ネタバレ注意:映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』全体と、映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』第1部のダバオ市街地戦付近までに触れる。その先の展開には踏み込まない。
『閃光のハサウェイ』を見始めて最初に出る感想は、かなり単純だった。
映像、綺麗すぎない? これ普通に映画やん。
飛行機の客室、ホテル、夜の街、肌に当たる光、モビルスーツの巨大さ。背景が「背景」ではなく、空気まで置いてある感じがする。制作側の解説でも、約90分で1500カット以上、停電した夜の街では光が周囲へ回るよう素材を細かく分け、立体的なカメラワークには「カメラマップ」という手法を使ったと説明されている。
ところが数分後、別の疑惑が出てくる。
もしかして昔これを途中で切ったの、ガンダムがなかなか出てこなかったからでは?
十分あり得る。序盤はロボットアニメというより、「妙に余裕のある大人たちが高級シャトルで意味深な会話をしている映画」である。そこに、人を見すぎる少女ギギと、何が起きても顔が固いハサウェイがいる。
見続けると、忘れていた宇宙世紀が一個ずつ掘り返される。
ハサウェイって『逆襲のシャア』に出てたっけ?
クェスって誰だっけ?
アクシズとコロニーは何が違う?
地球、生きてたんかワレェ!
そして最後に残るのが、
このハサウェイ、落ち着きすぎじゃない? メンタルどうなってる?
という疑問だった。
結論から言えば、『逆襲のシャア』をほぼ忘れていても『閃光のハサウェイ』は楽しめる。ただし最低限の記憶を戻すと、ハサウェイの「余裕」が安定ではなく、異常な自己制御に見えてくる。
1. 「逆シャアの記憶=ララァがお母さん+でかい岩」でも意外といける
『逆襲のシャア』を見たはずなのに、覚えているのがアムロ、シャア、最後の「ララァがお母さん」発言、そして巨大な隕石っぽい物体だけ。そんな状態でも不思議ではない。
映画は約2時間でアムロ、シャア、ブライト、クェス、ハサウェイ、チェーン、ギュネイ、ナナイなどを一気に動かす。ながら見すると「アムロとシャアは分かる。あとは劇場版のモブかな」という事故が起きる。
そして、その「モブかな」の中に12年後の主人公がいる。
サンライズ公式のあらすじにも、ブライトの息子ハサウェイがクェス・パラヤと出会い、彼女に惹かれることが明記されている。
つまり『閃光のハサウェイ』は、突然生えてきた新主人公の話ではない。
昔の映画で大人たちの戦争に巻き込まれていた少年が、12年後に主役として帰ってきた話である。
2. 最低限これだけ思い出せば、ハサウェイの顔が変わって見える
必要なのは三つ。
一つ目。ハサウェイはブライト・ノアの息子。 公式プロフィールでも、少年時代にシャアの反乱をくぐり抜けた人物として紹介されている。
二つ目。クェスの存在がかなり深く刺さったまま。 クェスはハサウェイが惹かれた少女で、ネオ・ジオン側へ行き、ニュータイプ専用の巨大モビルアーマー、α・アジールに乗る。 映画版では、クェスがチェーン・アギに撃墜されるのを見たハサウェイが激昂し、チェーンを撃って死なせる。
「好きな子が死んだ」だけではない。好きな子の死を目撃した直後、自分も取り返しのつかないことをする。 少年の処理能力に載せるイベントではない。
三つ目。今のハサウェイ本人がマフティーのリーダー。 反地球連邦政府運動「マフティー」の指導者、マフティー・ナビーユ・エリンとして高官暗殺を指揮する側にいる。
だから冒頭は事情を知ると妙におかしい。
本物のマフティーが、マフティーを名乗る偽物を素手で制圧している。
公式プロフィールでは、その身体能力も軍仕込みと説明される。 ニュータイプだから筋力までチートなのではない。感覚も鋭い、MSにも乗れる、組織のリーダー、射撃も格闘もできる。普通に総合ステータスが高い。
3. クェス、アクシズ、コロニーを1分で戻す
クェスは、ハサウェイが『逆襲のシャア』で惹かれた少女。高いニュータイプ適性を示し、最終的にシャア側でα・アジールに乗る。
アクシズは、巨大な小惑星を利用した宇宙拠点。『逆襲のシャア』でシャアが地球へ落とそうとした「最後のでかい岩」の正体がこれ。
スペースコロニーは、人が宇宙で暮らすために作った巨大な人工居住地。
つまり、
コロニー=人工都市。
アクシズ=小惑星を使った巨大拠点。
ただし宇宙世紀では、どちらも「でかいから地球へ落としたら終わる」という最悪の発想に利用される。質量兵器への信頼が厚すぎる。
4. 「地球、生きてたんかワレェ!」――生きてる。しかも一等地
コロニーが大量に出るので、「地球はもう住めないから宇宙へ逃げた世界」に見えやすい。でも地球は普通に生きている。
『閃光のハサウェイ』第1部の主な舞台はフィリピンのダバオで、制作では現地ロケハンも行われた。
問題は、地球が誰でも自由に住める場所ではなくなっていることだ。U.C.0105の連邦政府は、不法に地球へ滞在する人々を宇宙へ送還するマン・ハンターを運用している。市民からは「人狩り」と呼ばれる。
なので感覚は、
地球=滅びた故郷
ではなく、
地球=住める側が特権化した超一等地
に近い。
画面は南国リゾート。制度はディストピア。
5. ニュータイプはだいぶチート。アムロは外から見ると化け物
ニュータイプを平たく言えば、普通の人より相手の気配や意思、戦場の変化を異常に早くつかめる人。公式の入門解説でも、テレパシーや予知のような能力、視界外の敵を察知する例が説明されている。
戦争に投入したら当然強い。
特にアムロはおかしい。νガンダムはアムロ自身が設計・開発に関わり、そのシステムが彼のニュータイプ能力を引き出すと公式に説明されている。
歴戦のニュータイプ+本人向けに作った専用機。
本人はコックピットで必死なのに、敵から見れば「撃つ→もういない→横からファンネル→近づいたら斬られる」。本人の余裕はゼロでも、第三者視点ではふわふわ動く化け物になる。
6. ギギはエスパーっぽい。でも「見える」と「成熟」は別
ギギを見ていると「これニュータイプのエスパーちゃうんか?」と言いたくなる。人の空気を読むというより、「なんでそこまで分かる?」の領域に入る。
ただし、少なくとも映画第1部の公式キャラクターページでは、ギギをニュータイプとは明記していない。
公式プロフィールでは、大人社会の歪みに迎合せず、思ったことを素直に言い、周囲の男たちが押し込めている感情を動かす人物として描かれる。 演じた上田麗奈も、ギギを女性でもあり、少女でもある人物として語っている。
だから面白い。
他人を見る力は異様に高い。
でも自分へ強い言葉が返ってくれば普通に揺れる。
「言葉は人を殺すよ」に動転するのも、見抜く能力が偽物だからではない。見抜く力と、自分の感情を処理する成熟度は別だからだ。
他人の心は高解像度。自分へのクリティカルヒットは普通に痛い。
7. それより怖いのがハサウェイ――顔と行動だけ先に大人になった感じ
ハサウェイは異様に落ち着いている。高官に囲まれても普通。ハイジャックされても動ける。年上のケネスとも自然。ギギに核心を突かれても大きく崩れない。
余裕ありすぎでは?
ただ、演じた小野賢章は、ハサウェイについて「口で話していることと頭で考えていることが違う」ため難しく、ずっと一本の緊張が張っているような状態だったと話す。またハサウェイ自身が「本当にこれで合っているのか」と自問し続けているとも語っている。
すると、あの余裕は、
メンタルが安定しているから平静
ではなく、
内側で起きていることを外へ出さない技術が異常に高い
と見えてくる。
少年時代に大人の戦争へ入り、クェスを失い、自分も取り返しのつかないことをした。今は自分が政治的暴力を指揮する側。それでも礼儀正しく、声も静かで、行動も合理的。
顔と行動だけが先に固まった。中身はずっと処理中。
だから泣く場面が刺さる。弱さが突然出たというより、固めていた外装から処理し切れていないものが漏れるように見える。
8. 「ハサウェイ=マフティー」で序盤の全部が二重になる
表では、ブライト・ノアの息子で、植物監視官になるために学ぶ感じのいい青年。
裏では、高官暗殺を行う反政府運動のリーダー。
ハウンゼン356便には、その「標的になり得る側」の高官が乗っている。そこでハサウェイは普通に会話し、偽マフティーを制圧し、高官から称賛される。
反政府組織のトップが政府高官から「君すごいね」と褒められている。
生活の二重構造がひどい。
ギギのように人を見る人物からすれば、表面が完璧に整っていること自体が気になる。「この人、何をそんなに隠してるの?」になる。
9. そして急にMSが出る――綺麗な映像がそのまま災害映像になる
ダバオの夜にモビルスーツ戦が始まると、映画が急に化ける。
あ、ガンダムだったわこれ。
ただし、人間の地面の高さから見ると、MSは巨大な兵器だ。
ビームが敵機を外れた。人間からしたら外れてない。建物に当たる。
機体が倒れた。人間からしたら数階建ての構造物が降ってくる。
上ではパイロットが戦い、下では市民が逃げる。
この市街地戦が怖いのは、MSを「ヒーローの乗り物」から、街に来た災害へ変えて見せるからだ。
しかも、その災害がめちゃくちゃ綺麗。
ビームきれー。なお地上では人が死ぬ。
この落差まで映画クオリティである。
10. ガンダム、虐殺ばっかでは?――宇宙世紀は巨大物を落としがち
宇宙世紀の戦争はMS同士の決闘で終わらない。『0083 STARDUST MEMORY』ではスペースコロニーそのものを落とす「星の屑作戦」が描かれる。 『逆襲のシャア』ではアクシズ。
つまり、
人が住む巨大人工都市も、
巨大な小惑星基地も、
最終的に「地球へ落とせば強い」の候補になる。
文明、質量に対する信頼が雑。
『閃光のハサウェイ』が特に効くのは、そうした戦争を市民が逃げる高さで見せる点だ。パイロットから見れば市街地戦。市民から見れば天災。
11. 逆シャアを忘れた人向け、これだけ持って続きへ行けば十分
- ハサウェイはブライトの息子。 少年時代に逆シャアの戦場にいた。
- クェスはハサウェイが惹かれた少女。 彼女の死と直後の自分の行動が大きな傷になった。
- アクシズはコロニーではない。 小惑星を使った巨大拠点。
- アムロはだいぶ化け物。 本人は必死でも、歴戦のニュータイプ+νガンダムは外から見るとチート。
- 12年後のハサウェイ自身がマフティーのリーダー。 礼儀正しい青年と政治的暴力の指揮者が同居している。
- ギギは異様に人を読むが、公式ではニュータイプと明記されていない。 見えることと成熟は別。
- 地球は死んでいない。 むしろ居住が特権化し、人狩りまで動いている。
12. 結局いちばん怖いのは、ガンダムよりハサウェイの静かな顔だった
最初は「映像きれー」。次に「ガンダム出てこねー。昔これで切った説」。そこから「ハサウェイ逆シャアにいたの?」「クェス誰?」「アクシズ何?」「地球、生きてたんかワレェ!」と記憶を一個ずつ掘り返した。
全部つながったあとに残るのが、ハサウェイ、余裕ありすぎじゃない? だった。
でも、たぶん彼は「何が起きても平気な大人」ではない。過去も疑いも感情もある。それを抱えたまま、顔と行動を崩さず進めるようになってしまった人だ。
ギギは、見えすぎるけれど揺れる。
アムロは、本人は必死なのに外から見ると化け物。
ハサウェイは、本人の中が揺れているのに外から見ると静か。
この三つのズレが見え始めると、『閃光のハサウェイ』は「ガンダムが出てくるまで長い映画」ではなくなる。
ガンダムが出てくる前から、ずっと戦闘は始まっている。人間の顔の中で。
