると、またコナンくんである。
普通は、事件現場に小学生がいたら保護対象である。
「危ないから下がっててね」
「保護者は?」
「関係者以外立入禁止です」
となる。
しかしコナンくんは実績が積み上がりすぎている。
「あの子、またいるな」
「毛利さんもいるな」
「じゃあ解決するか……」
みたいな空気になる。
本来はおかしい。
殺人、爆破、誘拐、怪盗、密室、毒殺、山荘、豪華客船、温泉旅館、キャンプ場、遊園地。
どこに行ってもいる小学生。
怖すぎる。
犯人目線では最悪の存在
犯人側から見ると、コナンくんは悪夢である。
完璧なトリックを組んだ。
アリバイも作った。
証拠も消した。
動機も隠した。
関係者全員を欺いた。
よし、これで逃げ切れる。
そう思った廊下の角に、コナンくんがいる。
終わりである。
犯人からすると、「なんでいるんだよ」という話である。
しかも小学生なので、油断する。
でも実際には、高校生探偵の知能と、麻酔銃と、変声機と、キック力増強シューズがある。
かなり理不尽である。
なろう主人公が「身元不明の戦略兵器」なら、コナンくんは「小学生の姿をした外部推理リソース」である。
被害者目線では、だいたい手遅れ
一方で、被害者目線ではだいたい手遅れである。
なろう主人公なら、火災現場に飛んでいって全員救助するかもしれない。
ドラゴンを倒して村を救うかもしれない。
姫様を暗殺前に助けるかもしれない。
しかしミステリでは、事件が起きないと始まらない。
つまり、誰かが死ぬ。
その後で、名探偵が動く。
これは構造上仕方ない。
だからメタ的には、コナンくんは「救命者」というより「事件解決者」である。
被害者からすると、
「もっと早く来てくれ」
である。
草ではない。
全ての殺人はコナンが唆しているのでは、という陰謀論
メタ視点をこじらせると、こういう推理も出そうである。
全ての殺人は、実はコナンが唆しているのではないか。
コナンくんがいる場所でばかり事件が起きるのは不自然ではないか。
米花町の事件発生率は異常ではないか。
コナンくんこそ、事件の中心人物ではないか。
いわゆる「死神小学生」的な見方である。
ただし、作品内の因果で考えると、コナンが犯人を唆している証拠はない。
犯人にはそれぞれ動機がある。
遺産トラブル。
不倫。
過去の復讐。
会社の恨み。
芸能界の嫉妬。
金銭問題。
秘密の隠蔽。
昔の事件の口封じ。
殺意はコナンが来る前から熟成している。
だから法的には、
「コナンが殺させた」
ではない。
より正確には、
「殺意が熟成している現場に、コナンが高確率で来る」
である。
コナンくん観測者効果説
ミステリをメタ視点で見ると、コナンくんは「事件を観測して確定させる存在」に見える。
コナンが来る前は、まだ事件が起こるかもしれない状態である。
犯人は迷っているかもしれない。
トリックを準備中かもしれない。
殺意だけで終わったかもしれない。
しかしコナンが現場に入った瞬間、物語上は事件が確定する。
シュレディンガーの殺人事件である。
箱を開けるまでは、事件は起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。
コナンくんが箱を開ける。
事件が起きる。
本人は言う。
「妙だな……」
周囲は思う。
「お前がな」
なぜ毎回事件が起きても成立するのか
普通に考えると、毎回事件が起きるのは不自然である。
しかし、作品としては成立する。
なぜなら、読者は「コナンくんの日常」を見に来ているのではなく、「事件が起きて、解決される構造」を見に来ているからである。
事件が起きる。
関係者が集まる。
怪しい人物が複数いる。
証言が食い違う。
トリックがある。
コナンくんが違和感に気づく。
警察や小五郎が別方向に進む。
最後に真相が明かされる。
この型そのものが、安心感になっている。
なろう系でいう「ギルド測定不能」「姫様救出」「追放側崩壊」と同じで、ミステリにも様式美がある。
読者は毎回、
「また事件だ」
と思いながらも、
「どう解くのか」
を楽しんでいる。
長期連載ほど「主人公がイベントを呼ぶ」ように見える
『名探偵コナン』がここまで長く続いているからこそ、メタ的な違和感は強くなる。
一回や二回なら偶然である。
十回でも、探偵だから事件に巻き込まれるのだろうと思える。
しかし長期連載で何度も事件現場にいると、だんだん見方が変わってくる。
事件があるからコナンが行くのか。
コナンが行くから事件があるのか。
これは、なろう主人公にも起きる。
村の危機に主人公が来るのか。
主人公が来るから村の危機が発生するのか。
物語上は前者である。
メタ視点では後者に見える。
このズレが、長期シリーズやテンプレ作品の面白さである。
コナンくんは「歩く事件解決インフラ」である
社会的に見ると、コナンくんは事件解決インフラである。
警察の捜査を補助する。
トリックを暴く。
証拠を見つける。
犯人の逃走を防ぐ。
眠りの小五郎という発表装置を使う。
しかし、インフラとしてはかなり危険でもある。
なぜなら、彼がいるところに事件が寄ってくるように見えるからである。
コナンくんが来ると、事件は解決する。
でも、そもそも事件が起きる。
これは災害対策システムなのか、災害誘引システムなのか。
なろう主人公が「災害誘引型救済兵器」なら、コナンくんは「事件誘引型推理兵器」である。
まとめ:コナンくんは黒幕ではないが、開始ボタン付近に毎回いる
コナンくんが全ての事件を唆しているわけではない。
作品内では、犯人に動機があり、状況があり、トリックがある。
コナンくんはそれを解決している。
ただし、メタ視点ではあまりにも毎回いる。
旅行先にいる。
温泉にいる。
キャンプ場にいる。
船にいる。
別荘にいる。
事件現場にいる。
犯人が完璧な犯罪を準備したところに、なぜかいる。
だからコナンくんは、黒幕ではない。
でも、全ての事件の開始ボタン付近に毎回いる。
これが「死神小学生」と呼びたくなる構造である。
なろう主人公が、村や国の存亡危機に居合わせて救国の英雄になるように、コナンくんもまた、殺人予定地に居合わせて名探偵になる。
どちらも、物語を動かすための歩くイベント発生装置である。
草なのだよ。
「ちょっと旅行に行こう」で、現地の誰かの人生が最終章に入るな。
参考リンク
- 小学館「祝!『名探偵コナン』連載30周年!」
https://www.shogakukan.co.jp/news/476148 - 小学館コミック「名探偵コナン 1」
https://shogakukan-comic.jp/book?isbn=9784091233714
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- 村の危機・国の危機・殺人事件・災害スケーリングを比較する。
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なろう主人公とコナンくんは、ジャンルも目的もまったく違う。
なろう主人公は、異世界で村や国を救う。
コナンくんは、現代日本で事件を解く。
でも、メタ構造は近い。
主人公が来る。
事件が起きる。
周囲が困る。
主人公が解決する。
本人は「巻き込まれただけ」と思っている。
読者は「お前がイベント発生フラグなんよ」と思っている。
なろう主人公は、災害を解決しているようで、災害レベルをスケーリングさせているようにも見える。
コナンくんは、事件を解決しているようで、殺人事件を観測して確定させているようにも見える。
もちろん、作品内の因果では主人公が悪いわけではない。
なろう世界では、魔物や王国の危機が先にある。
コナン世界では、犯人の動機やトリックが先にある。
ただし、物語構造としては、主人公が現場に入った瞬間、イベントが起動する。
だから主人公は、世界の異常を解決する存在であると同時に、世界の異常を読者に見せるための観測者でもある。
草なのだよ。
地味に暮らしたい主人公も、旅行に行きたい探偵も、結局は世界のトラブル起動ボタンを押している。
参考リンク
- 小説家になろう「異世界転生・転移キーワードの設定判断基準」
https://syosetu.com/site/isekaikeyword2/ - 小説家になろう
https://syosetu.com/ - 小説を読もう!「追放 ざまぁ」検索結果
https://yomou.syosetu.com/search.php?word=%E8%BF%BD%E6%94%BE%E3%80%80%E3%81%96%E3%81%BE%E3%81%81 - 小学館「祝!『名探偵コナン』連載30周年!」
https://www.shogakukan.co.jp/news/476148 - 小学館コミック「名探偵コナン 1」
https://shogakukan-comic.jp/book?isbn=9784091233714
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作品内因果と読者視点のズレを扱う。コナンくんと異世界主人公はなぜ「歩くイベント発生装置」に見えるのか
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