恋人ができた。めでたい。今ならコンビニのおにぎりでもごちそうだ。
ところが突然、聞こえてきた。
「親がスマホの位置情報を見てくるんだよね」
えっ。恋人と付き合い始めたのであって、親の見守りサービスに加入した覚えはない。
脳内で「これ、毒かも! 間に合え!」と警報が鳴る。でも、ここで恋人まで危険物扱いしたら、警報機のほうがおかしい。
心配することと監視することは違う
「無事に帰れた?」と聞く家族はいる。それは普通に心配なのだろう。
しかし、成人した子どもの居場所をいつでも確認する。私的なやり取りまで見たがる。恋愛や住む場所も自分の希望どおりにしたがる。
それはもう「心配だから」で全部説明できることではない。
「育ててあげた」という気持ちはあっても、それは子どもの人生を自由に操作できる券ではない。
親の愛情は分かる。だが、成年者の人生に管理者としてログインしないでほしい。
親との初対面が、まさかの相互面接
恋人の親に挨拶するなら礼儀正しくしたい。
ただ、心の中では少しだけ考えてしまう。
「こちらも、どんな方なのか見ていますけどね」
親が交際相手を一方的に審査する。それだけの場所ではない。こちらも今後、ふたりの約束が家族会議でひっくり返るのか知りたい。
親子の距離には別の形もある。位置情報を見ない、交際相手を決めない、必要なときにだけ連絡する。そういう家庭の例を話すのは、マウントではない。
「そんな付き合い方も選べる」という見本だ。
注目するのは親の強さではなく、恋人の選び方
本当に知りたいのは「親がどれほど厄介か」だけではない。
親に反対されても、恋人が「私はこうしたい」と言えるのか。
小さなことでも、自分の希望で決めて親が最後に引き下がった経験があるなら、それは安心材料になる。
ただし、髪形を自分で決めるのと、引っ越しや将来の生活を決めるのは難しさが違う。ひとつできたから、全部できるとまでは言わない。
いきなり親子関係を修理してほしいわけでもない。
必要なのは、ふたりのことをふたりで決められることだ。
警戒しすぎると、普通の親切まで事件になる
ここにはオチがある。
恋人が家族を送って帰った。
「家族から離れられないのか? 距離が近すぎるのか?」
……いや、待って。
そもそも、その時間までの約束だった。延長したかったのはこちら側。恋人は約束を破っていない。
警戒機の感度を上げすぎると、トーストを焼いただけで消防車が来る。
家族を助けること、一緒に住むこと、仲がいいこと。それだけで誰かに支配されていると判断するのは早い。
恋人でいたい。家族の調停委員にはなりたくない
交際相手が、親の人格まで変える義務はない。こちらも親子関係を全部救う義務はない。
でも、親の一声で約束が何度も覆る。自分の個人情報が許可なく渡る。ふたりで決めたことが毎回「実家で差し戻し」になる。
それなら、困ると明確に伝え、ふたりで相談していい。何度話しても変わらないなら、付き合い方を見直すこともある。
一方で、まだ起きていないことに有罪判決は出さない。
恋人は自分の人生を決められるか。ふたりの約束を、ふたりで守れるか。
恋愛を始めたつもりが親族一同の共同運営になったら困る。
その追加プラン、少なくとも申し込むかどうかは選ばせてほしい。

